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三話 ドロップキック・プリンセス(1)○

「ねえ、本当の愛って、何かしら?」

 

 アンニュイな表情で、キティはそんな言葉をため息とともに吐き出した。その指先は、艶々になるまで手入れされた栗色の髪の毛を弄んでいる。

 

 寮の自室でお茶を飲んでいたリジーは「ぶふぁおッ」と盛大に吹き出した。


「汚いわね」

 

 迷惑そうに顔をしかめながら、キティは可愛らしい猫足テーブルの上をいそいそと拭く。


「あぅ、ごめん……じゃなくて。どうしたの、急に?」

 

 リジーは、クローゼットを開けたら爆発寸前の爆弾を見つけたような顔をする。


「ちょっと思うところがあるのよ……」

 

 キティが再びのアンニュイに沈んだ瞬間、部屋の扉が無造作に開けられた。

 ふわふわの金髪に猫っ毛のような寝癖をつけた小柄な少女が扉の陰から現れる。


「あ、シュシュ! 丁度良かった!」

「あぁ、ちょっと喉が渇いたからお茶を出してもらいに――ん、丁度良かった?」


 ずかずかと部屋に上がり込んで不遜なことを言いかけたシュシュは、リジーの言葉に不審げな視線を向ける。


「そうね。ちびっ子、あんたにも聞きたいわ」

「……むぅ、面倒な話なら遠慮したいんだが」

 

 入室早々詰め寄られたシュシュは、あどけない顔に面倒くさそうな色を浮かべた。


「そんなんじゃないわよ」

 

 可愛らしい笑みを浮かべるキティ。


「ただちょっと本当の愛について語りたいだけ」

「よし、帰る」

「いやいや、ゆっくりしていきなさいよ」


 くるりと踵を返したシュシュの制服の首根っこを掴んで、キティは猫撫で声を出した。


「断る。そんなスポンジケーキよりもスカスカな話題に付き合うなんて時間の無駄だ」

「あら、そう。残念ねー。今からファーストフラッシュの紅茶を淹れようと思ったのにー」

「――っ。まぁ、話だけなら聞いてやってもいいぞ」


 あからさまに良い茶葉に釣られたシュシュはいそいそと椅子に座る。


「そうこなくちゃ。そしたら特別にスコーンもご馳走してあげるわ」

「それは断る。どうせおからスコーンだろ」


 シュシュはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 その鼻先に手作り感満載のスコーンが大皿で差し出される。


「何よ、ヘルシーで体にいいんだから食べなさいよ」

「お菓子にヘルシーさなんて求めてないんだよ。お菓子は甘ったるくあれ、だ」

「あんたはまたそんなこと言って。運動もしないで甘いものばっかり食べてたらすぐぶくぶくになるんだからね?」

「うるさいぞ、おかん」

「わたしはまだぴちぴちのティーンエイジャーですぅ!」


 その後五分ほどキティとシュシュの小競り合いは続いた。


 *


「で、キティはどうして本当の愛なんて言い出したの?」


 キティが淹れた紅茶の立てる湯気を無心にふぅふぅしているシュシュを横目に、リジーは改めて問いかけた。


「わたし思うんだけど! 『顔が好き』って、本当の愛とは言えないんじゃないかしらっ?」

「うえぇ、なんか圧が強いよ……」


 テーブル越しに身を乗り出すキティにリジーは気圧されたように椅子をちょっと引いた。

 傍らでは、シュシュがようやく飲める温度にまで冷ました紅茶を幸せそうに飲んでいる。


「ねえリジー、どう思う? もし、リジーの顔が好きだから付き合って、って言われたら嬉しい!?」

「ええぇぇぇ……そんなこと聞かれても、わたし告白とかされたことないし……」


 鬼気迫る表情のキティにリジーは目を白黒させた。

 ぷはぁ、と満足げに小さな吐息を漏らしたシュシュは、ことり、とティーカップを置く。そして、ちらりと二人の様子を窺うとぼそりと呟いた。


「なんだ、また顔目当てで告白されたのか」

「うっ……」

「ええっ、キティまた告白されたの? それでそれで? 返事はっ?」

 

 今度はリジーが嬉々としてキティに詰め寄った。


「ええっと、それは、まあ」

 

 煮え切らないふうに身をよじらせた挙げ句、


「……お断りしたけど」


 ぶすっ、と頬を膨らませてキティは答えた。


「なんで?」

「だって、『わたしのどこが好きなの?』って訊いたら、『顔』って、言われたんだよ? 他にっ! 他にあるでしょ!? もっと内面的な部分が!」

「面倒くさい奴だな……」

 

 優雅にティーカップを傾けながらシュシュが嘯くと、ぐるり、と剣呑な表情を浮かべたキティの顔が向き直る。


「確かに、わたしの顔は可愛いわよ! アカデミーでもトップクラスでしょうね! でもそれが全てみたいに言われるのはムカつくのよ!」

「おいリジー。こいつは結局遠回しに自慢したいだけじゃないか?」

「まあもうちょっと聞いてみようよ、ね?」


 冷めた目をしているシュシュをリジーは取りなした。

 キティは本当の愛について熱弁を振るい続ける。


「顔が好き、というそれ自体はいいのよ。重要な要素だと思うわ。でも、それは入り口に過ぎないでしょ? 顔が好き、から始まって、それ以外の良いところにどんどん気づいていくんじゃないの? それなのに告白の理由が顔が好きだから、なんて、そんなの怠慢じゃない! お化け屋敷をちょろっとだけ覗いて『あー怖かった』なんて言ってるようなもんよ! そんなの絶対わたしは認めないから!」

「そうだな。お化け屋敷はちゃんと入らないとな」

「誰がお化け屋敷の話をしてるのよ!?」

「お前だろ……」


 気のない相槌に噛みつくキティを鬱陶しそうにシュシュは押しやった。


「だいたい、その『顔が好き』が怠慢ではなく精査したうえでの結果だったらどうするんだ?」

「どういう意味よ?」

「つまり顔以外にいいところを見つけられなかったのかもしれない、ということだ」

「あんたケンカ売ってるの?」

「争いは同じレベルの者同士でしか生まれないから、わたしとキティとじゃケンカにならないな」

「なんですってぇ!?」

「まあまあ落ち着いてキティ。シュシュも煽らないっ」


 ぐぁたぐぁたと椅子を鳴らして立ち上がるキティと小さくふんぞり返るシュシュをリジーはなんとか抑えた。


「ふんっ。あんたに聞いたわたしが間違いだったわ。そのお茶飲んだらさっさと帰ってよねっ」

「自分で引き留めたくせに……。情緒不安定なのか?」


 ぶつくさ言いながらも、紅茶を飲み干すと律儀に「ごちそうさま」と言い置いてシュシュは部屋を出ていった。


「もー、なんで二人はすぐケンカみたいになるかなぁ」

「あのちびっ子が悪いんだからね。すぐバカにしてくるし」


 キティはまだ怒りが冷めやらない様子でぷりぷりしている。


「……でもシュシュが使った食器は片してあげるんだ」


 リジーに微笑ましそうな視線を向けられると、キティはテーブルに置かれていたティーカップを手に持ったまま赤面した。


「だ、だってあの子がそのままにして行っちゃうから。すぐ洗わないと茶渋が取れなくなるし」


 そう言ってそそくさとキッチンに逃げ込む。

 意外と家庭的なキティであった。

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