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二話 落ちこぼれリジー(3)○

「――でも、今回は赤点取ったら単位をくれない、ってロースウッド先生に釘を刺されちゃって。ほんと横暴だよ……ついでに乱暴だし」

 

 涙目で頭をさすりながらリジーはぶすっとしている。


「それだけリジーのことを考えてくれてるんだろ。本来なら見捨てられてもおかしくないのに」


 シュシュは冷ややかな目をリジーに向ける。


「一年生の時に、魔法師資格取得に必要な単位も取らずに、ガーデニング魔法講義なんて受けてた奴、お前くらいだぞ。完全に庭師にでもなるつもりなのかと思ったわ」


「だって知らなかったんだもん! シュシュだって知ってたなら教えてくれたって良かったのにっ」

 

 リジーは心外である、とでも言いたげだ。


「いや、魔法師を目指す奴なら普通知ってるんだよ……」

 

 シュシュはほとほと呆れたようにため息を漏らした。

 リジーとは幼い頃からの付き合いのシュシュは、昔から彼女の世話を焼くのに苦労していた。

 

「まったく、しようがないな……。ほら、勉強見てやるから前回の試験の答案出しな」

「わーいっ、なんだかんだ言いつつ優しいよね、シュシュは。ツンデレなの?」

 

 シュシュは無言でヘビー級の書物を振りかぶってリジーを黙らせた。

 

「答案。早く、出せ」

 

 シュシュの圧力にリジーは懐から取り出した答案用紙をおずおずと差し出す。

 

「ん、四十点? 高くはないけど、赤点じゃないじゃないか」

 

 拍子抜けしたような声を上げるシュシュ。


「そんなバカな」

 

 リジーが慌ててシュシュの手元を覗き込むと、

 

「あ、間違えた。それ、リトルアカデミーの時の答案だよっ。今見せるのはこっちこっち」

 

 リジーは思い出したように耳の裏から小さく折りたたんだ紙切れをつまみだした。

 なぜ耳の裏に、とシュシュは動揺する。


「そもそも、なんで昔の答案なんか持ち歩いているんだ」

「今までで一番良かった点数の答案だから、お守りにしようかと」

「四十点が一番良い点数なのか……」

 

 むき出しの答案をお守り代わりに持ち歩くこと自体もかなり奇矯な行動ではあるが、一番良くてこれなら、今から見せられる点数はどれだけひどいのかと、シュシュは不安そうな面持ちを浮かべた。

 

 なんとなく重苦しい空気の中、シュシュは渡された紙切れを広げる。


「うぐっ、これは!?」

 

 あまりの衝撃にシュシュはよろめいた。


「『拝啓、流離いの魔法師様

 わたしは幼い頃、わたしの暮らす村を訪れたあなたに出会って以来、ずっとあなたに憧れています。あなたのような魔法師になるのがわたしの夢です。

  今ではあなたも通っていたと言われているメザウィッヂ魔法アカデミーで、日夜魔法師になるため勉学に励んでいます――』なんだ、これ?」


「ぎゃああ、わたしの書いたファンレタぁぁぁ!」

 

 顔を真っ赤にしたリジーはシュシュの手から紙切れを奪い取った。

 どうやらまたも、懲りもせずに渡す紙を間違えたようだった。


「て、ていうか、朗読すんなし!」

 

 完全に自業自得だが、リジーは荒い息遣いでシュシュを睨みつけた。テンパって口調が怪しくなっている。

 

「……いらん紙切れを持ち歩き過ぎだろ。古紙回収業者か何かなのか?」

「古紙とか言うな! この手紙は、いつかあの人に再会できた時に渡すため、推敲に推敲を重ねているんだからね!」

 

 リジーの剣幕にシュシュは肩を竦める。


「流離いの魔法師ねぇ。ちっちゃい頃に一度会っただけなんだろ? リジーは一途だなぁ」

 

 からかうような笑みを浮かべるシュシュにリジーはまた顔を赤くした。

 

「……だって、本当にすごかったんだもん。よく覚えてないけど、それだけは絶対に忘れられないんだもん」

 

 そう言うリジーの瞳には、純粋な憧憬の色が滲んでいた。

 

「そっか。それじゃあ憧れに近づくためには、まず明日の試験を乗り越えないとな」

 

 いい加減答案を見せろ、とシュシュは催促するように手をひらひらさせる。

 

 リジーはしばらく体じゅうを弄っていたが、ぽん、と手を叩くと、バツが悪そうに不恰好な笑みを顔に貼り付けた。

 

「あのぉ、シュシュ? 今思い出したんだけど……この前の答案、点数がひどすぎてアカデミーの厩舎で飼ってる天馬に食べさせちゃったんだよねぇ……」

 

 あっははは、と脳天気に笑うリジーを真顔で見つめながら、シュシュは思った。

 

 こいつはもう、ダメかもしれない。


 *


「――で、結局あのちびっ子にも見捨てられて、わたしのところにきたってわけね」

「そうなんだよぉー、キティ、助けてえぇ」

 

 時は移り、ここはメザウィッヂ城の東棟。学生寮として使われているその一室で、リジーは、肩までの長さの明るい栗毛をふうわりとなびかせる少女の足元にひれ伏していた。

 その少女の名前はキティ。リジーと相部屋で、かつリトルアカデミーの頃からの仲である。


「シュシュったら、わたしに勉強教えるなんて時間の無駄だ、って! ひどいよねっ」

 

 キティは座り心地の良さそうな肘掛け椅子に身を預け、ここ三十分ほどリジーの愚痴文句、不平不満に付き合わされていた。傍らの猫足のミニテーブルに置かれたまますっかり冷めてしまった紅茶にため息をブレンドして口に含む。

 

「こうやってしゃべっている間に、勉強した方が建設的だと思うけど」

「いやぁ、一人でやっても集中できないし、それならキティに付き合ってもらおうと思って。どうせ暇でしょ?」

「どうせって何よ、わたしだって忙しいんだからね?」

 

 キティは剣呑な表情でのほほんとしたリジーを睨む。

 

「えぇー、だってわたしが部屋に戻ってきた時、暇そうに髪の毛いじってたじゃん」

「暇じゃないのっ、どうやってセットするのが一番可愛いか研究してたのっ」

 

 憤慨するキティ。そう、彼女にとってオシャレとは至上命題であった。

 

 キティは毎日髪の毛を違うセットにしているほど自分磨きに余念がなかったが、大抵の人には気づかれない程度の変化なので、悲しいかな、自己満足の域を出ないのであった。

 

「キティはどんな髪型でも可愛いよぅ。ハゲでも可愛い」

「いや、それもう髪ないじゃない!」

「うるさいなぁ。つべこべ言わずに勉強に付き合ってよー」

「開き直んな!」

 

 揉めつつも、二段ベッドの脇の机の上に勉強道具を拡げるリジーの隣に、キティは椅子を移動させてきて座った。


「ほら、わかんないところあったら教えてあげるから。ちゃんと集中しなさいよ?」

 

 すちゃり、といつのまに用意したのか、キティは赤縁の伊達眼鏡を掛けていた。


「ノリノリじゃん……。えーっと、練習問題の問一、魔法学における魔法式構築について――ぐぅ」

「うわっ、何っ!」

 

 威勢よく教科書を読み上げていたリジーの首がガクリ、と前方に倒れる。


「むにゃむにゃ……もうお腹いっぱい……」

「寝るの早っ! 勉強始めてわずか一行でお腹いっぱいにならないでくれる!?」

 

 キティは丸めた教科書でバシバシとリジーの頭を叩く。が、一向に起きる気配はない。

 

 こいつはもう、ダメかもしれない。

 

 キティもまた、早々に匙と教科書を投げた。


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