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六話 夏の夜に咲く(5)◯




 ついにやってきた花火大会当日。

 リジーたちは一度工房に顔を出し、作った花火を丁寧に箱詰めし、荷車に積んで打ち上げ場所まで運搬する役を買って出た。


 街のメインストリートには屋台が賑々しくひしめき合い、リジーたちは比較的閑静な公園の方から指定された場所へと向かう。


 陽気にはしゃぎながら荷車を引くリジーたちの後ろで、しかしジャンはどこか浮かない顔をしていた。


 隣を歩くジョゼット氏はそんな孫の様子が気にかかるようで、けれどどう声をかけたらいいものか迷っているような、そんな風情であった。

 それでもジョゼット氏はとうとうためらいがちに口を開いた。


「……なあ、ジャン。今回、どうしてわしの代わりに花火作りをしようだなんて思ったんだ? 別に花火師になりたいというわけでもないんだろう?」


 そう言うジョゼット氏の声に一抹の寂寥が混じる。弟子も取らず後継者のいないジョゼット氏にとって、花火作りの技術が自分の代で途絶えることは自明なことだったが、それは決して望んでいるわけではなかった。

 けれど、自分の子や孫に無理をして継いでもらうことはしたくなかったジョゼット氏は、ほとんど諦めていたのだ。

 それなのに、今回孫のジャンが花火を作ると言ってきた。ジョゼット氏としてはその真意を知りたいと思うのは、やはり当然であったのだろう。


「それは……」


 ジャンは足元に視線を落とす。

 最初は好きな女の子とのデートをフイにしないため、という不純な動機であった。

 

 けれど、花火を作っているうちに――それに対する祖父の真剣な熱意に当てられ、ジャンは花火を作ること自体に打ち込んでいたのだ。そして、作り終わった今では喪失感すら覚えている。


 ジャンの中で、今まで考えもしなかった将来像が結ばれつつあったのだ。ジョゼット氏の後を継いで花火師になるという将来が。

 ただ、この数日の間に芽生え出したその気持ちを言葉で説明するには、ジャンはまだ幼過ぎた。

 だから、ジャンは一言だけ口にした。


「……おじいちゃん、これからも花火作りを手伝うよ」


 照れ隠しなのか、視線はずっと下を向いたままのジャンをジョゼット氏の驚きに見開かれた目が見つめる。

 やがて、ジョゼット氏は唇をほころばせた。


「……そうか。ありがとうな」


 ぽんぽん、と怪我をしていない方の手がジャンの頭を少し不器用に、けれど優しく撫でた。

 ごつごつと節くれだったその大きな手に――職人の証である手に、ジャンは幼い憧憬を抱いた。






「――これで、よしっと」


 運び終わった花火を打ち上げ筒にセットし、後は打ち上げを待つだけとなった。


 まだ空には暮れかけの日が居座っていて、花火の時間までは猶予があった。すでにジャンはデートの待ち合わせ場所である公園に向かっていた。


 リジーは待ちきれないようにそわそわと居並ぶ打ち上げ筒の周りを歩き回っている。


「おいこら爆破娘。うろうろしてせっかく用意した花火を爆発させるつもりか」


「そんなことしませんって! ――ていうか爆破娘って何!?」


 ジョゼット氏は落ち着きのないリジーに近づくと、彼女の手に何やら握り込ませた。

 それは小さな封筒で、中では微かな硬貨の擦れる音がした。


「これは?」


「あー、なんだ……あんまり役に立ったかと言えばそうでもないが、一応手伝ってもらったわけだしな。大した額じゃないが謝礼として受け取っておけ。それでお祭りを楽しんでくるといい」


 これまで一人で工房を切り盛りしていたジョゼット氏はこういったやり取りに慣れていないようにそっぽを向いている。


 くすり、と笑いながらリジーは封筒を胸にそっと押し抱いた。


「ありがとうございますっ。――あ、そう言えば。さっきジャンと何を話してたんですか?」


「ん? あぁ、大したことじゃあない。ただこれからも花火作りを手伝ってくれる、と言っていただけだ」


 リジーの問いかけに、ジョゼット氏はなんでもないことのように答えながらも、その口許は嬉しそうに緩んでいて。思わずリジーの頬も緩む。


「ふふっ、よかったですね」


「――っ、さあもう行った行った。せいぜい打ち上げが始まるまでに見晴らしのいい場所取りでもしておくこった」


 乱暴な口調でリジーを追い立てると、ジョゼット氏はどっかりと座り込んだ。

 リジーはキティとシュシュと連れだってその場を後にしながら、振り返って手を振る。


「それじゃあ、最後の特大花火を打ち上げる前にまた来ますねー!」


 黙って片手を上げるジョゼット氏に三人はもう一度大きく手を振ると、たくさんの人々で賑わう街のメインストリートへと繰り出していった。



 *



「うおおおー、やっと夏休みらしいイベントだよっ、キティ、シュシュ!」


 屋台の立ち並ぶ通りでリジーは雄叫びを上げた。

美味しそうな匂いが漂う屋台や、可愛い雑貨などが並ぶ露店が所狭しと並び、リジーはあちこちと目移りしてはふらふら歩き回る。


「はいはい。あんまり大声ではしゃがないの。周りに迷惑でしょ」


「おいリジー。さっきもらってたお金で甘いもの買ってきてくれ」


「通常運転が過ぎるよ、二人とも! 浮かれてるわたしがバカみたいじゃん!」


 わーわー騒ぐリジーに二人は落ち着き払って言い放つ。


「それは、そうね」


「みたい、じゃなくてバカだな」


「あー! もうそんなこと言う二人にはこのお金は渡しませんー」


「こらこら、わたしたちも一応働いたでしょ?」


「メーデー、メーデー」


 やんややんやと言い合いながらも、三人は一緒に甘いものを頬張っては露店を冷やかし歩いた。

 そうこうしているうちに、群青が広がる空に鈍い音が響き渡る。


「あっ、花火! 打ち上げ始まったよ!」


 つ、と見上げた空に、瞬間大輪の光の花が咲き誇った。


 ドン、ドドン、と続けざまに打ち上がる花火は夜空にキラキラと散り、その残像が押し花のように夜空に光の欠片を浮かべる。


「綺麗だね」


 見上げた瞳に夜空の花を映しながら、リジーはほぅ、とため息を零した。キティもシュシュも、並んで夜空を見上げる。

 肩を寄せる三人の頭上には次々と花火が打ち上がり、夏の夜空を彩り続けた。


「わたし、二人と一緒にこんな綺麗な花火を見られて良かった。これだけで、わたしの夏休みはキラキラした思い出でいっぱい、だよ!」


 そう言って二人を見るリジーの笑顔は、二人の目に花火よりもキラキラとして映った。

 けれど、シュシュはそんなこっぱずかしい気持ちをごまかすように、


「ふんっ、ほら、そろそろ最後の特大花火の時間じゃないか? 打ち上げるところ見に行くんだろ」


 そう言って、さっさと背を向けて歩き出す。


「ふふん、何照れてるのよ、ちびっ子」


「うるさい、照れてない。リジーの脳天気っぷりに呆れてるだけだ」


 その小さな肩に追いすがりながらキティがからかうと、シュシュはますます強情に頬を膨らませた。


「待ってよ、二人ともー」


 楽しげなリジーの声が二人の後を追いかけて、弾むように街を進んでいった。






「おーい、ジョゼットさーん。打ち上げは順調ですかー?」


 三人が打ち上げ場所に戻ると、ジョゼット氏とお手伝いの人たちはドカドカと花火を打ち上げていて、リジーは大声で呼ばわった。


「おぅ、本当に戻ってきたんだな。見ての通り、順調だ。後は最後の目玉の特大花火を打ち上げれば締めくくりだな」


 花火の炸裂する音に負けじと、ジョゼット氏も叫ぶように言い返す。


 打ち上げ場所の真ん中に設置された一際大きな筒、その中に入っているのがこの花火大会のトリを飾る特大花火だ。作る時に最も苦労したものであり、ジャンとジョゼット氏によって何度も何度も作り直して完成させたのだ。


「二人の初めての共同作業の成果、わたしたちが見届けるよ」


「リジー、それはちょっと意味が違う」


 三人は並んで特大花火が打ち上げられるのを待つ。


 そして、とうとうその時間がやってきた。ジョゼット氏はリジーたちに小さく頷くと打ち上げ筒へと近づき、落とし火を投げ込む。

 

 ところが。


「な、なんで打ち上がらないんだ!?」


 ジョゼット氏の切迫した声を皮切りに、周囲に動揺が走った。

 特大の花火玉を打ち上げるはずの筒は、うんともすんとも言わず目の前で黙り込んでいる。


「最後の最後で……こんなところで失敗するなんて……ジャンになんて言えばいいんだ」


 呆然と立ち尽くし呟くジョゼット氏にリジーたちは駆け寄った。


「ど、どうしよう、もう一回火をつけてみるとか!?」


「待て、別の筒に入れ替えて打ち上げることはできないのか?」


 あわあわと提案するキティを押し留め、シュシュは冷静に問いかける。


「……ダメだ。あの特大花火に合うサイズの筒はあれだけだ」


 ジョゼット氏の声に力はなく、今にも地面に崩れ落ちそうだった。

 ジャンの必死の努力をこんな形で台無しにしてしまうことが、ジョゼット氏には堪らなく思えた。


「……ごめんなぁ、ジャン――」


「――まだ! 終わって、ないっ」


 空に向かって謝罪の言葉――諦めと同義の言葉を口にしようとしたジョゼット氏を押しのけるように、リジーは打ち上げ筒へと歩いていく。


「なっ爆破娘、何する気だ!?」


 制止しようとするジョゼット氏を振り切り、リジーは掌をかざすと、その口から詠唱が流れ出す。


「――内なる火よ、燻り蟠る熱情の灯火よ。闇の帳を打ち払い、僕らを照らしておくれ――!」


 かざした掌にぽぅ、と仄かに灯った光を、リジーは筒の中に投げ入れた。


 ――ドンッ! と鈍い音が炸裂し、微かな尾を引いて花火は夜空に舞い上がる。そして、


「たーまやー!」


 リジーの声をかき消すほどの轟音を響かせて、頭上に広がる群青に今日一番の大輪の花が咲き誇った。


 ばらばらと火花が空を散り、遠くから人々の賛嘆の声が風に乗って聞こえてきた。

 ジョゼット氏は信じられない、という目をリジーに向ける。その視線に気づいたリジーは振り返って得意げな笑みを浮かべた。


「言ったでしょ? 爆発させるのは得意だ、って」


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