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六話 夏の夜に咲く(6)◯




 まだお祭りの余韻と微かな火薬の匂いが漂う街を、リジーたちは並んで学園への道を辿っていた。その途中、初めてジャンとニーナを見つけた公園を通りかかる。


「あら? あれ、ジャンじゃない?」


 ふと視線を巡らせたキティは頓狂な声を上げた。釣られてリジーとシュシュもそちらを見る。


 公園の中、遊歩道からも離れちょっとした丘のようになっている草地に、ジャンとその想い人である少女ニーナが並んで座っていた。

 その肩と肩が触れ合いそうな甘酸っぱい距離に、リジーとキティはたちまち色めき立つ。


「……まさかまた覗くのか?」


 呆れたように眉をひそめるシュシュに当然とばかりに二人は頷くと、素早い動きで茂みの陰に隠れながらジャンたちに近づいていった。ため息をつきながらも、シュシュもその後を追う。


 リジーたちは二人の会話が聞こえるところまで近づくとその会話に耳を澄ませた。


「――すごく綺麗だったね、花火。ジャンの言う通り、ここは特等席だった」


「でしょ! それにあの花火、僕とおじいちゃんで作ったんだよ!」


「えっ、本当? すごい!」


 はしゃいでいる様子のニーナの笑い声に、ジャンの緊張で上ずった声が重なる。


(これは告白するわね)


(きっといけるよ! だってジャンが花火作ったって聞いてすごく褒めてるもん)


(よし、じゃあ賭けるか。私は告白できない方にリジーの今日のデザートを賭ける)


(それならわたしは告白する方にリジーの明日のデザートを賭けるわ)


(ちょっと、人のデザートで賭けをするのはヤメテ!)


 そんな物陰での下衆なやり取りのことなど露知らず、ジャンとニーナは楽しげに話し続けている。

 ニーナは花火作りの話を楽しそうに聞いてくれていて、「これはいけるんじゃないか?」という打算がジャンの中に生まれてきた。


「――すごいね。そういう職人さんの仕事ってカッコいいな」


 目をキラキラさせるニーナに、ジャンは

(きたこれ! 「僕も花火師になるつもりなんだ。きっと将来すごい職人になるから付き合ってください」今ならこれいけるだろ!)

 と、内心燃え上がる。が、


「カッコいいけど、でも結婚するならやっぱり高学歴高収入の大手商社マンとかがいいよねっ」


 ニーナの眩しいほどの笑顔の前に、ジャンの顔は石のように固まった。


(うわぁ……無自覚にフっていくスタイルか……)


(花火師になろうと思った矢先にこれはダメージ大きいね……)


(つーかあんな子どものくせに結婚を見据えてんじゃないわよっ)


(……キティはなんでやさぐれてるの)


「あ、ジャンは将来何になりたい?」


 笑顔のまま、ニーナはジャンに問いかける。


「ぇ、僕……?」


 ぴくぴくと唇を引きつらせながらジャンは曖昧に笑った。


(笑顔でトドメを刺しにいったな)


(この流れで花火師になりたい、だなんて言ったら告白する前にフラれるわね)


(ジャン、なんて答えるの!?)


「僕は……」ごくり、とジャンの喉仏が上下するのが見える。彼の脳裏には、花火作りをこれからも手伝うと言った時のジョゼット氏の嬉しそうな表情が浮かんでは消えた。


「――もちろん、有名大学を卒業して、大手企業に就職することだよ!」


 ジャンは将来花火師になりたい、ということを全力で隠した。これがジョゼット氏を裏切る行為であることはわかっていたが、ニーナに嫌われることには耐えられなかったのだ。


(うわぁ……ヘタレだ)


(まぁしょうがないけど……ジョゼットさんが可哀想ね)


(見損なったよ、ジャン……)


 誰からともなく(帰るか)と顔を見合わせると、覗き魔三人はこそこそとその場を後にしアカデミーへと帰っていった。





 アカデミーに戻ると、リジーたちの担任であるロースウッド先生が荘厳な造りの正門の前で待ち構えていた。腰に手を当て、リジーたちに鋭い視線を向けているその姿はお怒りのご様子である。


「……ちょっとリジー。あんた今度は何をしたの?」


「自首しろ。その方が罪が軽くなる」


「二人ともなんでわたしが悪さしたって決めつけるの!? 友達なんだから信じてよ!」


 悲鳴のような抗議の声を上げるリジーの両肩に、二人はそれぞれ優しく手を置いた。


「信じてるよ。お前がやったって」


「一緒に謝ってあげるから、ね?」


 見当違いの信頼のされ方にリジーはがっくりと肩を落とした。


 とぼとぼと近づいていくとロースウッド先生は厳格そうに引き結んだ唇を重々しく開いた。


「ミス・ホールワース」


 名前を呼ばれたリジーはびくり、と身を竦ませる。隣ではキティとシュシュが、やっぱりリジーだ、と顔を見合わせた。


「あなた、街で魔法を使ったそうですね。メザウィッヂ魔法アカデミーの学生が学外で許可なく魔法を使うのは禁止されているはずですよ?」


「うぐっ、なぜバレた?」


「街の方から連絡がありましたから。今、認めましたね?」


「はっ、これが誘導尋問!?」


 ひぃぃ、と恐怖に顔を歪めるリジーに、ロースウッド先生は非情にも言い放つ。


「ミス・ホールワース、校則違反の罰として、あなたは明日から三日間謹慎です」


「謹慎!? 明日から三日、って――夏休み終わっちゃうじゃないですかぁ!?」


「自業自得です。いいですね、破ったら今度は停学もありえますからね」


 ゴスゴスと釘を刺され、リジーはぐうの音も出ない。


「そんなぁ……もうわたしの夏休み終わり? 四日しか休んでないよ? ていうか工房で手伝いしてたから全然休んでないよ?」


 去っていくロースウッド先生の背中を見るリジーの瞳には若干涙が浮かんでいた。さすがに哀れに思ったのか、キティがそっとハンカチで涙を拭ってくれる。シュシュも励ますように肩を叩いた。


「元気出せ、リジー。さっきの賭けで勝った分のデザートあげるから」


「ありがと、シュシュ――って、それもともとわたしのデザートぉおお」


 悲しげなリジーの咆哮が、終わりゆく夏の群青色の夜空に木霊した。


六話完結です。


今のところ次話投稿は未定です。

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