四話 探していた『何か』を(2)○
「ねぇロビン。ここわかんないんだけど」
「どこ……って、ここ一年の範囲じゃないか。なんでわからないんだよ?」
「いやいや、わたしは一年の範囲は絶賛補習中ですから!」
「そうだった……こいつはホールワース・リジーなんだった……。というか、威張るところじゃないだろ」
「つべこべ言わずにわたしに勉強教えてよぅ」
「はぁ、しょうがないな――って、違うだろおぉぉ!」
静かな図書館塔にロビンの叫びが響き渡った。ガタンと椅子を鳴らして立ち上がったロビンに、周囲から非難するような視線が突き刺さる。
「あ、すいませーん…………」
顔を赤くしてロビンは小さく椅子に座りなおした。
「図書館ではお静かに、だよ」
諭すように唇に指を添えるリジーに、ロビンは苛立ったように眉を吊り上げひそひそと抗議する。
「とにかくっ、なんでいつのまにか僕がホールワースに勉強を教えているんだ!? 僕はシュメットに勝つために自分の勉強に集中したいんだが!」
「落ち着きたまえ、少年。一見遠回りに思えることが最良の近道であったりするのだよ」
「それっぽいことを言っても騙されんぞ。僕は僕の勉強に集中する」
「いやいや、わたしたち仲間じゃん? それならより伸び代のあるわたしの点数を上げる方が効率が良いんだって」
「いや……なんだか話の流れでホールワースと組むことになってしまったけど、そもそも僕一人で勝たないと意味がないんだよ」
ロビンはノートに向かってペンを走らせる。その脇に山と積まれた教科書と参考書が彼の気合の入りようを物語っているようだった。
「ねぇロビン」
「うわっ、急に参考書の隙間から覗き込むな! ……なんだよ?」
「なんでそんなにシュシュに勝ちたいの?」
「――っ、それは」
リジーの何気ない問いかけに、言葉に詰まったようにロビンは俯いた。
「……? それは?」
「それは……、――お前には関係ないだろ、この落ちこぼれめ!」
「唐突に罵倒された!?」
それ以降ロビンはほとんど口を開くことなく勉強に専念していた。
けれどその横顔はどこか寂しそうに、リジーには思えて仕方なかった。
*
「ねぇロビーン。ここ教えてー」
「あのな……」
ズズズ、と差し出された教科書を押し戻しながらロビンはリジーを睨んだ。
「僕は僕の勉強に集中する、って言ったよな? なんで当たり前のように教わりにきてるんだよ?」
「いやわたしとロビンは仲間じゃん? ということは友達。友達は勉強を教えてくれるもんだよ」
独自の理論を展開するリジーにロビンは顔をしかめる。
「あーやだやだ。そうやって『友達』って言葉を押し付けて恩恵を受けようというその考え! なんなの、友達って? 寄生虫の一種?」
吐き捨てるようにロビンは言う。
「……友達に何か嫌な思い出でもあるの?」
「え? ありませんけど? というか友達なんていないし?」
「……そっか、ごめんね」
「え? 別に憐れみの視線も友達もいりませんけど?」
めんどくせっ、とリジーは思った。そんなんだから友達がいないのだ、とも。本人がそれで良いと言うのなら、と何も言わなかったが。
そしてしばらくペンがノートをひっかく音だけが漂う。
うんうんと唸りながら教科書とにらめっこをしていたリジーは、何かを閃いたようにぱっと顔を上げた。
「そうか、わかった!」
「なんだ、ちゃんと自分でも勉強できるんじゃないか」
ロビンも感心したようにちらりと顔を上げる。
「あ、勉強はわかんないままなんだけど」
「今まで教科書見ながら何してた!?」
ケロリとした顔で応えるリジーにロビンは愕然とした。
そんな彼の様子など意にも介さず、リジーは嬉々として続ける。
「ずばり、ロビンはシュシュと友達になりたいんでしょ! だからちょっかいかけてるんだ」
「はぁっ!? だ、誰があんないけ好かない奴と!」
「動揺してる」
「こ、これはお前のあまりのバカさ加減に動揺しているんだ!」
「そんなこと言って……――あれ、またわたし罵倒されてない?」
「気のせいだろ」
そう言って勉強に戻ろうとするロビン。
「えー、じゃあなんでシュシュに突っかかるの?」
なおも食い下がるリジー。が、
「無視か……」
あろうことかロビンはポケットから耳栓を取り出して装着した。
「なんでこの話になると黙るんですかー?」
リジーは両手をメガホンの形にして耳栓越しにロビンを口撃した。
「…………」
ロビンは顔を少ししかめただけで勉強を続行する。
「ねぇ聞いてよ」
無視されたリジーは耳栓を奪うという力技に出た。
「うるさいんだよ! 僕は勉強してるの!」
すかさず耳栓を奪い返すロビン。
「ちょっとくらい良いでしょー」
「――あなたたち、ここがどこだかわかっているのかしら?」
耳栓を巡ってヒートアップしていた二人の頭上にぬっ、と影が落ちた。
「げっ、司書の……」
「と、図書館でーす……」
頬をひきつらせるロビンの横で、わざとらしく微笑んでリジーは答える。
笑顔で二人を見下ろす司書の先生としばし見つめ合った。
「そうね、図書館ね。図書館は大声でおしゃべりするところかしら?」
「ち、違いまーす……」
「僕は勉強してただけです」
「あー裏切り者ー!」
「うるさい! 元はと言えばお前が騒ぐから!」
「ロビンが素直に教えてくれないからー!」
「――どっちも、うるさいっ!」
司書の先生の一喝とともに、二人は首根っこを掴まれ図書館から叩き出された。
「……何してんだ、あいつら」
その光景を上階から見下ろしていたシュシュは呆れたように息を吐くと、試験勉強――もとい、趣味の読書に没頭した。




