三話 ドロップキック・プリンセス(6)○
やっとわかったのだ。
キティにそれを気づかせるために、リジーとシュシュはこんなことを仕組んだんだと。
転がったマイクを拾い上げ、キティは皆に向き直る。皆も固唾を飲んで成り行きを見守っている。
キティは一つ、大きく深呼吸した。
「わたしはっ、キャスリン・アンブランシュ! ド田舎の小さな村の中のそのまた小さな小汚い雑貨屋の娘です! 全然、高貴でも、お姫様みたいでも……なくて」
言い淀んだキティの目に、遠くからこちらを見るシュシュの姿が映った。
知ってるよ、とその口が動いたように見えた。
いつもは不遜なその顔に優しさのようなものが滲む。それに励まされるように、再びキティは口を開いた。
「そんな自分が嫌で、似合わないキャラを作って……それでも、それが受け入れられても、どこか寂しくて……。今日、みんなの言葉を聞いてやっと気づきました。みんなの思っているキティと、本当のわたしは違う。わたしは、その本当のわたしを見てほしいんだ、って! それはきっと、みんなの好きなキティではないけれど、わたしはもう自分を取り繕ったりしたくない!」
キィィン、と語尾が耳に痛いほど響いた。
どくどくと激しく打つ鼓動に胸を押さえ、キティは講堂を見渡す。皆、呆気にとられたように佇んでいて、なんだかキティはおかしさが込み上げてくるのを抑えられなかった。
「だから、ファンクラブは今日を限りに解散してください。今までのキティと決別するために」
その言葉に今日一番のどよめきが走る。それは講堂が揺れたのかと錯覚するほどの衝撃であつた。
「ではっ、解散!」
大音声とともに、いつのまにか起き上がっていたリジーは創始者の証のゴールドカードをビリビリに破って宙に放った。
それをきっかけに、あちこちから非難の声や嘆きのブルースが溢れ出す。しかし、
「――文句がある奴は順番に並びなさい! 一人ずつドロップキックしてやるから」
凄みのある笑顔を湛えたキティのセリフでぴたりと静まった。
そうして、アカデミーのお姫様であった少女は、ただの――粗野で粗忽で華麗なドロップキックを得意とする――キティに戻ったのであった。
そして『キャスリン・アンブランシュをとにかく愛で隊』は名実ともに解体され、キティは新たな学園生活をスタートさせたのです。
*
「ご、ご機嫌よう、キティさん」
「なぁに堅苦しい挨拶してるのよっ。おはよ!」
「おはよう、キティさん!」
「おっはよーう! というか、さん付けじゃなくていいってば!」
朝日がアーチ窓から注ぐ教室の中でもとりわけ眩しく笑いながら、キティは級友と挨拶を交わしていた。
「なぁリジー」
「どしたの、シュシュ?」
教室の隅っこではシュシュが理解に苦しむ、といったふうに首を傾げてリジーに問いかける。
「なんか、あいつ前より人気になってないか?」
「ふふーん、みんなやっとキティの魅力に気づいたんだねぇ」
「なんでお前が得意げなんだよ……」
鼻持ちならない顔をしているリジーの鼻っ柱を分厚い書物でひっぱたくと、シュシュはふ、と目を細めた。
「ま、ああやってバカっぽく騒いでいる方があいつらしいな」
うんうん、と横でリジーも満足げに頷く。
そうして、二人は向日葵のようなキティの笑顔を優しく見守っていた。
が、穏やかな朝の教室の空気を乱すような足音が響き扉が激しく開いた。
「うげぇっ!?」
きらきらとした笑顔を即座に引っ込めると、キティは育ちの悪そうな声を上げる。
「あんたら、こんな朝早くから教室にまで押しかけてこないでよねっ!」
どやどやと教室に押し寄せてきた集団は、ドスを効かせたキティの文句にもめげた様子もなく、がばっと一斉に頭を下げた。
「すいません! 罰としてドロップキックを受けますので許してください!」
「いや、しないわ! あんたらはなんでいつもドロップキックをくらいたがるのよ!?」
「あの日見たキティさんのドロップキックが忘れられなくて! 我ら『キティ様に蹴られ隊』に、どうか一度でいいからドロップキックしてください!」
「嫌よ! というかファンクラブは解散したのに、なんでそんな気持ち悪い団体ができあがってるのよ!?」
「常時拡大中で、現在会員は百五十名を超えたところです」
「前より多くなってる!?」
騒々しく喚くキティを遠目に見ながら、シュシュとリジーは顔を見合わせて笑った。
「良かったな、本当のキティを好きになってくれる奴らがいて」
他人事のように嘯くシュシュに応えるように、キティは悲鳴混じりに叫んだ。
「こんなの、本当の愛じゃなーーーーいッ!」
三話完結となります。
次回は(番外編を挟んで)リジーのもう一人の親友で学年一の天才シュシュと、そんなシュシュに対抗心を燃やすロビンのお話です。




