三話 ドロップキック・プリンセス(4)○
翌週の放課後。
校舎内を歩いていたキティは突然誘拐された。
何もわからぬまま連れてこられた講堂の教壇の上で、キティは誘拐犯――ぺろり、と舌を出したリジーを睨みつける。
「リジー、これどういうことよ?」
怒気を孕んだ囁き声に、リジーもひそひそと応える。
「まあまあ、キティはそこでのんびりしてるだけでいいから」
「で、できるわけないでしょっ! こんな見世物みたいにされて!」
彼女は今、人で溢れかえる講堂の一番目立つ場所になんの予告もなしに立たされていた。怒るのも無理ないことであった。
「キティ様だ……」
「本物だ」
「尊い」
ざわざわとさざめく人波にキティは顔を引きつらせる。
「……リジー、この人たちは何?」
「よくぞ聞いてくれました、彼らは『キャスリン・アンブランシュをとにかく愛で隊』、通称キティ・ファンクラブの皆さんです!」
リジーは得意満面、会心の笑みを浮かべ親指を立てた。
「ふぇっ……、話には聞いたことあったけど、こんなにたくさんいるの?」
キティは恐々と首を竦めながら辺りを見回した。
彼女の視線が向いたところがざわざわと興奮したようにかしましくなる。
「そうだよぅ。この場にいる人は、みぃんなキティのことが好きなんだよ!」
「みんな、わたしのことが……?」
キティの目に戸惑いと期待の色がない混ぜになって浮かんだ。
「さあ! それでは始めましょう! 本日のイベントの司会進行はわたくし、不肖リジー・ホールワースが務めさせて頂きます――ッ!」
「急になんなの!?」
突然リジーがどこからか取り出したマイクで高らかと宣言をすると、講堂に集まったキティ・ファンクラブの面々は一斉に沸き立った。
「えー、本日皆さんにお集まり頂いたのは他でもありません! キティ・ファンクラブの会員である皆さんのキティへの想いの丈をっ、キティ本人に一人ずつ存分にぶちまけてもらおう、という企画であります!」
いえぇぇぇい! と歓声が上がり、講堂とキティの鼓膜がビリビリと震えた。
「――ってか、なんなのその企画!? わたし全然知らないんだけど!?」
明らかにこの場の雰囲気に怯えた様子のキティは、リジーの制服の袖を破れんばかりに引っ張る。
リジーはにやり、とすると勿体をつけるように人差し指を左右に振った。
「サプライズだよぅ」
そのわざとらしい仕草にキティは無性に腹が立った。
(こんの、バカリジーは何考えてんのよ!? 一人ずつわたしの好きなところを言っていく企画とか、なんのイジメよ!?)
「それでは本日の主役、キティから一言頂きたいと思います!」
リジーの言葉に一段と大きな歓声が轟く。
そんな会場の熱気と、マイクを口許にグイグイ押し付けてくるリジーに気圧されるように、キティは壇上で後ずさる。
「うふぇっ、えーっと、その…………、ご機嫌よう?」
キティのテンパり具合と会場のボルテージは最高潮に達しようとしていた。
*
「それでは会員番号一番の方から、一人ずつ壇上に上がってきてください!」
もうなるようになれ、と思考を放棄しぎこちない笑みを顔面に貼り付けたキティの前に、ファンクラブの会員がやってくる。
「はい、では始めたいと思います。審査員を担当するのはシュシュこと、シシュリー・シュメットさんです!」
(なんの審査よ!? ってか、あんたもいたの!)
拍手で迎えられて壇上にとことこと上ってきたシュシュに、キティは胸の内で噛みつく。
「えー、では一番の方。あなたが当ファンクラブに入会した動機はなんですか?」
おざなりに用意されていた机に座ると、シュシュは鋭い視線でファンクラブ会員に問いかけた。
「はい、自分は一目見た時からキティさんのことが好きになってしまい、入会を決意しました」
「具体的にどのような点が好きなのか、簡潔に教えて頂けますか?」
「え、えーと、清楚可憐な白百合のような笑顔です!」
(面接か!)
キティは清楚可憐な(見える人にはそう見える)笑顔を崩さず、心の中でだけツッコむ。
「はい、面接は以上となります。お疲れ様でした」
(早っ。というか、もう面接って言ってるじゃない! なんなのこのぐだぐだな企画は!?)
「では、フィードバックをさせて頂きます」
(意識高い系か!)
キティの荒ぶる内心など知るよしもないシュシュは真面目くさった顔で続けた。
「えー、会員番号一番さんは……『ぶっちゃけ顔目当て』です」
簡潔かつ辛辣なそのフィードバックは会員とキティ、両者の胸にぶすりと突き刺さった。
「はい、では次の方ー」
呑気なリジーの進行によって、ファンクラブ会員の面々が入れ替わり立ち替わりキティの目の前に現れる。
「具体的にキティのどこに惹かれましたか?」
「えっと、顔が可愛いところと、あと、とにかく可愛いところです!」
(具体的に答えなさいよ! ホントに好きなの!?)
「えー、『語彙が貧弱かつ顔しか見てない』はい、次」
「はいっ、私はキティさんの慎ましやかな胸、ほっそりとした腰、優雅な脚線美に惹かれました」
(体しか見てない! 最低! あと胸はそこそこあるわっ!)
「……はい、これは『ほぼセクハラ』ですね。次ー」
「いつも淑やかに微笑んでいる彼女がふとした瞬間に見せる憂いを帯びた横顔、誰にも言えない悩みをその小さな胸に秘めているような、そんな健気な彼女が好きです」
(誰よそれえぇぇぇ? たまーにお腹空いてるのを我慢してる時にアンニュイになるかもだけど……、ていうかまた胸が小さいって言われたんだけど!?)
「うん、『そんな彼女はお前の妄想』です」
(なんなの、さっきから! わたしのことをちゃんと好きな人はいないの!?)
キティの叫びはその小さな胸の中でだけ木霊した。




