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六話 夏の夜に咲く(3)◯




 再びの仏頂面のリジーを宥めながらアカデミーへの帰り道を歩いていると、三人は街の広場を通りかかった。その隅っこに立つ掲示板に通り過ぎざま一瞥を送ったリジーは慌てたように立ち止まる。


「ねえねえ二人とも! これだよ、お祭りっ」


 求人広告や迷い猫探しの貼り紙など、雑多に貼られている広告の一枚を指差し、リジーは弾んだ声を上げた。


 キティとシュシュも一緒になって掲示板を覗き込む。


「どれどれ……『夏の花火大会――花火師ジョゼットの仕込み花火百連発――』だって」


 キティが読み上げるとシュシュは眉間にちっちゃなシワを寄せた。


「なんか胡散臭そうな花火大会だな」


「なんでもこの街に住んでる花火師で、業界では結構有名な人みたい」


「そうなんだ! すごいね、絶対楽しいよ!」


 子どものように目をキラキラさせるリジーを見て、キティは口許を緩めた。なんだかんだ言って、リジーが楽しそうにしているのが一番楽しいのだ。


 ところが。


「あら、あの子さっき公園にいた子じゃない?」


 そう言ってキティが指差した先には、確かに先刻公園でニーナという少女をお祭りデートに誘っていた男の子がいた。


「ホントだ……でもなんか落ち込んでない?」


 男の子はさっきとは打って変わってしょんぼりと肩を落としベンチに座り込んでいる。


「あれだな、フラれたんだな」


「いや、デートをオーケーした直後に相手をフるとか、女の子の方が情緒不安定過ぎるでしょ」


 真面目くさった顔つきで断言するシュシュにキティのツッコミが飛ぶ。


 すると、今度はリジーが「はっ!」と何かを思いついたような声を上げた。


「きっとあの子も夏休みが終わってしまうことを嘆いているんだよ!」


 そうに違いない、としきりに頷くリジーだったが、


「そんなしょうもないことで落ち込むのはリジーくらいだろ」


「そうね、リジーと一緒にするなんてあの子が可愛そうだわ」


 二人からはバッサリと切り捨てられた。

 解せぬ、と頬を膨らませたリジーは思い直したようにポン、と手を打つ。


「それじゃあ本人に直接聞いてみようよ」


 言うが早いか、二人が止める間もなくリジーはベンチに座る男の子に歩み寄っていった。


「こんにちは。何か悩みごとでもあるのかな?」


 リジーは親しげに微笑みかけると男の子の隣に座る。

 男の子は突然現れた歳上の少女にびっくりしたように目をパチパチさせると、


「ふ、不審者……?」


 警戒しているのと引いているの、半々くらいの表情を浮かべた。


「ひどい!? 不審者、違うよ!」


 ショックのあまり若干カタコトになって不審者感の増したリジーは、遠巻きに成り行きを見守っていたキティとシュシュに助けを求める視線を送った。


 仕方ない、とキティとシュシュも二人の方へやってくる。

 キティは今にも逃げ出しそうに中腰になっている男の子に安心させるように微笑みかけた。


「ごめんね、びっくりさせちゃって。この子変な子だけど悪気はないのよ」


「う、うん、大丈夫……」


 暴力に訴えなければ美少女のキティの笑顔に、男の子は頬を染めた。隣ではリジーが心に傷を負ったように「顔なの? やっぱり顔なの!?」とぶつぶつ唱え出している。


「もし良かったら話、聞かせてくれないかしら?」


 落ち込むリジーを無視してキティは話を進める。

 うん、と未だ少し照れたように頷くと、男の子は口を開いた。


「あの、僕、好きな子がいて。それで明後日のお祭りに誘ったんだけど」


「ニーナちゃんだろ。そこらへんは知ってるから省いてくれ――むぐッ」


「なんで知ってるの!?」


 余計なことを言うシュシュの口を慌てて拳で塞いだキティだったが、すでに手遅れであった。


「ちょっとシュシュっ、なんでわざわざ覗いていたのをばらすようなこと言うのよ?」


「ごめん、つい」


「いいからさっさとごまかしなさい!」


「あー――さっき……あれだ、野犬が」


「野犬がっ!?」


 男の子は驚愕した。


「野犬はもういい!」


「むぅ。実は犬ではなく馬が」


「街中に馬がいてたまりますか!」


「馬は馬でも野次馬がな」


「誰が上手いことを言えと言ったっ」


 男の子がポカーンとした顔をしているのに気づくと、キティとシュシュは言い合うのをやめた。

 シュシュは少し気まずそうに、金髪の猫っ毛をくしゃくしゃとしながら男の子に向かって言う。


「実はお前たちが公園で話しているのが聞こえてたんだ」


 能動ではなく受動で話したところに若干保身の意図が垣間見えたが、嘘ではなかった。


 他人に聞かれていたと知った男の子は恥ずかしそうに俯く。しかし、意を決したように顔を上げると、縋るように言葉を継いだ。


「でも、今のままじゃニーナと一緒に花火を見れなくなっちゃうんだ……」


 今にも泣き出しそうな男の子の言葉に三人はそろり、と顔を見合わせた。

 




 聞くところによると、男の子――名前をジャンと言った――は今回の花火大会の花火制作を任された花火師・ジョゼットの孫であった。

 その彼が先ほどジョゼット氏の工房に行ったところ、そこには事故で手を怪我してしまったジョゼット氏がいた。幸いそれほど酷い怪我ではなかったらしい。


 しかし、ジョゼット氏は明後日までに百個の花火を作らなければならなかったが、すでにできているものは半数。

 怪我をした手ではとても間に合わない、だから花火大会は中止にしてもらう、とジャンに告げたのだ。


「――そうなったら、せっかくニーナと約束できたのに、ダメになっちゃう……それに、おじいちゃんだって花火大会のためにずっと前から頑張っていたのに……」


 ジャンのしょんぼりした肩をポンと叩きながらシュシュは言う。


「前向きに考えろ。これでフラれる未来を回避できたと思えばいいんだ」


「フラれるのを前提にしてる時点で後ろ向きでしょーがっ」


「じいさんはこれを機にのんびり隠居でもするといい」


「あんたが決めるなっ」


 シュシュの後頭部を小気味よくキティの平手が打つ。


 そのままわちゃわちゃし出す二人を尻目に、リジーはジャンの前にしゃがみ込み、目と目を合わせた。

 ジャンの薄っすら涙の膜が覆っている瞳とリジーの翡翠のような瞳が見つめあう。


「ジャンはどうしたいの?」


「僕は……」


 戸惑いがちに開かれたその唇が、意志の力できゅっと引き結ばれる。


「今までのおじいちゃんの頑張りを無駄にしたくないし、ニーナと一緒に花火を見たいよ」


 そんな純粋と不純の狭間で揺れるジャンの言葉に、リジーはにっこりと笑った。


「それならやることは決まってるね」


「え?」


「君が」リジーはジャンの胸を指差した。「君が、おじいさんの手になればいいんだよ」


「ぼ、僕が!? 花火を作るってこと?」


 驚きのあまりベンチから飛び上がりながらジャンは叫ぶ。


「無理だよ! 確かにおじいちゃんが花火を作るところはよく見ていたけど……でも、作るだなんて」


「それならおじいさんの頑張りは無駄になるよ。そして好きな子に花火を見せてあげることもできない」


 淡々と告げるリジーに、ジャンは力なく首を横に振る。


「……無理だよ」


「望むだけじゃ、何も変わらないよ。それを叶えるのは、いつだって他ならぬ君だけなんだから」


 余りにも真っ直ぐに注がれる翡翠の眼差しに、ジャンは息を呑んだ。

 息が詰まったかのように黙りこくるジャンに、やおら、リジーは笑いかける。


「ねえ、どうして人には手が二つあるんだと思う?」


「……生物学的な構造?」


 唐突な謎かけにジャンは当惑を隠せない様子で答えた。


「なんか予想以上に子どもらしくない答えがきた!? ――そうじゃなくて」


 リジーはそっとジャンの手を取る。


「一つはもちろん自分のため。もう一つはね、誰かのためにあるんだよ。困ってる人に『手を貸す』ために」


 ジャンは掌に視線を落とす。

 この手でできるのだろうか、と逡巡するように。

 その時、空いている方の手に二つの手が重なる。


 ジャンが見上げると、キティとシュシュもジャンに手を差し伸べていた。


 リジーは満面の笑みで言う。


「君がおじいさんの手になるのなら、わたしたちだって君の手になるよ」


 気づけば、ジャンは大きく頷いていた。


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