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福岡市立アイシティ特殊高等学校  作者: したとせみ
第一章 来訪者
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1ー5 バージンロード

 「花音、すごいじゃない。柔道、空手、合気道に続いて剣道まで第一班だよ。ものすごく運動神経いいじゃん」

 学生会メンバーは教室を移動するときはいつも最後まで残ることが多い。風紀の田中舞花が、忘れ物や落とし物がないか必ずチェックするからだ。このいつもの4人のメンバーに、今日はふたり加わって6人で体育館を後にしている。


 中野知美と大川渚だ。中野知美は、体育が終わって再度、花音に髪を団子にしてもらうのを手伝ってもらった。大川はいつも中野と一緒だ。ふたりとも第三班に所属しているから、1AⅠ(エーワン)女子の8位以内なのは間違いない。


 「そうだよ。初めてのVR体育・・・水泳のとき、一華と美智は第一班で、舞花が第二班だったのに花音は第八班だったじゃん。私たちハッキリいって花音、勉強は出来るけど、スポーツはダメなんだなぁって思ってたんだ」


 「あなたたちよく覚えているわね」舞花がボソリと言う。

 「私たち数値に関する記憶力は良い成績出せていると思うんだぁ。柔道は花音が第一班で、一華たちは第三班だったでしょう。誕生日は一華が10月1日、舞花が2月27日、美智が3月8日、花音が7月3日だよね」


 「いつの間に・・・」と一華。

 「入学式の自己紹介のときィ」・・・9ヶ月も前のことである。

 「・・・ひょっとして男子も?」

 「稲田君が12月28日、磯部君が…」

 「も、いい。もういいから。」

 あきれ顔の一華だ。


 「花音、すごい努力家じゃん。足は細くなって、くびれは出てきたし、素顔は変わらないのにメイクに至ってはもう完璧。・・・そのうえ、スポーツだよー。」


 『素顔は変わらない』の部分に何気にへこむ花音だ。

 「そういえばぁ、原田君もぉ、最近、ちょっかい、かけてこなくなったわねぇ」

 舞花が言っているのは、8月の夏祭りのあとのことだ。


◇ ◇ ◇


 「こぉの、くそビッチ!」

 「失礼ね。私は処女よ!」

 「男がみんな女に騙されると思ったら大間違いだぞ」


 「おい良治、やめろよ。・・・お、同じバイト部だろ」

 「いーや、今のは聞き捨てならない………


※ ※ ※


 事の発端は昨夜の花火大会である。

 毎年8月1日に開催されていた大手新聞社主催の「大濠公園花火大会」が3年前の2018年に中止されて以来、「博多の花火大会を復活させる会」が中心となって準備を進めていた花火大会が、8月11日「山の日」に開催することが決まった。


 広志や良治と同室の磯部雄馬(いそべゆうま)山下颯太(やましたそうた)は花火大会に出かけることにしたが、稲田はバイト、原田はツーリングで不参加だ。会場に着いたふたりは花火が始まる前に買い物をしようと、模擬店の焼きそば屋の近くに来ていた。


 「おい、すげぇ美人がいるぞ」

 「ありゃどう見ても大学生か社会人だな。俺たちなんか、相手にされないぞ」

 「いやいや、ダメモトで声かけてみようぜ。あんなお姉さんなら踏まれてもいい」

 山下颯太の性癖はともかく、だらしない顔をしていたのは間違いない。


 「お姉さんたち。荷物持つのお手伝いしましょうか」山下が軽薄な口調で声をかけると、背が高い方の美人は妖艶といっていい雰囲気を醸し出しながら少し首をかしげ、少し背の低い方の美人が目を丸くして驚いた表情でこちらを見つめている。


 『これだけの美人に見つめられると緊張するな』

 背の高い方の顔から視線を逸らすことができず、磯部はドキドキし始めた心臓に一目惚れを予感する。


 『驚いた表情も美人だな』

 山下は背の低い方の美人が好みのようである。


 「山下爽太、磯部雄馬、何、言ってんの。あんたたち」


 「「・・・」」


 「ま・さ・か・、私たちが判らないの?・・・一華も私も、お安くないわよ。同級生をナンパなんてサイテイ。これ以上きもい顔、近づけないでくれる」


 「花音。ちょっと言い過ぎよ。・・・美智と舞花も来てるから、宜しかったら、あちらでご一緒しましょう」


 「なっ、なに、バカ言ってんのよ。こんなガキに社交辞令が通用する訳ないでしょ!」


 「・・・えっと、社交辞令は身につけておいた方が良いと思うわ・・・それに、花音、ちょっと、言葉遣いが悪いわよ。そんなじゃ、花音の理想の男性に出会ったとき、ボロがでちゃうから」


 「大丈夫! 汚い中国語は覚えないから。知らなきゃ口をついてでることはないわ」

 そういうと一華の手を引いて、サッサと歩き去った。



 「ワリぃ。颯太。オレ、・・・帰るわ」

 「おい、せっかく来たのに花火だけでも見て帰ろうぜ。俺も花音が美人に見えたってのはショックだったが、綺麗な花火を見て記憶を上書きしようぜ」

 「・・・いや、オレ、・・・実を言うと・・・一華さんに憧れてたんだ。まさか・・・このオレが一華さんの顔が判らないなんて・・・しかも告白する前にフラれた・・・」


 がっくりとうなだれている磯部をなんとか歩かせて、ふたりが寮への帰路についたのは、花火大会が始まったあとだった。



 一華はバイト先で花火大会の協賛企業でもある競艇場「ボートレース博多」に仕事(競艇場のうちわ配り)を依頼されたのだが、一華にはシート席(4人席、一万円)が用意されていた。シート席は警備員がついていて、よからぬ輩にちょっかいを出される心配が少ない。依頼主が一華に対して示した配慮である。


 ダメモトで友達3人を誘いたいと雇い主に申し出た一華だが、じゃあその3人も雇いましょうと拍子抜けするほどアッサリと認められてしまい、4人で学校に私服外出願いを提出して会場に来ている。基本的に外出時は学生服着用が義務づけられているのだが、仕事などやむを得ない事情がある場合に限り、事前申請で私服が許可される。


 4人は浴衣を着て会場にでかけ、サッサとうちわ配りを済ませてしまい、一華と花音が模擬店に買い物にでかけ、偶然、磯部雄馬(いそべゆうま)山下颯太(やましたそうた)のふたりに遭遇してしまった。


※ ※ ※


 その日の夜。広志と良治が寮に戻ったとき、雄馬と颯太は既にベッドに入って電気を消していた。『やけに早く寝てるな』と感じたふたりだが、おとなしく彼らも就寝についた。広志が声にならない嗚咽(おえつ)に気づいたのは午前4時のことである。反対側の二段ベッドの下から聞こえてくるから、泣いているのは雄馬だとすぐに判った。


 だが、何となく理由を聞いてはならない気がして、ベッドの中でおとなしくしていると、良治がゴソゴソと寝返りを打つ音が聞こえる。どうやら良治も眠れないようだ。5時を過ぎると窓の外はだいぶ明るくなってくる。


 食事は6時からだが、運動する学生のために食堂のおばちゃんが少し早く開けてくれる。良治が起きたので、広志もベッドから出る。

 「おはよう」

 「おはよう良治」

 颯太もベッドから降りてくる。

 「おはよう、広志、良治。・・・雄馬ぁ起きてるか?ちょっと早いけどメシにしようぜ」


 布団を頭から被って寝ていた雄馬が、布団のすき間から顔を出すと、目が真っ赤で、憔悴(しょうすい)しきっている。

 「ワリぃ。オレ・・(グスッ)メシいいわ。・・・今日は学校も休むけん、あと、頼むわ」

 再び布団に潜り込む雄馬。


 3人は顔を見合わせると、良治が「それじゃ、先行っとくけんど、メシ食えるようになったら食っとけやぁ」と声をかけ、3人で廊下に出た。早朝なのでまわりには誰もいない。ヒソヒソ声で話をしながらエレベーターに向かう。


 「颯太、雄馬に何があった? おまえ、訳、知っちょろぅ?」

 「・・・昨日、花火大会に行ったろ。そこでな・・・」

 花火大会で何があったかを話す颯太。


 広志、良治、颯太は3人とも、恋も失恋も経験がない。身近な家族を亡くした経験もない。一晩中、嗚咽(おえつ)して泣くほどの悲しみというものが、どんなものか想像できない3人ではあるが、雄馬を放置していては取り返しがつかないことになるという恐怖感を抱く。

結局、颯太と良治が仲村に相談してみることになった。


 始業前、教室に入ってきた4人組を見つけ、颯太が切り出す。

 「昨日はゴメン。ぜんぜん気がつかなかったよ。外出時は制服着用だろう。暗かったし、まさか仲村さんだとは思わなかったんだ。」


 原田が続ける。

 「・・・俺は全くの部外者で何にも分かっちゃいない。けど、雄馬、・・磯部が大変なことだけは分かる。・・・なんかアイツ、このまま死んじゃうんじゃないかって。仲村さんならなんとかできるんじゃないか?・・・頼むよ。・・・アイツと少しでいいから話してくんないかな」


 「えぇっと? 私たちが山下君にナンパされたのは覚えているけど、磯部君とは何にもなかったはずよ?」さすがの一華も困惑顔だ。

 教室の中が、一瞬、静まりかえる。


 すぐにヒソヒソ声が、「ナンパ? 告白じゃなくて?」「アイツ何やってんだ?」「私たちって?4人全員に声かけたの?」

 しまったという表情を浮かべる一華。クラスメイトに気づかずナンパしたなんて噂が広がれば、山下の学校生活は終わってしまう。そう考えた一華は、昨日のことは誰にも口外しないよう3人にきつく約束させたのに、思わず自分でバラしてしまった。


 花音が考えながら話を引き取る。

 「磯部君が一華に恋煩いしたってことね。・・・一華が磯部君に恋してるなら話は別だけど、(あり得ないわね。)一華が磯部君に声かけたら、かえって悪化するわ」


 「いや、おまえら、化粧して着物、着てたんだろ。男引っかけに花火大会行ったんじゃないのか。」


 「失礼ね。私たちはバイトで浴衣着てたのよ。それに出店のまわりは照明で随分明るかったのよ。女に飢えた目で、獲物を(あさ)ってるから、同級生の顔も判らないのよ」

 がっくりと四つん這いになる山下。


◇ ◇ ◇


 「こぉの、くそビッチ!」

 「失礼ね。私は処女よ!」

 「男がみんな女に騙されると思ったら大間違いだぞ」


 「おい良治、やめろよ。・・・お、同じバイト部だろ」

 「いーや、今のは聞き捨てならない。山下はともかく、磯部はしっかりとしたヤツだ。お前らが誘惑でもしない限りあんな姿にはならない」


 「ふざけないで。私は将来、中国人の大富豪のお嫁になってシンガポールで暮らすのが夢なのよ。そのための努力は惜しまないつもりだし、事実、何にでも一生懸命取り組んでるわ。ビッチだって? お生憎様。中国人は処女性を高く評価しているわ。だから私は結婚するまで絶対に処女を守ってみせるわ」


 腕を組み、誇らしげに原田をみやる花音。


 原田良治の知る女とは、自分が少しでも不利になると、泣いて叫いてヒステリーを起こす。

 『くそっ、こいつ堂々としてるな』

 悔しいがビッチではなさそうだ。

 「・・・処女、処女ってエラそうに。まるで女王様だな。・・・よしっ、今日からおまえのことを処女の王、バージンロードと呼んでやる。」


 『いや、それ、悪口になってないから』

 クラス全員が心の中でそう呟く。


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