少女は願う
なんかノリにノッて流れて書きました、深夜テンションです。
「来なさい化け物!ただでは食べられてやらないわよ!」
彼女の咆哮を皮切りに両者は動き出す。魔狼は全身のばねを使ってセシリアにとびかかるも、
彼女はそれを横に飛び込みながら投げナイフを投げつけるも浅く切りつけるだけで大したダメージにならない。
(最後に逃げる為に魔力は極力抑えなくちゃいけないからあんまり身体強化できないとは言えもどかしいわね)
身体強化を施してるとはいえ、彼女はまだ13歳の女の子。一年間の冒険者としての経験で何とか狼の攻撃をかわすも極度の緊張と苛烈な攻撃が彼女の体力を奪う。
(不味いわね、普通の狼なんて目じゃないくらいの速さと力強さね)
魔狼の振り下ろす爪を横に飛びのくことで躱すも、振り下ろされた一撃で木の幹が大きく抉れ、魔狼は何度も避けられる事に忌々しげに眼前の「餌」をにらみつける。
(そうよ、イラつきなさい。怒って冷静さを失いなさい...)
彼女は、なかなか捉えられず体に浅い傷をいくつもつける「餌」に不快感も加わり最早怒りの籠った目を向ける魔狼を力強く見据え挑発する。
「ふぅ…どうしたかしらワンちゃん?ママに狩りをの仕方を教わらなかったの?」
乱れた息を整えつつ嘲笑交じりに挑発すると、魔狼は言葉を理解しているかのように低く唸り声をあげ、上体を低くし
いつでも飛び出せる体制を取る。それを見た彼女はタイミングを図る。
(来た。怒りで冷静さを欠いてのあの姿勢。あとはタイミングを見極めるだけ。)
これからおこることに備え、目や部分的に集中的に身体強化を施すことで弾丸のように飛び込んでくる魔狼に備え、切り札を用意する。
両者に緊張が走り、全神経を研ぎ澄ませて相手の一挙手一投足を見やる。
堪えきれなくなった魔狼が弾丸のようにまっすぐ飛び込む、その瞬間セシリアは前に飛び出す
「食らえええええええっっっっ!!!!!!」
叫び声をあげながらセシリアは魔狼の下に飛び込む。突然目の前から消えた餌の存在に驚く魔狼が、目の前の小瓶を反射的にかみ砕く。
その瞬間魔狼の顔に激痛が走る。あまりの激痛悲痛な声を上げ地面を転げまわり、鼻は機能せず全身を使って痛みに悶える。
「ふっ、ふふふ...よく聴くかしら私の特製催涙紛は」
そう、彼女の切り札は数種類の超刺激物を粉末状にして瓶詰にした催涙成分満点の粉だったのだ。
鼻の良い狼に適当に投げても避けられてしまうと危惧した彼女は、冷静さをまず失わせ魔狼がまっすぐ飛び込んでくるその瞬間に顔面に叩きつけようとしたのだ。
(反応が遅れて投げつけることはできなかったけど結果オーライね、とりあえず身体はきついけど、今のうちに殺すことは出来なくても追ってこれないように足を切りつけられれば。)
疲労と痛む体に鞭を打ち、悶える魔狼に追撃の一手を掛ける為に短剣を手に近づく。
瞬間的に身体強化を施し、深々と太ももに突き刺そうとした瞬間。悶えていたはずの魔狼が突然飛び上がりセシリアの左腕にかみついたのだ。
「ぎっ!?っっあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
予想外の魔浪の抵抗に一瞬呆けたが左腕の燃えるような痛みとゼロ距離で触れ合う燃え上がるような魔狼の目に痛みと恐怖で絶叫を上げる。
絶叫を上げるセシリアを魔狼は首を振り放り出す、放り出されたセシリアは碌な抵抗もできず木に背中を叩きつけられる。
「グっ...!ガッ...」
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!)
予想外の反撃と半ば千切れかかってる左腕の痛みに、思考は完全に止まり。恐怖で歯は震えるように打ち鳴り涙はとめどなく流れる。
そんなセシリアに催涙の効果から少し立ち直った魔狼は完全な増悪の炎をその真紅の目に宿しながら、今や涙を鼻水と激痛でゆがみ切ってるセシリアを捉え、完全に心折れた獲物にゆっくり近づく。
ゆっくり近づいてくる魔浪を虚ろな目で見やりながらセシリアは大量に失った血のせいで最早意識はもうろうとしていた。
(ああ、最後の最後で失敗しちゃったなぁ。また死ぬのかぁ。嫌だなぁ、死にたくないなぁ。まだ恋だってしてないし、元気になったお母さんと旅だってしたいし、お洒落とか甘いものとか色々したいこといっぱいあるのに...死にたくないなぁ......死にたく...う”ぅお”か”あ”さ”ん”...い”や”た”よ”ぉ”...し”に”た”くな”い”よ”ぉ”.........)
迫りくる死から顔をそむけることもできず、朦朧とした意識の中でひたすらに思う。最愛の人
のことを、そして死にたくないという後悔と羨望を。
「死にたく......ないなぁ......」
こぼれるように口から洩れたそれはもはや眼前の魔狼以外に聞くものはおらず、答えを期待したものでも、魔浪への呪詛でもなかった。
ただただ心の奥底から漏れ出た、たった一つの魂からの願い
『あなたの願い、聞き入れました』
「……え?…」
だからなのだろうか、自分と魔狼以外いないはずのこの場所に女性の声が響いた。ありえないはずの、帰ってくるはずのない願いへの返答に。沈みゆくセシリアの意識が再び浮上する。
と、同時に体の奥底から熱い何かがこみあげてくる感覚にセシリアは困惑する。何故ならあれほど痛かった身体が、千切れかかっていた左腕がまるで逆再生かのように傷はふさがれ痛みはなくなる。と同時に痛みと恐怖に支配されていた思考は身体から湧き上がる熱い物の暖かさにクリアになっていく。
(何が起こったのかはわからない、分からないけど。私は...私はまだ死んでない!!!)
先ほどまで風前の灯火の命だったのに突然傷が癒え、力強く立ち上がり、今までの比ではない程の決意を宿した瞳に見据えられた魔狼は明らかに気圧され種の生存本能が身体を下がらせるも、魔狼としてプライドが身体を押しとどめる。
そんな魔狼に力強く、決意をより強固なものにするように一歩ずつ踏みしめながら近づく。
「あなただって生きるために私を食べるのかもしれない、それはしょうがないってわかってる。でも私は死にたくない...死にたくないっ!死にたくないっっ!!」
自分の魂からの思いを。自分に!眼前の死に!世界に刻みつけるかのように自分の思いを叩きつける。そして地面に落ちる短剣を拾い、決意に満ちた表情で魔狼の眼前に立つ。そんな彼女に魔狼は一歩も動くことが出来ず、ただ畏れと驚愕に満ちた瞳を向けることしかできない。
そして向かい合った両者が、まるで示し合わせたかのように一拍の静寂を置いて自身の生存本能に従い渾身の一撃を眼前の死に叩きつける。
魔狼は己の牙を目の前の少女の首筋へ、セシリアは全身に巡る魔力の全てを込めて短剣を首へ叩きつける。
期せずして両者鏡合わせのようにお互いの全力をぶつけ、重なり合うようだった二つの影の片割れが二つに別れた。
そして残った一人の少女は胸に溢れる様々な思いに、愛しい人へ会えるという思いが、生きているという思いが。吐き出した尽くした筈の涙が溢れ出て、妖艶な月の光に照らされ、夜空を流れる流星雨の如くこぼれ落ちていく。
そして彼女は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。