1話 フェアリ村のアルト
更新頻度は遅めです。
『まさか魔王と異世界転移』の方も宜しくお願いします。
グレイシス王都より馬車を乗りつぎ一週間程の距離に薬師の森と呼ばれる大森林がある。
多種多様の希少価値が高い薬草を採取できることで知られ、多くの薬師や、薬を必要とする者が、この森を訪れた。
いつしか薬師の森へと続く道の半には村が出来、森の恵みに感謝を表し、フェアリ村と呼ばれるようになった。
グレイシス王国は、フェアリ村で取れる薬草の稀少価値と生産される薬の薬効の高さに注目し、フェアリ村を薬事治療の原産地として保護を表明した。
村には守備兵が置かれ、大森林の入口には防壁が築かれ、王国内に点在する町村の中では高い安全性を築いた。
村の発展は目覚ましく、発足時は薬師と、関連する産業・施設しかなかったフェアリ村にも、人口の増加に合わせて様々な職業・施設が生まれた。
国の費用で協会や図書館が設立された他、村には初等学校が置かれた。
学校では一般常識に加え、希望者は薬学や守備兵による教練が実施された。
卒業後は、王都の高等学校への進学、薬師として就職、守備兵の登用等、複数の進路を選択することができ、村では珍しい好条件は、瞬く間に国土全体に広まった。
防壁が出来た事で高まった安全と、学校での教育を求め、多くの人々がフェアリ村への移住を目指した。
移住者は留まることを知らず、過渡期には村の人口は2000人に迫り、平和と発展を謳歌していたフェアリ村は、笑顔と活気が満ち溢れていた。
その目覚ましい発展を更に推し進めようと、グレイシス王国が、フェアリ村をフェアリ町に昇格しようかと協議していた矢先のこと、今から6年前、村を悲劇が襲う。
スタンビート、魔物の氾濫が起きたのだ。
これまで、フェアリ村周辺でのスタンビートの報告は一度もなく、村の住民は大いに慌てた。
しかし、王都より派兵された守備兵たちは総じて練度が高く、村の薬師達にも協力を要請し、怪我人や老人と女子供達は協会へと集めと、氾濫の対処にあたり、迅速な指揮をとった。
その毅然とした対応を見た村の住民達は、次第に落ち着きを取り戻し、いずれの人々も何らかの形で村を守ろうと自ら協力を志願した。
ある物は防壁から石や鍬を投げつけ、ある者は食事を提供し、ある者は怪我人の世話をした。
守備兵と村の住民達は共闘し奮闘した。
結果、犠牲者なくスタンビートを抑めようとしていた。
しかし、前触れなく村内に出現した魔人により、全ては瓦解してしまう。
出現した魔人は、よりにもよって、怪我人と戦えない者達を集めていた協会を最初に襲撃したのだ。
その犠牲者の中に、教会に勤めていた少女アリアがいた。
彼女は若いながらも、協会に避難していた人々を護ろうとしたが、魔人の呪術をうけ、決して目覚めることのない眠りへとついてしまう。
魔人は彼女を呪いに掛けた後、討伐せんと向かってきた守備兵を高笑いを挙げながら蹴散らし、目に付く人や魔獣をなぶって回っていたという。
強き者の傲慢か、一通り周囲の命を弄んだ後、何処かへと去っていった。
魔人は去ったが、その襲撃が与えた混乱は大きく、少なくない魔獣が戦力が減った防壁を突破し、兵士も村人も内外からやってくる魔獣の対処に追われることになった。
至る所から血と肉の饗宴に歓喜する獣の声と、それに抗う人々の怒号と悲鳴が聞こえた。
フェアリ村は統率を失い、王国より援軍が送られてくるまで、地獄の様相を呈した。
補修の跡が見られる壁や、施設、傷付いたまま放置された空き家は、フェアリ村がいまだ復興の途中であることを物語っている。
多くの人々が心と体に傷を負い、フェアリ村から去っていった。
色とりどりの花が咲く庭をもつ、木造二階建ての家に住む一家は、スタンビート後も村で生活することを選択した一組である。
「じゃあ、行ってくるよ姉さん。」
窓から射し込む光が心地よい部屋には、花瓶が置かれ、今日も母が手入れしたであろう季節の花が一輪可愛らしく咲いている。
その部屋で穏やかに眠っている姉の手を優しく握りながら語りかけているのは村の少年アルトという。
アルトと同じ日溜まり色の茶色がかった髪に、少し小さめな口を持つ少女はとても愛らしく、陽の光を反射し、キラキラと輝くその姿は、地上に降りた天使のようだ。
その様子は、目を離せば、すぐに消えてしまいそうな程に儚げで、自分の不安を誤魔化そうとアルトは姉の手にぐっと力を込めてしまう。
数瞬後、気付いたアルトは慌てて握っていた手を離す。
力が入りすぎたのか、少し赤くなってしまった姉の手を見て、未だ姉がここに居ると安心し、その後、そんな自分を心底憎んだ。
「ごめん。姉さん。」
アルトはそう姉に謝ると、今度こそ姉の部家を出た。
アルトは隣の自分の部屋に入ると、長年使っている少々草臥れた草色のリュックに父から長年借りている使い古した薬草図鑑を詰め込んだ。
最後に小降りなナイフを腰に提げ、一階へと降りると、リビングで水が入った皮袋と採取した薬草を入れる皮袋の2つを持ち家を出た。
扉をそっと締めると、アルトは姉が寝ている部家の窓に視線を向け、何かを思い出すようにそっと瞳を閉じる。
アルトはゆっくりと目を開けると、6年間通い続けている大森林へと続く道を淡々と歩いていく。
大森林へと続く道の途中には広場があり、アルトと同級生の少年少女達が守備兵から教練を受けていた。
今は休憩中なのか、彼らの明るい声が少しばかり離れた場所を歩くアルトにも聞こえてくる。アルトは一瞥だけし、自分には関係ないとばかりに、視線を下に向け歩を早めた。
そんなにアルトの足元に、ゴンと石が投げられる。
「アルト!ちょっと待てや。」
そう怒鳴り声を出した少年は、刺々した赤髪を揺らしながら真っ直ぐアルトへと向かってくる。
つり上がった切れ長の目は、彼の感情を語らずとも物語っていた。
彼の後ろには他の同級生達もおり、彼程ではないにせよ、アルトを見る視線には敵意が宿っており、中には嘲りや、侮蔑の視線をアルトに向けている者もいた。
「グレン、、、。」
アルトは、ピタリと足を止め、そのまま赤髪の少年が来るのじっと待つ。
「アリアさんはどうだ、アルト?」
「眠ってるよ。6年前からずっとね。」
グレンからのその問いにアルトは短くそう呟いた。
「あぁ、だろうな!で、お前は今何してんだ!?今日もまた森にいって、あるかも分からねー薬草を探そうってか?」
グレンはアルトを睨み付けながら早口でアルトを捲し立てる。
「うん。姉さんには少しでも早く良くなって欲しいからね。」
アルトは意識して口許に笑みを作ると、グレンに言葉を返した。
「、、、。アルト、お前本当にそんな薬草があると思ってんのか?6年間も人を呪い続ける呪術に効く薬草があるって本気で信じてんのか?」
「まだ見付けてないけど、この薬師の森でならきっと見付かると思ってるよ。ほら、いまだに新種の薬草だって見付かるし、こないだだって、鉱山病に効く薬効を持つ薬草も見付かったし、いつかはきっと、、、。」
「それは病に効くって話だろうが。夢を語ってんじゃねーよ。ーーー薬草が効果的なのは、病気と怪我だけだってのは、薬学では常識だろうが。」
「でも、ほら!物語に出てくる神樹の葉とか、万能薬なら呪いだって解けるし、可能性がない訳じゃーー「それは物語だろうが!!!!」」
あるかも分からない可能性にすがろうとするアルトの言葉をグレンはその怒声で遮った。
「呪術を解く方法は2つだけだ!!解呪の神法を使うか、呪術者そのものを倒すかだ!!」
「、、、それは。」
「てめぇは何故剣をすてた!?アリアさんに護られて命を拾ったお前が何時まで叶いもしない幻想で自分を慰めてんだ!何で助けようと足掻かねーんだ!!」
「ははは、、、そんなの君みたいな強い人に任せた方が効率が良いじゃないか。ほら、僕は僕なりに姉さんを救おうと薬草を探してるし。確かに君の言うとおり、可能性って意味じゃ高くないかもだけど。」
「っっってめぇは!!」
グレンの顔は苦虫を噛み潰した顔になり、アルトはより一層笑みを歪めていた。
グレンはおもむろに、近くにいた少年から訓練用の剣を引ったくると、アルトの足元へと投げつけた。
「ひろえ!!」
「え?何言って、、「その剣を手にとれっていってんだ!!!!」」
アルトはグレンにより、投げつけられた剣を見て、怯えたように後退る。
「逃げんな!!」
グレンがそう言うと、アルトの後ろには複数人の少年達が回り込み、決してアルトを逃がさないようにしていた。
「止めてよ。気にさわったんなら謝るから、ね?」
困ったような笑みを浮かべるアルトに、グレンは激怒し、アルトに殴りかかった。
「、、、その態度が!その目が!気に喰わねーんだ!!!!」
頬に強い衝撃を受け、アルトは思い切り吹き飛んだ。頬は擦りきれ、口許から赤い筋がつうっと落ちる。
グレンは倒れたアルトに詰めより、今度はその腹を思い切り蹴飛ばした。
「たてや!アルト!!アリアさんに守って貰ったお前が、あの人を護れなかったお前が!!無様に這いつくばってんじゃ、、、ねぇ!!」
それでも抵抗の様子を見せないアルトに、より一層の苛立ちを覚えたグレンはアルトの胸ぐらをつかみ、無理やり起き上がらせようとした。
「グレン、あんたやりすぎよ!」
エメラレルド色の髪を後ろに縛った少女が、グレンの手を払いのけ、アルトへと駆け寄った。
普段は勝ち気な瞳も今は心配そうにアルトを覗きこみ、他に怪我はないか確認してるのか、目はアルトの体をあちこちと泳いでいた。
「いたた。助かったよ、ジニ。」
助け起こそうとジニより差し出された手を掴むことなく、お礼を言い、アルトは立ち上がる。
ジニの差し出した手は虚しく空中に揺れている。
その様子から、アルトがわざとジニの手を掴まなかったことを感じ取ったグレンはアルトへの苛立ちを募らせる。
「この、臆病者の弱虫クソ野郎が!!」
「グレン!もう止めとけ。暴力を奮って欲しくてお前に剣を教えているわけじゃないぞ。」
そういうと一人の壮年の男性がグレンの肩を掴んでいた。
左の目から頬にかけては爪痕がのこり、その片目は潰れてしまっている。
「、、、くそ!!」
「グレン、じゃあ僕はもう行くね。」
「ちょっと待って、アルト!!せめて傷を!!」
「ジニ!やめときな。、、、今はまだ何を言っても無駄だ。」
「でも!!」
「良いから!!、、、信じて待つんだ。」
「、、、アルト。」
ジニはアルトのところへ駆け出したい気持ちをぐっと抑え、今はただ、大森林へと歩いていくアルトの背中を見送った。
「ところで、グレン。」
「、、、なんですか?」
たとえ大人であっても怖れず噛みつくグレンであるが、この男性にだけは殊勝な態度をとる。眉は歪み、如何にも不機嫌そうであるが。
「お前、素振り1万回な。」
「はぁ!何で俺が!!」
ごちんと音がなると同時にグレンの目に星がチカチカと舞った。
「いってぇ!何すんですか!」
「良いからやれ。まぁお前の気持ちも分からんでもないし、突っかかるだけなら止めはしないが、今日のはやりすぎだ。、、、ついでに周りでニヤニヤ笑ってたお前らも同罪!素振り1万回。」
「「ええーーーー!!」」
「何でだよ!」
「アイツがよえーのが悪いんだろ!!」
「自分だけが不幸みたいなつらしてさぁー。」
「、、、2万回だ。」
ため息を吐きながら、隻眼の男は目をつぶり、心で呟いた。
(まぁ、こいつらの苛立ちも分からないわけじゃない。アリアは村のガキどもからも慕われていたし、何よりアルト本人が、アリアを救う可能性から目を背けて、剣を置いてしまった。)
「、、、早く気付け。今のお前はただ贖罪を果たしているだけ、それは自己満足なんだ。」
隻眼の男はより一層深く息を漏らし、アルトが向かった大森林へと視線をむけた後、未だにぶーぶーと不平を漏らす未熟者どもに活をいれようと気合いを入れ直した。
今日は晴天。空から降り注ぐ陽光はフェアリ村の住民達を優しく照らす。
しかし、家も大人も子供も、6年前の惨劇から癒されてはいない。
気に入って頂けたら、ブックマーク・評価等頂けたら嬉しいです。
※小説家になろうにユーザー登録した後、最新話のページ下部から行えます。