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四話 探していた『何か』を(6)○

 

「覚悟はいいか、シュメット?」

「そっちこそ、フローラルな香りのハンカチを涙で濡らす用意はできたか?」


 全ての答案が返却され周りでは皆が夏休みへの喜びをまき散らすなか、ロビンとシュシュは睨み合った。


 ちなみにロビンとタッグを組むはずだったリジーは、


『わーい、赤点なかったよー。夏休みー』

『あなたは夏休み中も補習ですよ、ホールワース』

『うぇぇ!? なんで、ロースウッド先生? 今学期は赤点取ってないのにっ!?』

『今学期は、ね。それ以前の足りない単位を全部取るまではあなたに夏休みなど訪れません』

『そんなバカなっ!?』

(バカなのはリジーなんだよな)


 というやり取りの末、先生に連行されていったため不在である。


「それじゃあ、一科目ずつ見せ合っていくぞ」

「まだるっこしいな」

「いくぞっ、僕のターン! 魔法学基礎、八十五点!」


 ロビンは意気揚々と自分の手札から一枚抜き取ると机に叩きつけた。

 その点数は名門メザウィッヂにおいてかなり優秀なものであった。が、


「ん。百二十八点」


 シュシュは気のない動きで答案を机に置いた。


「ちょっと待てぇええい! おかしいだろ! どうして百点満点の試験でそんな点数取ってるんだよ!? 不正だ!」


「実は私は試験の点数の上限を破壊する超強力な魔法が使えるんだ。だからこの勝負、始めからお前に勝ち目などなかったのだ」


 そんなことを真顔でのたまうシュシュであったが、


「なんて卑怯な魔法を使うんだ!? 早く解けぇええ!」


 ロビンは素直に信じた。


「いやジョークなんだが……実際のところは、私の回答が素晴らし過ぎていつも余分に点数をくれるんだ」


「うぐっ、なんか反則っぽいが……不正でないのなら勝負は続行だ! 次の科目、近代魔法技術史、九十二点!」

「二百五十二点」

「だからなんでだぁああああ!」


 ロビンの咆哮は夏休み直前で浮き立つ教室の中、悲しげに木霊した。


 その後、沈痛な表情のままのロビンによって両者の点数が粛々と開示されていったが、結果は当然のごとくロビンの惨敗であった。


 *


「……惨めだ」


 全科目を合計するとダブルスコアで負けていたロビンは虚ろな顔で呟いた。


「僕のこの二週間はなんだったんだ……はは、笑えよシュメット」

「うわははははは」

「何がおかしいッ!?」


 言われるがままにシュシュが笑うとロビンは涙目で噛みつく。


「お前が笑えと言ったんだろ。情緒不安定か」


 理不尽に怒鳴られたシュシュは膨れた。


 一学期最後の懸念事項から解放された生徒たちはもうすでに夏休み気分で教室を飛び出していき、教室には失意のロビンと若干困り顔のシュシュだけが取り残されていた。


 このまま帰るのもなんか気まずいなぁ、とシュシュは手持ち無沙汰のまま答案の散らかった机に座る。


 リジーの頼み通りロビンをぼこぼこにしてやったわけだが、肝心のリジーはロースウッド先生に連れていかれたまま戻ってこない。リジーが後でフォローしてくれるなら、といつもより真剣に試験を受けてしまったことが裏目に出た感じである。ロビンはしばらく立ち直れそうにない雰囲気であった。


(私がフォローするしかないのか……いや、でも負けた相手に励まされるのはむしろダメージがでかいような……。あぁまったくリジーめ。最後の最後で私に面倒ごとを押し付けていくとは……覚えてろよ)


「おいロビン」


 シュシュはため息を一つ吐いてから机の向こうでうなだれる黒々としたつむじに向かって声をかけた。


「……なんだよ、哀れな負け犬の僕を嘲笑いにきたのか?」

「いやずっといただろ。急に卑屈になるなよ……」


 落ち込み方まで面倒だぞ、とシュシュは退屈そうにぴょこんと跳ねた猫っ毛を撫でた。

 気を取り直すように咳払いをして続ける。


「……あー、あの、なんだ。リジーからお前が勉強で私に突っかってくる理由を聞いたぞ」

「勝手にしゃべったのか……まぁ口止めもしてなかったけど」


 つむじが上向いてロビンの顔が覗く。意気消沈してはいたが、当初のショックからはなんとか立ち直っているようだった。


「……ホールワースから聞いているならわかるだろう。シュメット、僕はお前に勝たなきゃ――一番の成績を取らなきゃダメなんだ。そうじゃないと僕には本当に何もなくなってしまうから」


 唇を噛み締め、苦しげに言葉を吐き出すロビン。その瞳に薄っすらと膜が張るのが、眼鏡のレンズ越しに見えた。


(リジーなら……)


 リジーなら、こんな時なんと言うのだろう。

 目の前で今にも涙を零しそうなロビンを見つめながら、シュシュはふとそんなことを思った。


 涙を拭うための魔法を探す、と笑って言うリジーなら、何を。


 けれど、シュシュは小さくかぶりを振った。


(そんなのは、私の柄じゃないな。私はリジーほど優しくはないから)


 シュシュは唇を歪め、人を小バカにしたような表情を作ってみせた。

 そして最大限憎たらしく聞こえるように吐き捨てる。


「お前はバカだ。そんな硬い頭をしているから私に勝てないんだ」


 唐突に罵られてロビンは面食らったように目をパチパチさせた。

 ぶっきらぼうな口調で、しかしロビンの目を見据えて、シュシュは言う。


「一番良い成績を取らなきゃ自分には『何もない』だと? 確かにそれはきっかけだったのかもしれない。でも今のお前にとって大事なのは『一番になること』じゃなくて、『一番になるために必死で努力をしたこと』だろ。目の下にバカみたいなクマを作るまで頑張って、それでも結果が伴わなかった時には泣くほど悔しい。それほど打ち込んだことがお前の言う『何か』でなくてなんだと言うんだ」

「――……ッ!」


 呆気にとられていたロビンの瞳がレンズの向こうで瞬く。

 その口がゆっくりと開き、出てきた言葉は、


「……シュメット。それを、努力もせずに一位を取り続けているお前が言うか?」


 もっともな指摘であった。


「んなっ……、お前……せっかく私が励ましてやろうと思ったのに……」


 ぷるぷると小さな拳を握るシュシュの頬が、怒りか恥ずかしさか、どちらのためか微かに紅潮する。


「別に頼んでない」


 つーん、とそっぽを向くロビンにシュシュはぴくり、と眉を跳ね上げた。たいそうお怒りのご様子である。


「き、貴様……私にここまで気を遣わせておきながら……!」


 剣呑な目つきをギロリと向けると、眼鏡越しにロビンと目が合った。瞬間、両者の間で火花が散る――こともなく。


「……頼んではいないし、励まし方も正直下手くそだけれど。でもありがとう、シュメット」


 そう言ってロビンは笑った。

 笑った顔を見るのは初めてだ、とシュシュは驚きのあまり怒りも忘れた。


「いや、まぁ……気にするな」


 シュシュは無表情のままそわそわと髪の毛を触ったり、意味もなく制服を払ったりした。

 唐突なお礼の言葉に動揺したのだ、とシュシュは自分の中で結論づける。


「確かにシュメットの言う通りかもしれないな。僕にとっては、勉強すること自体がもう特別な『何か』になっていたのかもしれない。言われるまで気づかないなんて、僕はホントにダメだな」


 口振りとは裏腹にその表情はどこか吹っ切れたようで。

 そんなロビンの様子に安堵している自分に、シュシュはまた少し驚いた。


「自分のことなんて案外わからないものだろ、誰だって」


 なんでもないことのように嘯くシュシュ。

 ロビンは微かに笑って頷いた。


 それを合図にするかのように、シュシュは立ち上がる。寮に帰ろうと教室の扉に向かったところで、それは外側から勢い良く開け放たれた。


「――待たせたねっ!」


 そこにはドヤ顔のリジーが息を切らして立っていた。


「……今さら遅い。もう帰る」


 白けきった目で一瞥するとシュシュはリジーの脇をすり抜け教室を出て行こうとする。


「いやいや、ちょっと待って!」


 シュシュの首根っこを掴みながら、リジーはロビンに向き直る。


「ロビン、大事なのは結果じゃない。それに向かってした努力なんだよ!」


「うん、それはさっきシュメットに聞いた」


 ぽん、とリジーの肩を叩くと、足取りも軽くロビンは教室を去っていった。


「えぇ!?」


 驚きの声を上げるリジーにシュシュは哀れみの視線を送った。


「まぁ、なんか吹っ切れたっぽいから。良かったな」


「わたしがいないうちに解決してた!? そんなバカなっ!?」


 たっはー、と額に手を当てるリジー。


 開け放たれた教室の扉の外からは、夏のざわめきがかしましく漂ってきていた。

四話完結となります。


次回、五話『「愛している」とアップルパイ』


一話以来のシリアス寄りのお話になります。

が、現在執筆中ですのでしばらく更新はお休みします。


年内には書き上げ、年末〜年明けくらいには投稿したい(願望)と思いますのでよろしくお願いします。

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