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六話 夏の夜に咲く(1)◯



「今日二人に集まってもらったのは他でもありません。とても大事な話があるのです」


 メザウィッヂ魔法アカデミーの女子寮の一室、ロココ調のアンティークテーブルの上で腕組みをしたリジーは重々しく告げた。


 傍らではシュシュがティーカップを傾けては、ぷはぁと幸せそうな吐息を漏らしている。椅子の下では小柄な彼女の足が絶妙に床に届かずぶらぶらと揺れていた。


「キティ、紅茶おかわり」


 ん、とシュシュがティーカップを突き出すと、テーブルの向かいで頬杖をついていたキティが目を上げる。そのまま傍らに置いてあった可愛らしい意匠のティーポットを持ち上げると、シュシュのカップをなみなみと紅く透明な液体で満たした。


「はい。あんまり砂糖入れ過ぎないでよ――って、言ってるそばからドバドバと!」


 キティの言葉を待たずにティースプーンを砂糖壺に何度も突っ込むと、シュシュは面倒くさそうに反論した。


「これくらい入れないと甘くないんだ」


「あんた絶対味覚おかしいわよ」


砂糖壺を挟んで言い合う二人を、リジーは交互に見比べてため息をつく。そして、


「大事な話があるって言ったでしょー! 聞いて! わたしの話をっ!」


 無視されたことが耐えられなかったのか、悲痛な叫び声を上げた。


 リジーの抗議にシュシュとキティは言い合うのをやめると、スッと椅子に座り直し神妙な顔をした。


「どうぞ、話していいわよ」


 代表してキティが促すと、リジーは二、三度咳払いしのどの調子を整え、絶妙な間を取った後、


「なんか改まられると照れるなぁ……」


 なぜか赤面した。


「話すの? 話さないの?」


 ガタッ、と椅子を引き、苛立ちを隠そうともせずに詰め寄るキティに胸倉を掴まれたリジーは「あっ、話します話します!」と情けない声を出す。


 女子にあるまじき握力を誇るキティから解放されたリジーはぼそりと呟いた。


「……はぁ、まったくこの名門アカデミーに野生のマウンテンゴリラを入れたのは誰?」


「誰がゴリラよ!」


「別にキティとは言ってないよ?」


「文脈的にわたし以外いないでしょうが!」


 今度はリジーを斬れ味鋭い手刀が襲った。


「うぅ……シュシュぅ、キティがいじめるぅ」


「今のはリジーが失礼だぞ」


 よよよ、とハンカチを目元に押し当てるリジーをシュシュは真面目くさった顔でたしなめた。


「あらちびっ子、あんたもたまにはまともなこと言うじゃない」


 意外そうなキティの言葉にシュシュは椅子の上でふんぞり返った。ふんぞり返ってもだいぶ小さいのだが。


「私はまともなことしか言わないだろ。そもそも、ゴリラは悪口に使われがちだが本当は知能も高く素晴らしい種なのだ。そんなゴリラをよりにもよってキティ呼ばわりするとは失礼だろう」


「一番失礼なのはあんたよ!」


 キティは手負いのゴリラさながらに吠えた。



 *



「……さて、そろそろ本題に入ろうと思うんだけど」


 キティにどつかれた後頭部をさすりながらリジーは改めて口火を切った。


「まったく、くだらないこと言ってないでさっさとそうしてればいいのよ」


 キティは未だご機嫌斜めの様子で頬を膨らませている。その反対側にはこちらもどつかれた頭を掌で撫でながら椅子の上で丸くなっているシュシュ。


 リジーは心持ちテーブルの上に身を乗り出すと深刻な面持ちを浮かべて言った。


「あのね、実はあと一週間で夏休みが終わっちゃうんだよ……!」


 口に出すのも憚られる、とばかりに黙りこくったリジーに、キティとシュシュはコクリと頷く。


「いや知ってるけど」


「正直二ヶ月も休みがあると休むことにも飽きてくるんだよなぁ」


 事もなげに言う二人にリジーは信じられない、というふうに目を見開いた。


「ふ、二人は知ってたのにそんなに悠長に構えているの……?」


 まるで宇宙人でも見つけたかのように慄くリジーを、キティとシュシュは訝しげに見遣る。


「信じられない…………わたしの夏休みは始まったばっかりなのに!」


「あぁ」


「そういうことね」


 ダァン、と悔しそうにテーブルを叩くリジーに二人はそろって頷いた。


 二人のように、普通の学生はおよそ二ヶ月前から夏季休暇を満喫している。けれどこのリジーという生徒はその限りではなかった。


 補習である。


 本来は夏季休暇直前の考査で赤点を取った者を対象とする補習だが、深刻な単位不足に喘いでいるリジーはつい先日まで夏休みを返上して足りない単位をかき集めていたのだ。


「信じられないっ! みんなが楽しそうにバカンスに出かけたり帰省したり――そんな幸せな夏休みの光景を横目に、涙を呑んで補習を受けていたというのにっ。

 やっとその頑張りが報われると思ったらもう新学期は目の前ですよ! わたしが何をしたっていうの!?」


 憤懣やるかたない、とぶちまけるリジーに、


「何をしたというか……何もしなかったのが悪いんだろ」


「そうね、自業自得よ」


 二人の友人はすげなく言い放った。


「うぅっ……それは」


 リジーは決まり悪そうにメープル色の髪の毛を指先でくるくると弄ぶ。


 彼女の夏休みがこれほど短期間であることの原因は、つまるところ彼女自身にあった。


 アカデミーの二年生――まだ入学して一年と数ヶ月しか経っていないにも関わらずリジーが単位貧乏になってしまったのは一年の一学期まで遡る。


 数多くの魔法師を輩出するメザウィッヂ魔法アカデミーにおいて、魔法師資格取得のためには一年次から必須単位を修得しなければならない。


 ところがそれを知らなかったリジーは勝手気ままに時間割りを組んでしまい、不要な単位ばかり積み上げ(それもガーデニング魔法講義やら編み物魔法入門やら、スローライフ感満載のものばかり)、去年の丁度今頃、担任のロースウッド先生から最後通告を突きつけられたのであった。


 それ以来通常の授業に加えて補習漬けの毎日を送っているのだが、元来のんびり屋でうっかり者であるリジーの単位修得はなかなかに困難を極めているのだ。


「それはわかってるけどぉ…………あんまりだよ、二ヶ月のはずだった休みが一週間になるだなんて」


「まぁ、嘆いていても始まらないし、何か残りの一週間でできることを考えましょ」


 テーブルに突っ伏して肩を震わせるリジーを哀れに思ったのか、キティは励ますように言った。


 途端、リジーはガバリと顔を上げ、


「そうそれっ、今日はその話をしようと思ってたんだよっ」


 急にイキイキと目を輝かせ始めた。浮き沈みが激しくも見えるが、悲しさより楽しさを、過去よりは未来を考えようとするのが彼女の常であった。


 元来シンプルな性格なのである。


 よく言えば前向き、悪く言えばおバカなリジーはどこからかノートを取り出しテーブルに広げてみせた。


 何事か、とキティとシュシュは額を寄せてそれを覗き込むと、そろって微妙そうな表情を浮かべる。


「『夏休みにやりたいことリスト』かぁ……」


 そこにはリジーの夏季休暇への期待がものすごい物量で書き殴られていた。正直引くレベルでびっちりと。


「こんなものを作る暇があれば、それを勉強に充てた方がもう少し休めたんじゃないか?」


 シュシュは牛乳を拭いて臭くなった雑巾を触るみたいにノートをつまみ上げながら言った。


「いやいや、こうやって補習が終わった後の楽しみを想像することで、わたしはロースウッド先生の地獄の夏季補習を乗り切れたんだよ!」


 もっともなシュシュの言い分に、リジーは遺憾千万、とばかりに反論した。


「……でも乗り切ったところでもうほとんど休みがないんじゃねぇ。結局書いてあることは全然できそうにないわね」


 本末転倒だわ、とキティは呆れたように肩を竦めた。指でノートの文面をなぞりながら適当な箇所を読み上げていく。


「えー、何なに……? 『目的地を決めずにヒッチハイクの旅』、これは夏休み丸ごと使いそうな企画ね。

 他には……『全国大会に向けて泊まり込みの合宿』――って、なんの合宿? 全国一の劣等生を決める大会とかあったっけ? 

 ……後は、『どこかの海で水平線に浮かぶ夕陽に向かって何かを叫ぶ』? すごいふわっとしてるけど、何がしたいのこれ?」


 読み進めるほど首を傾げるキティ。その先の方のページを捲っていたシュシュがそれに答える。


「最後の方はもう現実逃避したがってるだけだな。ほら、『……どこでもいいから、ここじゃないどこかへ行きたい……』、『もう補習の教室にはいたくないぃぃぃ』――ってこれ、完全に補習中に書いてるだろ」


「全然乗り切れてないじゃない! うわ、何このページ、一面に『休みたい休みたい休みたい』って書いてある! 怖っ! ブラック企業の社員か!」


「よっぽど補習が嫌だったんだな、リジー……」


 もはやただの呪いのノートの様相を呈してきたものから、二人はそっ、と距離を取った。


「……やめて、補習の話は。思い出したくもないから」


 真顔で告げるリジー。


 いったいどんな補習だったのか、と気になった二人が尋ねても、それ以上リジーが補習について口を開くことはなかった。


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