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六話 夏の夜に咲く(4)◯


 *



「断る」


 ジョゼット氏の代わりに花火を作ることを決意したジャンと、その手伝いを買って出たリジーたちであったが、意気揚々と赴いたジョゼット氏の工房であっさりと拒絶された。


「なんでですかぁあ!?」


話が違うぞ、とばかりに非難がましい視線をジャンから向けられながらリジーは抗議する。


「なんでもクソも、いきなりやってきた素人のガキに職人の仕事をさせるわけないだろうが」


 ジョゼット氏の言い分はもっともであった。


「ぐぬぬぬぅ」


 正論を前にリジーは歯噛みすることしかできない。


「おじいちゃん! お願い、僕たちに手伝わせて!」


 必死に言い募るジャンにジョゼット氏は面食らったように瞬きした。


「さっきまでこの世の終わりみたいな顔して落ち込んでいたのに、どうしたってんだ?」


 疑わしそうな視線を向けるジョゼット氏からは、どうあっても良い返事を引き出せそうにない。

 ところが、意外な言葉がジャンの口から飛び出した。


「僕……僕、将来おじいちゃんみたいな花火師になりたいんだ!」


 これにはジョゼット氏だけでなくリジーたちもびっくりしてしまった。


「えっ、そんなの初耳――みゅぐっ」


 素頓狂な声を上げかけたリジーの口を、素早くジャンの意図を察したキティの手が塞ぐ。


「ジャン……お前、そうか。そんなことを思っていてくれたんだなぁ」


 ジョゼット氏の頑固な職人面がくしゃり、と歪み、孫が可愛くて仕方ないといった好々爺の一面が覗いた。


「お前がそこまで言うのなら……わかった。ジャン、わしの代わりに花火を作ってくれ!」


「ありがとう、おじいちゃん!」


 それは一見すると孫と祖父の心温まる場面であったが、リジーたちにはジョゼット氏に見えないように「してやったり」とばかりに舌を出してみせるジャンの姿がばっちり見えていた。


「……なかなかの策士ね」


「わたしたちも将来ああやって孫の掌の上で踊らされるんだね……」


 三人は手段を選ばないジャンにちょっと引いた。





「さて、と。ジャンに作ってもらうとは言ったが、あくまで実作業は任せるという意味だ。作り方なんかはわしが全部指示をする」


「はいっ」


 勢い込んで返事をするジャンに頷いてみせると、ジョゼット氏は今度はリジーたちに向き直る。


「お前さんたちも手伝ってくれるそうだな。念のため聞くが、花火作りの経験は?」


 値踏みするようなジョゼット氏に、「はいはい!」と、リジーは元気いっぱいに挙手した。


「花火は作ったことないけど、なんか爆発させるのは得意ですっ!」


「……なんか爆発させる、とは?」


「えっと、最近では教室の壁を爆破しました!」


「お前はテロリストか何かか?」


「いえいえ、ちょっとだけおっちょこちょいな学生ですよぅ」


「そんな可愛らしい被害じゃねえだろう! ……ったく、もう出来上がってる花火を爆破したりすんなよ? 絶対だからな?」


「え?」


 今まさに制作済みの花火に手を触れようとしていたリジーは、ジョゼット氏によって工房からつまみ出された。


 ジョゼット氏の目が、ジロリとキティを見据える。


「お前は? 何ができる?」


「えーっと……男の恋心に火を点けるのは得意よ!」


 きゃるん、と可愛らしく目配せしたキティもまた、首根っこを掴まれ放り出された。


「残りは……おい、ちっこいの。お前は?」


 威圧するように仁王立ちするジョゼット氏に、シュシュはあくび混じりに答える。


「面倒くさい」


 ……結局三人とも工房から締め出された。


 その後、なんとか頼み込んで中に入れてもらったが、ジョゼット氏だけでなく、ジャンからもしばらく冷めた目を向けられることになった。





 夏の長い日がとっぷりと暮れてからも、その日ジョゼット氏の工房からは活気ある声が響いていた。


 アカデミーの門限が迫り、リジーたちが工房を後にしてからもジャンとジョゼット氏は一心不乱に作業をしていた。

 幸い、ジャンは幼い頃からジョゼット氏の工房で彼の仕事振りを見ていたから呑み込みは早かったが、それでも明後日のお祭りの日までに残された時間は一日と数時間しかない。二人の顔は険しく、それは紛うことなき職人の顔であった。




「おっはようございまーす!」


 翌日の朝、リジーたちが工房にやってくると、すでに作業に入っていた二人はちらりと顔を上げ、すぐに手元に集中する。


「おう。今日は火薬を破裂させるんじゃないぞ。次やったら叩き出すからな」


「ゔっ……はーい」


 作業を続けるジャンの手元から目を離すことなく、ジョゼット氏はリジーに釘をさした。

答えながら、リジーは真剣なジャンの顔を見てきゅっと口許を引き締める。


「……よしっ、キティ、シュシュ。今日も頑張ろう!」


 その言葉にキティは力強く、シュシュは若干気怠そうに頷いた。




 ジョゼット氏の指揮のもと、ジャンとリジーたちはきりきりと働いた。

 閉め切られた工房には冷房などもなく、窓から射し込む夏の日差しが容赦なくリジーたちを焼き、皆汗を滴らせながら作業に明け暮れる。


「おい、この部分、指示したように作れていないぞ! やり直しだ」


 時間がない上に実際に作るのは素人の腕。それでもジョゼット氏は妥協しようとはしなかった。彼の要求に応えようと、ジャンは必死に手を動かす。その姿に突き動かされるように、リジーたちもまた必死で働いた。




「――よしっ、あらかた出来上がったな」


 今日もまた日暮れまでぶっ続けで作業し続け、ようやくジョゼット氏は一息ついた。それを合図にするようにして、ジャンやリジーたちもぐったりと工房の作業机に突っ伏した。


「づ、づかれたぁぁ……」


 肩や腰、体のあちこちをほぐしながらリジーは呻き声を上げる。隣で同じように伸びをして体をほぐしていたジャンを肘で小突きながら、リジーは笑いかけた。


「やったね、ジャン。これでニーナと一緒に花火見られるね」


「うん、リジーたちもありがとう。僕一人じゃ、きっと何もしなかったと思うから」


 照れ臭そうに言うジャンの頭をリジーはくしゃり、と乱暴に撫でた。


「うわっ、なんだよ?」


「ふふん、可愛い奴め」


「やめろってー」


 そんなふうに、すっかり仲の良いきょうだいのような二人を見て、キティとシュシュ、そしてジョゼット氏も頰を緩める。


「ジャン、それにお前たちも。助かったよ、ありがとう。明日のお祭りに備えて今日は早く帰って休め」


 素直にお礼を言うのがこそばゆいように、ジョゼット氏はしっしっと手を振って皆を工房から追い払った。





 濃い群青の絵の具を引いたような夏の薄暮の中を、ジャンとリジーたち四人は歩いた。


「それにしてもよく間に合ったわねー」


 解放感に満ちた声をキティが上げると、リジーとシュシュも同意するように深く頷く。


「まったくだ。あのじいさん、素人に対しても要求が厳しかったしな」


「シュシュが面倒くさがって教えられた手順を省くからでしょー」


 三人の笑い声が群青の空気に溶けて漂う。

 ジャンは黙ったまま自分の手をじっと眺めていた。

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