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二話 落ちこぼれリジー(4)○

 夢の中でリジーは生まれ育った村にいた。


 夕暮れの川縁で、リジーは一人泣いていた。ずっと楽しみにしていた村のお祭りが中止になったのだ。

 

 六歳の頃のことだ、とリジーは思い出した。

 年に一度行われる秋の収穫を祝う祭りで、中央広場での出し物や大通りに並ぶ出店の数々を、リジーは毎年楽しみにしていたのだ。

 

 けれどその年、村は深刻な凶作に悩まされていた。村を通る川の水量が減っていたのだ。村の大人たちは水源を調査したが解決には至らず、その年のお祭りは自粛することになった、とリジーは両親に聞かされた。

 

 両親にお祭りをやって、とリジーは駄々をこねたがそれでどうにかなるわけもなく、家を飛び出して一人泣いていたのだ。

 

 夕陽が山の向こうに沈む前には帰ってきなさい、といつも言われていたけれど、その日のリジーはその言いつけを守る気にはなれなかった。

 

 そうして、どれくらい泣いていただろうか。

 夜の帳が降り、リジーの座り込んでいる地面と川面の境界すらも曖昧になっていく頃、ようやく幼いリジーは泣き止んだ。けれど、次の瞬間には暗闇の恐怖が彼女の幼いまなじりにまた涙の粒を浮かばせる。


 呑み込まれそうなほどの闇に再びリジーがしゃくりあげた時、ぽぅ、と小さな光の粒が闇を薄く切り裂いて流れた。

 

 リジーの目の前を、次から次へと流れていく蛍の光のようなそれは、あっというまに彼女の周囲の暗闇を明るく照らし出す。

 

「これでもう怖くはない?」

 

 光に見とれていたリジーは、突然聞こえた声にびくりとする。


「だ、だあれ?」

 

 涙の余韻が残る声でリジーが恐る恐る問いかけると、光の届かない暗闇の中から、バサリッ! と大きな影が飛び出してきた。

 

「うぎゃぁぁぁ――ッ」

  恐怖で小猿のような鳴き声を発するリジーに、影は愉快そうにくつくつと喉を鳴らした。

 

「おっと、ごめんね。脅かしすぎたかな」

 

 楽しげに言う影の周りに蛍の光が集まって、それらはどんどんくっついて大きくなると、とうとう小振りの太陽のような光の球体となって、影とリジーを眩く照らした。

 

「でも、これで涙も引っ込んだでしょ?」

 

 闇を払って現れたのは、旅装の女性だった。

 

 ばさっ、とマントのフードを外すと、鮮やかな赤毛に縁取られた悪戯っぽい笑顔が覗く。

 

 リジーは思わず見惚れながらも、こくり、と頷いた。


「ん、よし。子どもがこんな時間に一人なんて危ないでしょ。送ってくよ」

 

 そう言って差し出される手を、リジーは反射的に取っていた。

 

「どうして泣いてたの?」

 

 女性に促されるまま、家への道のりを辿る。その最中、赤毛の女性はリジーの顔を覗き込んで尋ねた。

 

「ん……お祭りが、なくなっちゃって……」

 

 思い出すとまた胸が塞いで涙が出そうになったリジーは、それを必死に堪えながら説明した。

 

 毎年行われるお祭りの様子。村中の人が華やかな装いをして、様々な野菜や果物をくり抜いて作ったランタンが、色とりどりのリースで飾られた村を幻想的に照らし出す、その光景を。しかし、凶作によって今年はそれがなくなってしまったことを。

 

「お祭りの時はみんなが楽しそうに笑っていて、わたしもそれがとても楽しいの。けれど、今は村のみんな怖い顔をしてる。わたし、そんなの嫌だ。お祭りをやれば、きっとみんな笑ってくれるのに……」

「そっか、それは悲しいね」

 

 女性はリジーの頭をぽんぽん、と優しく撫でた。

 

「あなたは、みんなに笑っていてほしいんだね」

「……笑っていてくれる方が、ずっといい」

 

 こくり、と頷くリジーに、女性はにっこりと笑った。その笑顔は、近くに浮かぶ闇夜を照らす光の球のように、リジーの心に暖かな気持ちを灯した。

 

「それなら、まずあなたが笑っていなくちゃね」

「――っ、もう泣いてないもんっ」

 

 リジーは慌ててまた浮かびかけていた涙を手の甲で拭った。

 それを見て、女性はくすくすと笑う。


「小さな泣き虫さん。あなたの涙は、私が拭ってあげる。だから、みんなの涙を拭うのはあなたよ」

 

 女性は、すっ、と小指をリジーに伸ばした。

 

「約束、できる?」

 

 リジーはためらいながらも、小指を絡める。

 

「……でも、みんなは泣いてないよ」

 

 その時女性の顔に浮かんだのは、どこか寂しそうな笑顔で、リジーはきゅっと胸が締めつけられた。

 

「大人は子どもに気づかれないように、心で泣いているものよ」

 

 その涙をそっと拭ってあげることができたら、素敵じゃない?

 

 優しく微笑む女性の言葉に、リジーは頷いた。

 

「わかった。わたし、みんなの涙を拭ってみせる。約束する」

「ん、約束」

 

 絡めていた指が離れる。

 二人はいつのまにかリジーの家の前まできていた。

 

「明日の朝、さっきの川縁にいらっしゃい。そこで、私が約束を果たしていたら次はあなたの番よ、泣き虫さん」

 

 女性はふっとかき消えるように闇に溶けて見えなくなった。

 

 余りにも突然、影も形もなくなった姿に、リジーは夢でも見ていたような気持ちになる。

 

「あぁっ、リジー! こんな時間までどこにいたのっ!」

 

 家の玄関から血相を変えて出てきた母親にリジーはガクガクと揺さぶられながら、明るい家の中へと入った。

 

 その晩、両親からたっぷり説教をくらった後ベッドに潜り込んだリジーは、赤毛の女性の言葉を思い返すうちに、まどろみの中へと落ちていった。

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