二話 落ちこぼれリジー(6)○
ぱちり、と目を開くと、そこはアカデミーの女子寮の一室だった。
リジーは眠気を覚ますように頭を振る。キティの姿はなく、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「あれ、わたし勉強してて……居眠りしちゃったんだ」
机の上には教科書と真っさらなままのノートが拡げられている。
わたしが魔法師を目指す理由。
それは幼い日に交わした彼女との約束を守るため。
心で泣いていたかもしれない彼女の涙を拭う魔法を、わたしも探したいんだ。
リジーはピシャリ、と自分の頬を叩いた。じんじんとした痛みがどこか緩んでいた自分に喝を入れてくれる。
「わたしは、こんなところでつまづいてなんかいられない」
そう声に出して、リジーは今一度机に座り直した。
今度こそ居眠りもせず、一心不乱にペンを走らせる。
そんなリジーの姿を部屋の扉の隙間から見守っていた二人は、そっと顔を見合わせて笑った。
「やっとやる気になったのね。遅いのよ、ほんと」
キティは呆れたように言いながら、温かい紅茶とクッキーを乗せたお盆を部屋の前に置く。
「とか言いながら夜食を用意してあげるなんて、キティは世話焼きだな」
からかうように言うと、シュシュは手に持った紙をお盆の上に置いた。
「うっさいわね……、ていうか、その紙は何よ?」
「明日の試験に出そうな問題をまとめといてやった。これを覚えればいくらリジーでも赤点は取らないだろう」
「あんたこそ世話焼きじゃないの、このちびっ子」
「ちびっ子言うな、この猫かぶりめ」
「なにおうっ」
部屋の外から聞こえる小さな諍いに、リジーは苦笑した。
(ふふ、ありがとう、二人とも)
二人に応えるためにも、リジーは一層張り切って勉強に取り組んだ。
*
「それでは、先週の試験の答案を返却します」
厳かなロースウッド先生の声に、教室の空気がぴりり、と緊張する。
そんななかリジーは、
(ま、手応えはあったし、大丈夫でしょ)
まったく緊張していなかった。
奇跡の集中力で一夜漬けをした結果、彼女は今回の試験にかなり自信を持っていたのだ。
「リジエット・ホールワース」
「はいっ!」
とうとうリジーの名前が呼ばれ、自信満々に返事をして先生のもとへ歩を進める。
「ミス・ホールワース、よく頑張りましたね」
いつも厳格な表情を浮かべているロースウッド先生の顔が、柔らかな笑みを形作った。
「――、それじゃあ、赤点は回避できたんですね!」
「ええ」
自信満々ではあっても、やはり結果がわかって嬉しいのか、リジーは跳び跳ねんばかりに喜んだ。後ろの方ではシュシュとキティが顔を見合わせて、同じようにほっとした表情を浮かべている。
「やったぁ、これで単位がもらえる!」
「……単位をあげる、とはまだ言っていませんよ」
浮かれた声を上げたリジーは、ロースウッド先生の言葉に笑顔のまま顔筋を硬直させた。
「え、どういうことですか……?」
恐る恐る尋ねるリジーに、ロースウッド先生は笑顔で答える。
「あなたは確かにこの魔法学基礎の試験にはパスしました。けれど、この単位を取得する条件には、一年次の魔法学概説の単位を取得済み、というものがあります。が、ホールワース、あなたは概説の単位をまだ取っていないので、結果として基礎講義の単位もあげられない、というわけです」
リジーはしばらく石のように押し黙っていた。過酷な現実を受け入れるのに、時間がかかったのかもしれない。
次に口を開いたリジーの声は掠れていた。
「じゃ、じゃあ、つまり、わたしが魔法学基礎の単位を取るためには……?」
「あなたが今受けている魔法学概説の補習、その試験でもパスする必要がありますね」
「そ、その試験はいつ……?」
「明日です」
笑顔で告げるロースウッド先生に、リジーの顔筋はとうとう土砂崩れを起こした。
「うわぁぁぁん、このっ、ロースウッド先生の鬼ーーッ!」
穏やかなアカデミーの空気を、リジーの絶叫が切り裂いていく。
彼女が「ホールワース・リジー」と呼ばれなくなる日はまだまだ先のことのようだ。
その日、リジーはロースウッド先生への止まない恨み節をお供に、再びの徹夜をする羽目になった。
これにて二話は完結となります。
次回はリジーの親友の一人キティのお話です。
可愛くて誰からも人気のあるキティ。しかし彼女には人には見せない素顔があり……




