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四話 探していた『何か』を(4)○

 *


 僕は昔から『何もない子』だった。

 周りの子のように『何か』に打ち込むことができなかったんだ。


 遊びやスポーツ、勉強や習い事、他の子たちが楽しそうに語るそれらを僕は何一つ好きになれなかった。


 別に積極的に嫌っていたわけじゃない。

 誘われれば遊びもしたし、勉強だって人並みにはやっていた。


 ただそこに楽しみもこだわりも見出せなかっただけなんだ。


 そんなふうに育った僕だから、幼い頃は『冷めた子』程度にしか思っていなかった両親も次第に心配するようになっていったらしい。


 一時期は休日の度に色々なところに連れて行ってもらったり、勧められるがままに習い事をしてみたりもした。


 それでも結局やりたいことも好きなことも僕は見つけることができなかった。僕としてはそれでも困らなかったのだけれど、僕のために色々としてくれる両親には申し訳なく思ったよ。


 どうして僕は他の子のように何かに夢中になったり、全力で頑張ったりできないんだろう、って。まぁ、思うだけで変わりはしなかったんだけれど。


 そんな僕に転機が訪れたのは、リトルアカデミーの四年生の頃のことだ。


 ある日のテストで僕はクラスで一番の点数を取った。それはまったくの偶然だったのだけれど、家に帰って何の気なしに親に話したらひどく喜んでくれたんだ。その上、毎日の努力が実ったのね、なんて、まるで僕が勉強に打ち込んでいたかのように言うんだよ。実際は毎日出される宿題だけは最低限やっていたくらいなのに。


 でも、不思議なことに僕は、あぁそうなのか、と思ったんだ。僕は頑張っていたのか、打ちこめていたのか、ってね。


 親が喜んでくれて、褒めてくれた。それだけだったけれど、それまで何も持っていなかった僕にとってはそれだけで十分だと思えたんだよ。こんな僕でも何かに打ち込めるんだって、勘違いしてしまうには。


 それ以来、僕は一番の成績を取り続けた。そうすれば周りの人は褒めてくれたし、そのことで僕は自分にも『何か』があるんだ、って思えたから。


 でもそれは結局僕自身から生まれたものじゃなくて、だから僕はずっと不安なんだ。容易く失ってしまいそうな『何か』に縋って生きるのは、とても覚束ないよ。


 *


「――だから、僕はキティさんに憧れたんだ」


 ロビンはそう締めくくると、反応を窺うような視線を二人に向けた。


「う――ん? わかるような、わからないような?」


 キティは言いにくそうに口をもごもごさせる。


「いや、全然意味わかんない」

「こらリジーっ、なんか真面目っぽい話だったんだから空気読みなさいよ! わかんなくても多少はわかったふりしなさい!」


 堂々と言い切ったリジーだが、言ったそばからキティに胸倉を掴まれガクガクと揺さぶられた。


「う、ちょっと遠回りし過ぎて伝わらなかったかな?」


 そんな二人の様子を見て、ロビンは少し居心地悪そうに視線を彷徨わせる。


「まったくだよっ、この方向音痴さんめ」

「リジー、今はそういう空気じゃないって言ってんでしょうがッ」

「いや、若干重くなった空気を和ませようかなと」

「……和んでるように見える?」

「……むしろ真逆?」


 ぺろり、と舌を出したリジーの頭頂部に鋭い手刀が振り下ろされた。


「えーと、つまり僕が言いたかったのは」


 ロビンは咳払いをして話を改める。


「僕は、一番の成績を取ることで誰かに認められて初めて自分を見つけることができる。でもそれは裏を返せば人の期待に応えられなければ自分を見失ってしまう、ってことだ。だから、『高貴なキャラ』という人の期待をはねのけてでも自分を貫くキティさんに、僕は憧れたんだ」


 そう言うロビンの真摯な視線にキティはたじろいだ。


「へ、へー……、なんというか、あれね。そんなふうに言われると、バカンスなんて浮かれてちょっと高貴キャラに寄せようとしてた自分が恥ずかしい……」


 キティは浅はかな自分を恥じた。


「そんなことないよ、キティ。自分に自信を持って」

「リジーはどの立ち位置で言ってんのよ!?」

「元キティ・ファンクラブの創始者?」

「今は関係ないでしょ!?」


 再び騒ぎ出す二人から、つい、と離れてロビンは肩越しに零した。


「でも僕はキティさんのようにはなれないから。だから、シュメットに勝って一番の成績を取らなければいけないんだ。そうしないと、僕にはまた何もなくなってしまうから」


 勉強しないと、とまるで自分に言い聞かせるように言いながら去っていくロビンの後ろ姿を見送りながら、リジーは小さく呟いた。


「……何もないことなんて、ないと思うけどなぁ」


 *


「――とまぁ、そんなことがあったわけだよ。って、シュシュ聞いてる?」


 考査前にも関わらず普段のように図書館塔で書物を繰るシュシュの後頭部に向かって、リジーは言葉を放った。


「んん、――あぁリジー、いたのか」

「話どころか存在にすら気づいてなかった!?」


 とっさに大きい声が出たリジーは小動物が警戒するように素早く首を巡らせた。しかし、周囲に天敵の司書の先生の影はなく安心する。


「だって、最近リジーはずっとロビンと一緒にいたからな。もうほとんど顔も忘れてたぞ」


 少しツンとした表情を浮かべ、シュシュはそう嘯く。いつもの憎まれ口と変わらないようにも思えたが、リジーにはそれが寂しさの裏返しであることがわかった。


「そっかぁ、ごめんねぇシュシュ、しばらく構ってあげてなくて」


 リジーは目尻を下げ、久しぶりに姪っ子に会った叔母さんのようにわしゃわしゃとシュシュの頭を撫で回した。


「やめろ、鬱陶しい……誰も構ってくれなんて言ってないだろ……」


 文句を言う割には満更でもなさそうに頭を撫でられるがままのシュシュであった。


「ねぇシュシュ。ロビンはなんで自分には何もない、だなんて思ってるんだろう」


 リジーは彼女のふわふわの猫っ毛を手で梳きながら、ぽつり、と零した。

 シュシュはされるがままに目を閉じながら、うっそりと言う。


「まぁ、わからなくもないけどな」

「え、シュシュもそんなふうに思ったことあるの?」


 リジーは驚いたように手を止めた。


「まぁ要するに思い込んでるんだろ。自分はそういう人間なんだって。私も覚えがある」

「そうなの?」

「そうなのだ。昔の私は思い込みの激しい子であった……」

「今は違うんだ? 何がきっかけで変わったの?」

 興味津々で覗き込んでくるリジーをちらりと見ると、シュシュはなぜだかちょっとだけ顔を赤らめた。

「――いや私の話はどうでもいいんだけどな」

「え、気になるんだけど」

「そんなことより、リジーは私にどうして欲しいんだ?」


 シュシュはふと真面目な顔つきになって問いかける。


 一瞬虚を突かれたようにリジーは息を呑んだが、すぐに表情を緩めた。


「わかっちゃった? わたしがシュシュに頼みごとをしようとしたの?」


 釣られたようにシュシュも頬を緩めた。


「わかるも何も、リジーは私に頼みごとしてばかりだろ」

「んふふ、きっとシュシュが頼もしいからだね」

「はぁ、しょうがないから乗せられてやるか。……で、何をすれば良いんだ?」


 ため息混じりにシュシュが尋ねると、リジーはあっけらかんと言い放った。


「ロビンとの中間考査の成績勝負、あれでロビンをぼっこぼこにして欲しいんだ!」

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