番外編(1)「可愛い」
「あの、ラシェーラっ……! 今まで迷惑かけちゃって、その、ごめんなさい……!」
カナは授業が終わった後の教室でラシェーラに頭を下げた。
「えぇ? 別に、迷惑とかそんなんいいよ……」
「で、でもっ、ラシェーラ、いつもわたしが失敗すると怒ったような顔してたし……、悪いことしちゃってたな、って」
言いにくそうにもごもごと口を動かすカナに、ラシェーラはため息をついた。
「――はぁ。言っとくけど、あたし別に怒ってたつもりはないんだけど」
「へ? でも……」
「いやまぁ、あたしがこんな無愛想な顔しかできないのも悪いのかもしんないけどさ。でも、怒ったりなんかしてなかったし、謝ることないよ」
ラシェーラは困ったように眉をちょっと下げた。
「というか、そんな怒ってるように見えてた?」
「え、あ、うん……、いや、でもそんなに……」
しどろもどろになるカナに、ラシェーラは再び嘆息した。
「いいよ、気を遣わなくて。自分でも直したいとは思ってるんだけどさ、なかなか変われないんだよね」
頬をつまんで引っ張りながらラシェーラは言った。
ぱち、と引っ張っていた頬を戻すと、カナに向き直る。
「だからさ、あんたは偉いと思うよ」
「……ぅえ? なんで?」
突然褒められて、カナは目に見えて狼狽えた。
「だって、今までのあんただったら、今日だって黙って俯いたままだったろ」
「――っ」
「だからさ、変わろうとしたあんたは、すごい」
「…………そんなこと」
「とは言っても、結局失敗ばっかだったけどな。人はそう簡単には変われない、ってあたしも改めて思ったよ」
「うぅ……それは、ごめんなさい」
「いやだから、責めてるわけじゃなくて……」
ラシェーラはじれったそうに、ぐしゃりと髪の毛が乱れるのも構わず頭を抱えた。
「そう簡単に変われなんかしないんだからさ、いちいち謝ったりしなくていいって。ちゃんと話してくれれば、わかるから。今日みたいに言ってくれれば、教えるし手伝うよ」
カナはびっくりしたように見開いた目でラシェーラを見つめる。
そっぽを向くラシェーラ。表情こそ無愛想なままだったが、その頬は照れたように赤くなっていた。
「ラシェーラって……」
「なんだよ?」
「冷たそうに見えて、意外と優しいんだね……?」
恐る恐る、といったように言うカナにラシェーラはがっくりとうなだれた。
「やっぱそういうふうに見えてるのか」
「あ。ご、ごめん」
「いいよ。あたしは意外に優しいからね」
「…………ふふっ」
「おっ、笑った。カナ、あんた笑ってる方が可愛いよ」
「そそそ、そんなこと……」
*
「なんか最近さ、カナってよく笑うようになったよな」
「確かに」
「ん、どうした急に?」
ある日の放課後、空き教室で三人の男子が机を寄せ合っておしゃべりに興じていた。
「あのちょっと困った感じの笑い方、俺好きかも」
「わかる」
「なんかそのせいか知らんけどさ、全体的に可愛く見えてきたんだよな、最近」
「右に同じ」
「……でもちょっと地味じゃね? 黒髪で三つ編みなとことか。今どきじゃないんだよね」
「お前なんもわかってねーわ。むしろ一周回って最先端だろ!」
「首を縦に振らざるを得ない」
「……さっきからお前の同意の仕方が気に障るんだが。普通に『そうだね』とか言えねぇのか」
「今はそんなことどうでもいいだろ! カナが可愛いんじゃないかって話だ!」
「同意の極み」
「どっちもうざっ」
笑顔を見せるようになったカナ、一部の男子の間で密かに人気が急上昇していた。
本人はそれを知るよしもない。
二話予告
リジーがなんとか赤点を回避しようとするお話。
軽めのお話になっているのでお気軽にお読みください。