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三話 ドロップキック・プリンセス(5)○

 

 気づけば講堂のアーチ窓から射す陽は薄っすらと朱に染まり、それにつれてキティの心も陽が翳るようにどんよりとしていった。


「えー、それではだいたい全員済んだので、審査員のシュシュから集計結果を発表してもらいたいと思いまーす!」


 終始ハイテンションであった司会進行のリジーに促され、シュシュは手許のメモ用紙を読み上げた。


「はい、現場のシュシュです。ファンクラブ会員百五名の『キティのどこが好き』という問いへの回答の集計が終わりました。結果は、『顔』が五割、『体』一割、そして『妄想の中のキティ』が四割、です。以上」


 簡潔に述べると、シュシュはてこてこと壇上を降りていく。その後ろ姿を見送りながら、キティは誰にも気づかれないようにそっとため息を吐いた。


(これだけたくさんの人がわたしを好きだ、と言う。でも、その中の一人だって、わたしの内面的な部分が好きだと言ってくれる人はいないのね。はぁ……、所詮わたしなんて、顔が超絶可愛くてスタイルも上の中くらいには良くて百人規模のファンクラブが勝手にできあがってしまうくらいの、ただその程度のつまらない女なのね……)


 そんなことを胸中で零していたキティの目の前に、ずい、とマイクが差し出された。


「じゃあ、最後に本日の主役、キティから何か一言!」


 ぼんやり立ち竦むキティに期待の視線が集まる。

 それはきっと、それぞれが抱くキティという少女の幻想への期待だ。

 誰も本当のキティがどんな人間なのか、そんなことは気にしない。知ろうとしない。


(だからなのかな。だからわたしは、本当の愛だなんて、そんなふわふわと形の定まらないものを欲しがっていたのかな)


 口を閉ざして俯くキティに、講堂の中をざわめきが広がっていく。

 その気まずさに、仕方なくキティが口を開こうとした時だった。


 リジーが目で笑ってキティを制した。

 ゆらゆらと不安定なキティの心を見透かしたような眼差しに、どきりとする。


「んー、キティから一言もらおうと思いましたが、やめました! 代わりにわたくし不肖リジーが一言と言わずお話させて頂きます!」


 リジーがそう宣言するとファンクラブの面々から非難の声が湧き上がった。


「皆さん静粛にっ。皆さんの不満はわかります。ですが、わたしにはここでお話をする権利があります」


 おもむろにリジーは懐から何かを取り出し宙に掲げた。それは金色に光るカードのようなもので、キティには何がなんだかさっぱりであったが、講堂を埋め尽くすファンクラブ会員たちは皆一斉にどよめいた。

 誰ともなく呟く。


「あ、あれはっ、噂には聞くものの誰も見たことがないという伝説のゴールドカード!  一説によると、そのカードにはキティ・ファンクラブ創始者の証であるゼロ番が刻まれているという……!」

「そのとおーりっ! 控えろっ、シルバーカード持ちの一般会員どもよ!」


 唐突に居丈高になったリジーを、キティはぽかんとした面持ちで見つめた。


(いやいやいやっ、え? どういうこと?)


「えー、というわけで。キティ・ファンクラブの創始者であるところのわたくしリジーから一言」


 すぅ、とリジーは深呼吸し、


「全員、不採用――ッ!」


 一喝した。


(いや、まだ面接続いてたんかい!)


 混乱しながらもサイレンスツッコミは欠かさないキティだった。


「あんたらそれでもキティ・ファンクラブの一員ですかっ? 誰一人キティのこと見えちゃいないよ!」


 リジーのその言葉は、ずどん、と一瞬息が止まるほどキティの胸を打った。

 それはキティが言いたくて、でも言えなかったことだ。


「わたしが見てるキティは、少しでも可愛くなるために乳液パックと小顔ローラーと口角を上げるストレッチを同時にやろうとして毎晩気持ち悪いピエロみたいになってたりするよ。正直すごくブサイクだけど、でも、そんなに滑稽になるまで頑張るキティのことを可愛いと思う!」


「ちょ……、え、リジー……?」


「スタイルを維持するために紅茶に砂糖入れないでお菓子もヘルシーなやつをわざわざ手作りしたりするし、使った食器をすぐ洗わないと汚れが残るからって怒ったりする、すごく家庭的で口うるさいところもある。そのくせ、人前では高貴なイメージを崩さないように全然似合ってないお淑やかな仕草を研究してたり、そういう変なところで真面目なのもいじらしくて可愛いし!」


「ねえ、ちょっ、やめ……!」


「見た目はお姫様みたいに可愛らしいくせに、本当は粗野で粗忽で口が悪くてすぐに手と足が出る手のつけられない乱暴者なところも一周回って逆にあり――」

「やめんかあぁぁぁぁ!」


 叫び声とともに飛び上がったキティの両足が、中空で綺麗にリジーに命中した。


「あれが生粋のドロップキッカーのドロップキックか……」


 講堂の後ろから事の成り行きを見守っていたシュシュは感心したように頷いた。


 芝居のワンシーンのように倒れ伏すリジーの傍らを、どんがらごろとマイクがハウリングしながら転がる。

 これまでとは異なるざわめきが会場をさざ波のように伝っていった。


(やっば……)


 キティは赤面した。なにしろ公衆の面前で華麗なドロップキックを披露してしまったのだ。高貴なキャラなどリジーのあばらもろとも粉々に粉砕してしまったに違いなかった。


「うっ……、キティ……」

「リジー! 無理にしゃべらないで。わたしのドロップキックをくらったのよ? 間違いなくあばらの二、三本は――」

「だ、いじょうぶ……折れてはいない……とっさに後ろに跳んで、衝撃を軽くしたから……」

「バトルモノにありがちなやつじゃない!?」


 軽妙にツッコんでしまってからはっとする。

 こんな打てば響くようなツッコミなど、高貴なキャラには相応しくない。

 どんどん崩れていく。これまで必死に守ってきたキティという少女像が。


 堪らず俯いたキティに、床に横たわったままのリジーが淡く微笑みかけた。


「いいんだよ、キティ……。わたしは知ってるから。あなたはキャラなんか作らなくたって、そのままで十分――いいえ、十二分に素敵な女の子なんだ、って……」

「リジー……!」


 リジーは言い終えると満足そうな表情で、す、と安らかに瞼を下ろした。


 ご臨終か! というツッコミは胸にしまってキティは顔を上げる。

 そんなことよりも、今は言うべきことがあるから。


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