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福岡市立アイシティ特殊高等学校  作者: したとせみ
第一章 来訪者
6/7

1ー4 VR体育

 一華の髪型を整えると、4人が空いているモルディングルームへと飛び込んだ。

 一辺が三メートルほどの正方形の部屋で、部屋の中央が直径が120センチ程度の円形で高さ5センチ程度の台になっている。

 その台の中央にある足跡マークのうえに立つと電子音声が告げる。


 「ただいまからキャリブレーションが終わるまでトイレの使用はできません。トイレを使用しますか?」

 以前は、そう告げられると急にトイレに行きたくなったりしていたのだが、今では慣れてしまっている。

 「ノー」

 「いいえ」でも反応するのだが、音声認識は英語の方が認識率が高い。やり直しを避けるためにも英語を使った方が良い。もう、遅刻は確定しているのだから。


 「それでは、スキャニングを開始します。背筋をしっかりと伸ばして、目を閉じて下さい」

 花音が目を閉じると、緑色のレーザー光が彼女の全身を足元から頭のてっぺんへと照らしていく。ここで身体的特徴から個人が特定される。登録されていない人間や、異物を持ち込んだ者は、ここで退出を求められる。

 「木下花音さまで間違いありませんか」


 「イエス」


 「本日から新しい競技種目に変わりますので、新しいスーツを作ります。モルディングスーツとコントローラーを装着して下さい。」


 そう音声が流れると、スポーツブラ、半パンツ、黒いダイビングスーツ、フットカバーソックス、手袋そしてベルト型コントローラーが現れ、装着する手順を示す立体映像が流れ始める。手順を間違えると映像は赤で点滅してやり直しを促す音声が流れる。


 まず、スポーツブラをTシャツのように頭から被る。ここで肝心なのは左右の胸がブラの中で均等に持ち上がるよう肉を寄せてあげることだ。チュートリアルでは流れないので、花音は初めてのときに垂れ乳、垂れ尻を作ってしまった黒歴史を持っている。


 次に半パンツを履き、背中部分が大きく開いたダイビングスーツに両足。両手そして、最後に首を通していく。ダイビングスーツの方は、ブラやパンツと違ってストッキングの様に良く伸びる。最後に五本指のフットカバーと手袋をして終わりだ。

 たった今、行われたスキャン結果によって作られたものなので、身体にぴったりだ。


 「装着が完了致しました。続いてマスキング処理を行います。よろしいですか」

 「ノー」

 「ミラー オン」


 ここでは、すぐ目の前に立体映像が現れ、ゆっくりと回転し始める。

 半パンツの後ろを少しあげて、お尻の形を整える。

 「ミラー オフ」


 「装着が完了致しました。続いてマスキング処理を行います。よろしいですか」

 「イエス」


 円形台の下から厚さ5センチのアクリル板で作られた円柱が上がってくる。

 「両腕を少し開き、目を閉じて下さい。秒読みを開始しますので、息を止めて下さい。」

 花音が目を閉じて息を止めると、シューと音がして、ガスが円柱内に充満する。


 鼻の奥に微かに甘い香りが広がる。

 摂取しても人体に影響は無いらしいが、大量に摂取すると下痢になるらしい。

 このガスは皮膚に感覚情報を伝え、モルディングスーツに加速度に応じた硬化効果を与える。

 理論的にはスーツ部分は銃弾でも貫通できない。

 ただし、ドーム内の高出力エネルギーを受け取れる範囲内だけだが。


 十秒ほどすると、再びシューと音がして、ガスが排出されていくのが判る。

 「3、2、1、空気は清浄です。呼吸を開始して下さい。」

 「直ちにキャリブレーションを開始します。よろしいですか?」

 「イエス」


 「まず、視覚調整です。目の前の立体画像を確認してください。クリアな画像が現れたら、ストップと声をかけて下さい。」

 通常ホログラム映像は、背景が透けて見えている。ところがVRアシストを使えば、ほぼ実体を持ったものと同じにしか見えない。

 違う画像でもう一度、同じ操作を繰り返す。


 次は聴覚調整だ。

 「右耳で聞こえている音と同じ音が左耳から聞こえたら、ストップと声をかけて下さい」

 こちらは簡単だ。ステレオ音声がちょうど中央で聞こえる感覚なので間違えようがない。

 花音たちが音階認識へ移行するのは次年度からだ。左耳でも同じ調整を行う。


 最後が皮膚感覚だ。

 「まず、手足の感覚を調整します。温覚(おんかく)冷覚(れいかく)痛覚(つうかく)の順で確認しますので違和感を感じたらストップと声をかけて下さい」

 両手両足の指の第一関節が一斉に温かくなり、次ぎに冷たくなり、最後にチクチク痛む感覚がする。第二関節・・・肩と順に同じ感覚が続く。花音は左肘の痛覚が少し、上腕にかかっていた気がしたので、「ストップ レフト エルボー」と声をかける。


 緑色のレーザー光が左肘付近を再スキャンし、今度はゆっくりと肘の手首に近い方から、温・冷・痛の感覚が、まるで輪切りされているような感覚で流れる。

 「再度、スキャンしますか?」

 「ノー」


 最後に頭のてっぺんから股間まで同じ調整が終わると、準備完了だ。 


 モルディングルームの外に出ると既に3人が待っていた。

 この4人は、入学以来いつも行動を共にしてきた。怒られるときも一緒だ。

 「ゴメン、待たせちゃった」


◇ ◇ ◇


 体育館の中央付近では既に男女とも素振りを開始していた。

 「「「「すみません。遅れました」」」」

 4人は三浦先生の横に置いてあるグラスファイバー製の黒い竹刀を取る。

 「遅いぞ、4人とも。 減点1。 いいな」


 4人はお互いの顔を見合わせると、一華と美智が右手で、舞花と花音が左手で、持った竹刀を三浦に向け、もう片方の手を腰に当て胸を張りる。仲村が声を張り上げた。

 「我ら4人、生まれし日、時は違えども、姉妹の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。」


 全員が素振りをやめ、歓声と拍手がわき起こる。

 三浦は民間企業に雇われた講師だ。別に査定に響くわけでも給料が減るわけでもない。


 「あー分かった。おまえらやめろぉ。これ以上時間を無駄にするな。 減点は無しだ」


 前回、空手の組み手のとき、遅刻した男子学生を三浦が組み手の型をやらして減点を許した経緯がある。

 もし、このパフォーマンスでも三浦が減点を主張したなら、そこを付くつもりだったのだが、予想通り、三浦は学生に甘かった。


 4人は女子側の最後列につくと、口々に「バーチャルモード オン」と声をあげ、素振りを始める。

 「イチ、ニィ」「イチ、ニィ」


 頭の中に感情ある人間の女性の声が響く。

『少しアゴをひいて、すり足を足の裏全体で・・・、腕が下がっていますね。』

 アゴの前の方がピリピリと痛い。つま先、上腕・肘下もピリピリする。


 このピリピリ感が無くなるよう身体の位置を変え速度を合わせる。

 花音達に無駄な力を使わせず、竹刀がもっとも強い威力になるよう調整が続く。

 『そのリズムです。良いですね。 竹刀を振り下ろす際、左手の薬指に力を入れてみて下さい』

 薬指の腹と手刀部分がビリビリする。


 『剣先の位置を意識して。・・・そう、その感覚です。』

 『花音さんは握力が強いですね。剣先が毎回同じ位置で固定されていますよ』


 三浦からは全学生の頭上にステータス表示がみえる。学生の側からは見えない。

 花音のレベルが2になっているのを確認すると次の指示を出す。

 「木下、打ち込み台を出すから、まず小手を打ってみてくれ。・・あっと原田もだ。」

 原田にもレベル2の表示が現れた。ふたりから、「ハイ」という返事が来る。

 そして「小手っ」というかけ声がかかるようになるとふたりだけ他の者とリズムが変わる。


 「他の者も一定のレベルに達したら、目の前に現れる打ち込み台

をどんどん打っていけ」

 「木下、原田。面と胴もどんどん先に打って良いぞ」


 開始から20分ほどで、全員がレベル4を超えた。

 花音と良治のふたりは、剣先から青白い光が軌跡となって見え始めている。

 いわゆる「会心の一撃」だ。


 汗が流れ落ちているが、フットカバーソックスのおかげで滑ることはない。

 『このクラスは優秀だなぁ。呼吸や脈拍の乱れでストップがかかる者がひとりもいない。』

 「よおし。止めー。ちょっと早いが今日の目的は達した」


 「木下がレベル11、原田がレベル10、大友と仲村がレベル7で第一班だ。木下は第一班のリーダーとして全員の底上げを図るように。他の者もメンバーリストを確認してくれ。・・・全班、次回は竹刀の長さと重さを変えて、自分に合ったものを探すぞ。それが終われば、全員のレベルが10を超えた班からAIを相手に試合する」


 「何か質問は?」

 ここで声をあげれば、クラスのヒンシュクを買うのが判っているので、誰も声を上げない。

 「質問は無いようだな。男子は竹刀を整理して用具室に仕舞っておくように。では解散!」

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