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七話 この手を伸ばせば(2)◯

 

 *



 金色の髪の小さい女の子を探せ、と言う司書の先生の言葉を頼りにカナは図書館の中をぐるぐると彷徨う。


 一階の書架、書架、閲覧室――いない。

 二階の書架、書架、書架、閲覧室、書架――いない。

 三階――もやっぱりいない。


「というか、誰もいない……」


 早くもくたびれてきたカナは小さく独りごちる。それもそのはず。最終日とはいえ夏休み、わざわざ図書館に来るような生徒などそういるわけもなく、カナは延滞図書の少女だっていないのではないか、というような気分になってくる。


 探す、と口で言うのは簡単だが、広大なアカデミーの図書館塔を隅から隅まで探すとなると、それこそ今日一日では足りないくらいなのである。


「……足、疲れたぁ」


 カナは虚弱な小鹿のように足をぷるぷるさせながらもなんとか五階までの捜索を終える。


 上を仰ぐと天窓は遥か遠く、ガラスに当たって砕けた陽光がキラキラと降り落ちる。


 夏が、遠い。


「夏休みも、もう終わりかぁ」


 何もなかったなぁ、と呟くカナの吐息は微かに滲んでいた。


 休みに入る前の教室には楽しげなクラスメイトたちの語る夏の予定が飛び交っていて。どこそこに旅行に行くとか、誰それと遊ぶんだとか、まるで別世界のことのようにカナには思えていたのだ。


 ずっと一人ぼっちだったカナには、長い夏休みを埋める予定なんて全然なくて。


 初めてできた友達(そう呼んでいいものか、正直言うとカナも自信はないのだが)、ラシェーラも夏休みには帰省するから、カナはやっぱり今年の夏も一人で過ごすのだろうなぁ、とわかっていたのだけれど。


 だから、キラキラとした教室の中でも一人だけ水底に揺蕩っているような――遠くから陽炎のように揺らめく夏の光景を見ているような、そんな気がしていた。


 夏休みが終わる今になっても、それは変わらない。夏とは隔絶された、長く、けれどおぼろげな時間の中にいたような気がするのだ。


 カナは遠い夏をぼんやりと見上げる。触れられなかった煌めきに、思いを馳せる。


 ――と、その時。


 図書館塔の遥か上階、カナの視界の端で金色の毬が跳ねた。


 ん? 毬?


 ぼんやりと揺蕩っていた水底から、カナは浮上する。


 なぜ、図書館塔に毬が? 誰かが遊んでいる? なんで?


 カナの頭の中でも毬が跳ねるように、いくつもの疑問がぽんぽんと飛び出す。


 とりあえず、誰かいるらしい。それは確かだ。もしかすると例の延滞図書の少女かもしれない。

 けれど、とカナは幾分げんなりとした顔つきで逡巡する。


 すごく、高いところにいる。あと何階分階段を上がれば済むのだろう。あまり考えたくもない。運動不足のカナにしては十分頑張った方だと思うので、正直もう見ない振りで帰りたい気持ちもあった。司書の先生だって見つからなかったと言えば許してくれるだろう。


「……よし」


 今日幾度目かの掛け声を口の中で転がし、カナは階段に足をかける。


 下ではなく上へ、金色の毬の方へと、足を動かす。


 何が自分の足を突き動かすのか、カナは自分でもよくわからなかった。どんどん重く鈍くなる腿やふくらはぎを、それでも必死に持ち上げながら図書館塔を上る。上る。


 あの金色の煌めきが、遠い夏の光景と重なったのかもしれない。


 それに触れたいと、そう思ったのかもしれなかった。


 自分のことなのに全てが憶測で、けれど歩みは止まることなく、小さなカナの体を上へ上へと押し上げる。


 一歩一歩、金色が近くなる。毬は跳ねずにじっとしている。天窓から差す陽光が、もう触れられそうなくらい眩しい。そして――




 図書館塔の最上階を、カナはそっと踏みしめた。足元はもはやメレンゲのようにふわふわと覚束ない。


 ぐるり、と辺りを見渡す。

 そこには誰もいなかった。

 金色ももう見当たらない。けれど。


 点々と、書物が床に置かれていた。おかしなヘンゼルとグレーテルのようなその軌跡を目で辿ると、塔の内壁にくっついた小部屋へと続いている。


「…………?」


 不思議には思いながらも、カナは落ちている書物を拾い、拾い、小部屋へと近づいていく。くすんだ木製の扉に手をかける。真鍮の取っ手が、天窓から差す陽光をキラリと反射した。


 力を入れると扉はぎぃぃ、と軋んだ音を立てて開く。真っ白な光が溢れ、カナは目を瞑ってその輝きに埋没する。瞼の外側がちりちりと焼けるような光に、なんとか目を開けると、そこには――




 扉の向こうには、金色の妖精がいた。

 スコーンを食べ散らかし、乱雑に広げた書物に覆い被さる妖精が。


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