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二話 落ちこぼれリジー(2)○

 メザウィッヂ魔法アカデミーは、魔法師や魔法学研究師(魔学師)、魔法技術応用師(魔術師)を養成する全寮制の国立教育機関だ。


 魔道を志す少年少女たちは、在学中に必須単位を修得し、国家試験に合格することで正式に一人前となる。

 

 その昔魔法師の地位向上に尽力したメザウィッヂ伯の死後、その居城であったメザウィッヂ城を学校に改修する際、多くの魔法師によるちょっとした遊び心が加えられた結果。


 ゴシック様式を基調に建てられていたメザウィッヂ城は、あり得ない角度から尖塔が突き出していたり、飛び梁が文字通り宙を飛んだり、開けるたびに違う部屋に繋がる扉があったりと、トンデモ建築に生まれ変わり、日々学生たちを困らせたり、驚かせたりしている。

 

 そんなメザウィッヂ魔法アカデミーは、これまでに数多くの高名な魔法師たちを輩出してきた、いわば名門校である。

 

 その名門において、リジーは危機的状況に直面することとなった。彼女が一年生の一学期を終えた頃のことである。

 

「あなた、このままでは魔法師になれませんよ」

 

 ロースウッド先生に突然教官室に呼び出された彼女は、いきなり言葉を失った。

 

「あなた、魔法師になるための必須単位の内、一年次で取るはずの単位を今学期一つも取っていませんね? 念のため訊きますが、魔法師になるつもりはあるんですよね?」


「あ、あります! というかその気しかありません!」

 

 勢い込んで返事をするリジーだったが、ふと首を傾げた。

 

「あの、先生? 必須単位なんてあったんですか……?」

「はぁ?」

 

 素っ頓狂なリジーの問いかけに、ロースウッド先生は呆れたような声を上げる。

 

「あなた、魔法師を目指しているのなら、そのために必要な最低限のことはちゃんと知っておかないとダメですよ。まったくっ……」

 

 ロースウッド先生は首を振り振り、やれやれと嘆息した。

 

 事態の深刻さに理解が追いついてきたリジーは慌てて先生に詰め寄る。

 

「せ、先生! 二学期からでも必要な単位の授業は受けられますよねっ? ねっ?」


「はぁ、本来は無理ですが、仕方がないので特例として認めましょう。それでも足りないものについては補習を受けてもらいますよ」


「ほ、補習……。うぅ、受けます。魔法師になるためなら……」


「言っておきますが、一学期分の遅れは響きますよ? それでも頑張れますか?」


「が、頑張ります! それしかありませんから!」


「……では、くれぐれも赤点など取らないように。今のあなたは一個でも単位を落としたらアウトですからね」

「はい!」

 

 そして月日は流れ、現在二年生になったリジーは赤点の危機に直面している。


 ロースウッド先生が怒るのも無理ないことであった。


 *


「いてて、まだこめかみに鈍痛が……。ロースウッド先生はもうちょっとお淑やかならお嫁のもらい手がいると思うんだけどな。短気なせいでせっかくの美人が台なしだよ」

 

 先生が聞いたらまた真っ赤な顔で「余計なお世話よ!」と喚きそうなセリフをぶちぶちと呟きながら、リジーはアカデミーの西端にある尖塔を上っていた。

 

 赤点取ったら落単、という現実がのしかかり、石造りの塔の階段を上るリジーの足取りを重くさせる。


 それでも、この先にきっといるであろう救世主の姿を求めて、リジーは階段を上りきった先の木製の扉を押し開いた。

 

 そこは塔の最上階の壁に不自然に取り付けられた扉。塔の外側から見ると、その扉の先には虚空が広がっているだけである。


 しかし、建築ミスとしか思えない位置についているその扉をリジーが開くと、彼女の目の前にはさっきまでの尖塔とは比べ物にならない大きさの内部空間を持つ、荘厳な図書館塔の景色が広がっていた。

 

 そこは中央が大きな吹き抜けになっていて、塔の内壁は床から天井までズラリと分厚い書物の並んだ書架で埋め尽くされている。


「塔を上った先にまた塔があるなんて、ほんとイカレてる」

「……実際には扉に魔法をかけて違う空間同士を繋げてるんだって。何度言えば覚えるんだ、このトリ頭」

 

 賛嘆とも呆れともつかない吐息をリジーが漏らすと、頭上から小馬鹿にしたような声が降ってきた。


 見上げると、塔の上部の天窓から射し込む陽に、黄金色の柔らかな光が反射する。

 

 一つ上の階からリジーを見下ろしていたのは、艶やかな金色の髪を短めに切り揃えた少女だ。


 人を食ったような表情を浮かべてはいるが、爪先立ちでぷるぷると震えながらも柵から身を乗り出している姿はどこか小動物のようで微笑ましい。


「シュシュ! ちょうど良かった、探してたの!」

 

 リジーが飼い主を見つけた犬のようにぱたぱたと駆け寄っていくと、シュシュと呼ばれた少女は面倒くさそうに顔をしかめた。


「げっ、声をかけなければ良かったな」

「友だちの顔見て、げっ、とか言わないでよ。泣くよ?」

 

 シュシュはあどけない顔立ちに似合わぬ諦念を浮かべると、ちょちょい、とリジーを手招きした。どうやら話を聞いてくれるらしい。


「それで、今度は何をやらかしたんだ?」

 

 リジーが階段を上ると、書架の前に座り込んでバカでかい書物に潜るように顔をつっこんだまま、シュシュが尋ねてくる。


「ちょっとシュシュ、お行儀悪いよ」

 

 まったくもぉ、この本の虫がー、とリジーは小柄なシュシュの体を持ち上げて近くの机まで連れていった。


 シュシュを座らせると今度は彼女の読んでいた本を持ち上げる。


「うっ、重……。シュシュ本体より重いんじゃないの、これ」

 

 リジーは呻きながらも、おとなしく椅子に座るシュシュの前に本を持っていく。

 

 そうしていると、精巧なビスクドールでおままごとをする少女の図、に見えないでもなかった。

 

「ん、ご苦労。で、私になんの用だ?」

 

 何事もなかったかのように読書を再開しながらシュシュは再び問いかける。


「明日の魔法学基礎の試験で赤点取らない方法を教えてください」

「勉強しろ」

 

 顔も上げずに即答するシュシュにリジーは頬を膨らませる。


「それじゃあまるで普段のわたしが勉強してないみたいじゃない」

「勉強してるのか?」

「してません」

 

 ガスッ!


「痛っ!」

 

 てっへへ、と頭をかくリジーの頭頂部にシュシュの本の角アタックが炸裂した。

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