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三話 ドロップキック・プリンセス(3)○

 

「……二人とも、助かったわ。もう少しで高貴なはずのわたしの口から、粗野な村娘の本性が飛び出すところだった……あとシュシュ、誰のおつむが腐ったミカンですって?」

「いやそこまで悪しざまには言ってないぞ……」


 リジーとシュシュの手によって医務室に担ぎ込まれたキティは、ぐったりとまっさらなシーツのベッドに身を埋めた。


「というか、なんで高貴なキャラを演じてるんだ?」

「いえね、入学早々に『キティさんってお姫様みたいね』って言われたから嬉しくなっちゃって、『あら、滲み出ちゃってるかしら? 高貴なオーラが?』みたいな返しをしてたらいつのまにかどこぞの貴族の令嬢であるとの噂が拡散されてしまったのよ……」

「お前の実家、村の雑貨屋だろう……。なんでそんなしょうもない嘘をつくんだ」

「女の子は誰だってお姫様なのよ」

「ふーん」


 シュシュはまるで興味がなさそうにベッドに腰掛ける。

 しばしの間沈黙が降りると、キティは耐えきれなくなったように両手で顔を覆ってさめざめと泣きだした。


「だって、現実は残酷過ぎるじゃないっ! どんなにお姫様に憧れたって、わたしの実家は小汚い雑貨屋よっ。お姫様みたいに可愛くなりたくて初めてお化粧をした日は親父に殴られたわっ! もちろんやられっぱなしは癪だからドロップキックをかましてやったけど!」

「……え、ごめん、壮絶過ぎて話についていけないんだが。お前の家に話し合いという文化はないのか?」

「あるわよ! もちろん徹底的に話し合ったわ! こいつでね」


 キティはグッ、と拳を握る。その顔にはお姫様というよりも歴戦の猛者の精悍さが宿っていた。


「うわぁ、キティ漢らしいねぇ」

「漢じゃないわ、お姫様よ!」

「むしろ対局の存在じゃないか」

「うん、さすがにさっきの話はわたしもちょっと引いたよ……」

「リジーまで……!? というか、なんで二人とも距離を取ってるのよ」


 キティはジリジリとベッドから離れていくリジーとシュシュを睨め付けた。


「ドロップキックの射程から逃れようと思って」

「しないわよ!」


 手負いの獣のように唸るキティが不憫になったので、二人は彼女の側に戻ってあげた。


「まあ、これでキティが顔目当てでしか告白されない理由がわかったな」


 慰めるようにキティの肩をぽんぽんとしながらシュシュは言う。


「そのうっすいキャラ設定をもっと作り込むか、いっそ脱ぎ捨てない限り内面を好きになってくれる奴なんて現れないだろ」

「うぐぅ…………、でもどうすればお姫様らしくなれるのか、わからないのよ……。だってわたしは生粋のドロップキッカーに生まれついてしまったのだもの……っ!」

「なんだよドロップキッカーって……そんな肩書き持ってるのお前だけだよ」


 悲劇のヒロインのように肩を震わせるキティは、今この瞬間においてはお姫様のように見えなくもなかった。


 哀れな彼女を見かねたのか、リジーはキティの肩をそっと抱き寄せる。


「キティ、泣かないで?」


 優しく労わるような声にキティが顔を上げると、そこにはリジーの笑顔があった。


「わたしはありのままのキティが好きだよ? だから、無理して高貴なお姫様を演じる必要なんてない」

「リジー……」


 リジーに肩を抱かれたまま、キティは瞳をうるうるさせると、


「――ありのままのわたしなんて嫌いよっ! こんな村育ちの粗野なドロップキッカーを好きになるのなんてリジーみたいな変人くらいよぉおお!」


 悲しげに咆哮した。それはもう立派な漢泣きであった。


「へん、じん……」


 慰めたのになぜか罵られたリジーもまた、ちょっぴり泣いていた。


 *


「ねえシュシュ――」

「断る」

「わたしまだ何も言ってないよ!?」


 放課後の図書館塔、読書に没頭しようとするシュシュの傍らをうろうろと彷徨うリジーに、シュシュは迷惑そうな顔を向けた。


「どうせキティのことだろ。放っておけ、あんな粗野な村娘など」

「ちょっと、シュシュ! いくらキティが粗野で粗忽ですぐに手と足が出る乱暴者だからって、そんな言い方ないでしょ!」

「お前、そんなふうに思っていたのか……」


 シュシュはしみじみとリジーを見つめた。


「あのね、キティはきっと素のままの自分に自信が持てないんだと思うの。だから似合わない高貴なキャラなんて演じてるんだよ」


 リジーはシュシュの言葉など聞こえなかったかのように話を続ける。


「似合わないと思ってるんだな」

「――だから、キティに自信を持ってもらうんだよ」


 またもリジーは華麗にシュシュを黙殺した。


「どうやって?」


 勢い込んで言うリジーを、シュシュは興味なさそうに半目で見遣る。


「それは、我に秘策あり、だよっ」


 リジーは得意げな顔で言い放つ。その顔は悪戯を企てる子どものようにきらきらしていた。


 シュシュはぱらり、と読み止しの本を捲る。

 面倒くさいな、というのが正直な彼女の気持ちであった。


「……それ、私も手伝わないとダメか?」

「君がいなきゃ始まらない!」


 リジーの楽しげなノリも鬱陶しいな、とシュシュはため息を吐いた。

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