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四話 探していた『何か』を(1)○

 

「待てええぇい、シシュリー・シュメット!」

「……む?」


 アカデミーの廊下に騒々しい声が響き渡り、リジーと歩いていたシュシュは気怠そうに振り返る。


 そこで大声でシュシュの名前を呼ばわっていたのは、丸縁の大きな眼鏡をかけた男子生徒だった。


「くそっ、どこに行った? 待てというのにっ」

「なんだ、何か用か?」

「――ん、声は聞こえるのに姿が見えないだと? どこだ、どこにいる、シュメット!」


 男子生徒はシュシュの頭上の虚空にきょろきょろと視線を彷徨わせ喚いた。


「下だ」


 ガスッ、と幾分不機嫌な声とともにシュシュは男子生徒の脛に蹴りを見舞った。


「痛ったぁ!? ……っ、はは、そんなとこにいたとはな……、小さ過ぎて見えなかったよ……」

「小さい言うな」


 ガッ!


 男子生徒の脛が再び悲鳴を上げる。


「だから痛っ! 脛は痛いだろ!?」

「痛いだけじゃない。一日一センチ身長が縮んでいく魔法を込めた一撃だ。貴様は推定百六十日後には消えてなくなるだろう」


 シュシュはあどけない顔に似合わない邪悪な笑みを浮かべた。それを見た男子生徒は縮み上がる。


「んなぁ!? お前、自分が小さいからってなんて恐ろしい魔法を! 今すぐ解けぇぇ!」

「うるさい。小さいと言うな。そしてジョークに決まってるだろ」

「なんだ、良かった! ……ま、まぁ、僕は絶賛成長期だからそんな魔法なんか上回るほどのスピードで身長を伸ばせるけどな!」

「そうか。そのままバカみたいに伸び続けてどこかに頭をぶつけて死んでしまえ。じゃあな」

「口悪いな!? って、そうじゃない、待て!」

「まだ何かあるのか?」


 捨てゼリフを吐いて去ろうとしていたシュシュは呼び止められて露骨に嫌そうな顔をする。


「まだ、というか、蹴られた上に悪態をつかれただけなんだが? 何も用は済んでないぞ?」

「私はお前に用などない」

「僕があるんだよ!」

「というか、お前誰だ?」

「えええぇぇぇ!? これだけ話しといて知らなかったのか!? ……いや、知らないわけないだろ!」


 耳を塞ぎながらシュシュは首をひねると、思い出したように手を打った。


「あぁ、ジョンか。大きくなったな」

「ジョンて誰だよっ! ロビンだ!」

「ロビン…………あぁ、あれか。ミシンの糸を巻く部品の」

「それはボビンだ!」

「はっ、今度こそわかったぞ。向かい合う人の顔に見えたり、壺に見えたりするという――」

「それはルビンだ!」

「起き上がるのが困難な人などが排尿に用いる?」

「それはシビン――って、遊んでるだろ!?」

「まさか。……あ、思い出したぞ。一年の時ずっと試験の成績で二位だった――」

「それはッ――、……あぁ、うん。そう、そのロビンだよ……」


 ロビンと名乗った男子生徒は疲れたように肩を落とした。


「シュシュ、あんまりいじめちゃ可哀想だよ」


 リジーにたしなめられ、シュシュは肩を竦める。


「こいつがさっさと用件を言わないのが悪い」

「――そうだ用件だ! シュメット、僕と今度の中間考査の成績で勝負しろ!」


 元気を取り戻したロビンは人差し指をシュシュに突きつけ宣戦布告した。シュシュは眉間にしわを寄せると、


「人を指差すんじゃない」


 ベシッ、とその指をはたく。


「ふっ、なんだ臆したのか、シュメット?」


 不敵に笑うロビン。その言葉にシュシュの眉がぴくり、と不穏な形に動く。


「……せっかく私が聞かなかったことにしてやろうと思ったのに。ロビン、一年の時お前いつも私に負けていただろう。今回もそうなるのは火を見るよりも明らかじゃないか?」

「うぐ!? た、確かに一年の時はそうだった……気がしないでもないが」


 意地悪く唇の端を歪めるシュシュに、ロビンはあからさまに目を泳がせた。それは見事なバタフライであった。


「だ、だがしかし! 僕が今までの僕と同じだと思うなよ! 今度こそお前に勝って学年一位をこの手にしてみせる」

「無理無理。例えお前の点数にリジーの点数を上乗せしたところで私には敵わないだろうな」

「なんでわたしに流れ弾が!?」


 言い合う二人の横でぼんやりしていたリジーは突然名前を出され動揺した。


「そうだ! 落ちこぼれのホールワースの点数なんてむしろマイナスだ!」

「落ちこぼれだって試験の点数は正の数だよ!?」


 リジーの抗議は当たり前のごとく黙殺された。


「つべこべ言わずに僕と勝負しろ、シュメットぉぉ!」

「ええい、もうすぐ夏だというのに暑苦しい……」

「むぐぐ……、その勝負待ったぁぁぁ!」


 掴み合わんばかりに言い争う二人の間に、リジーは大声を上げながらダイブした。


「なんだ突然突進してきて……野生のイノシシか」

「もぉぉ! シュシュはそうやっていっつもわたしのことバカにして!」

「きゅ、急にどうした?」


 突然怒りを爆発させたリジーに、シュシュは当惑を隠せなかった。表情こそあまり変わらないものの、寝癖のついた金髪がオロオロと小さく揺れる。


「もぉ怒ったから……勝負だよ、シュシュ!」

「へっ、なんで? それ流行ってるのか?」

「お、おいっ、先に勝負を挑んだのは僕だぞ!」


 慌てたようにロビンも口を挟む。

 リジーは一瞬考えるように黙り込んだが、次の瞬間にはその目が光る。

 また面倒なことになりそうだぞ、とシュシュは思った。


「それじゃあこうしよう! わたしとロビンのペア、そしてシュシュで試験の全科目の合計点で競う! どう?」

「どうもこうも、お前は関係ないだろう、ホールワース!」


 得意げに言い放ったリジーにロビンは抗議する。

 しかし、リジーは彼の言葉を否定するように人差し指を左右に振った。


「関係ならあるよ……。なぜならわたしもシュシュには散々コケにされてきたから! 今こそ見返してやる時!」

「はっ……、そうか、そういうことなら言わば僕たちは同士というわけか……」

「その通りだよ、ロビン! 力を合わせてシュシュに目にもの見せてくれようぞ!」

「よしきたホールワース! そうと決まれば首を洗って待っていろよシュメットぉ!」


 突如同盟を結んだ二人は高笑いを響かせながら廊下を走っていった。

 一人取り残されたシュシュはぽつり、と呟く。


「面倒くさ」

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