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福岡市立アイシティ特殊高等学校  作者: したとせみ
第一章 来訪者
5/7

1ー3 女子更衣室

 VR体育館は、四階建て校舎裏手の幅70メートル、長さ150メートルの巨大なドームの中にある。女子更衣室は校舎側に、男子更衣室は長い渡り廊下を歩いたドームの反対側にある。そして、このドームの中へは更衣室からしか入ることは出来ない。

 ドームの地下一階にはオリンピックプールが二面あり、熱交換媒体と災害時の緊急用水としての役割を果たしている。



 更衣室に向かう女子の集団は、芸能界のゴシップ情報から、最近、香椎にオープンしたファンシーグッズショップの話まで、情報交換に余念がない。誰かが最近では戦うキリンやカピバラのぬいぐるみが可愛いらしいという話をしている。


 『戦うキリン?』

 ふと花音が学生会長の机の上にあったぬいぐるみを思い出す。

 「そういえば、一華の机の上に新しいイルカのぬいぐるみがあったね?」

 

 ちょっと気まずそうに一華が答える。

 「あー・・・あれね・・・、稲田君のお土産よ。旅行前のアドバイスのお礼なんだって。」


 「えー、一華だけぇ。それおかしくない? みんなで色々アドバイスしてあげたわよね。・・・へぇアイツ一華狙いだったんだー。身の程知らずもいいとこだねぇ」


 前を歩きながらファンシーグッズの話をしていたふたり、第三班の中野知美(なかのともみ)大川 渚(おおかわなぎさ) が、タタッと4人の方へ駆け戻ってくる。

 「なに、一華、稲田君に告白されたの?」「プレゼントって宝石の付いた指輪だよね。なんてったって南米なんだから」「3ヶ月分のバイト代?」「ヤダー」「キャハハ」

 このふたり、噂が大好きなので、このふたりに知られると洩れなく他クラスまで噂が広がる。


 立ち止まり、一華が少し首を傾げると、人差し指を唇に当てる。

 『『『あー、一華がなんか悪巧みしているときの仕草だぁ』』』


「そうねぇ。確かにプレゼントは頂いたけど、ほかのことは、ちょっとね」

 これ以上は言えないと軽く手をふる一華。


 「みんなに教えなきゃ」

 既にドーム側の通路に消えていたクラスメイトを追いかけて走り去るふたり。

 再び、歩を進める4人だが、広志に1番否定的反応を示していた花音が、呟くように語りかける。

 「あれ間違いなく、誤解しているよね。いいの?一華」


 「いいの。勉強もスポーツも楽しくなきゃ上達しないの。学校生活も楽しく、ね!」

 どうやら広志の学校生活はどうでもいいらしい。


 「それに。」美智が一華の言葉を引き継ぐ。

 「それに、私がお願いしていたウランのお土産は無視だし・・・。」

 舞花がそれに続く。

 「わたくしもぉ、コカの葉をお願いしていたんだけど。無視なのねぇ。コカ茶、飲みたかったなぁ」

 花音は。

 「マカダミア ナッツチョコってハワイのお土産じゃないの? そういえば、南米らしいものって何一つなかったわよね」

 急に冷めた表情になる3人。ウランもコカの葉も日本に持ち帰ることはできない。だが、広志の灰色学校生活はこうして決定した。


 一華が更衣室のドアを開けようと。手のひらを向けたところで、花音が一華の肩を掴んで留まらせる。教室や学生会室のドアは、入室権限がある者がドア前に立つと自動的に開くが、更衣室は掌紋認証が必要だ。


 「そういえば、・・・・一華っていつから三浦のことが好きだったの?」

 「あぁ、あんな判りやすいぃ一華さんは初めてでしたわ」

 「他の誰かに気づかれてないか心配してしたけど、稲田のおかげで、しばらくは大丈夫そうね」


 ボンっと音を立てそうな勢いで顔を赤くする一華。

 「なっなんで」


 「普段、完璧に感情、隠しすぎ。もう私たち1年近く一緒に住んでんだよ」どうやら花音の言葉が3人の意見を代表しているようだ。


「「「詳しい話は今晩聞かせてもらうわよ」」」

 更衣室のドアの前に立ちすくむ一華をひとり残して3人は中へと入っていった。


◇ ◇ ◇


 更衣室に入ると入口近くで着替え中の女子が声をかけてくる。

 「あれっ一華はどうしたの?」

 「一華に詳しく聞きたい」


 「少し遅れるって」

 「えー、いま、聞きたいのにぃ」


 花音は、更衣室で制服や下着を脱いで、スマホや学生手帳と一緒にロッカーにしまうと、扉を閉じ、左手の平を扉あてる。掌紋認証である。

 扉が一瞬白く輝いたと思うと、「木下花音」と表面に文字が現れ、「木下花音様 112番ロッカー 使用開始です」と電子音声が告げる。


 ロングヘアの女の子は大変だ。髪留め用の紐を口に咥えて、両手で髪をたくし上げている。シャワーキャップを使うにも準備がいる。

 髪を濡らしてしまうと、乾かして、セットしてと大変だ。

 『一華、大丈夫かな』


 足早にシャワー室に続く通路へと入ると、動く歩道に乗り、立ち止まって目を閉じる。歩道が進むとすぐに天井と両側面のある無数の噴気孔からミストが出てきて全身を覆う。ミストの成分は、電解水と界面活性剤の混合物だ。

 あっという間に身体に付着した異物を浮き上がらせる。


 クラスの女子でVR体育がある日まで化粧してくるのは花音だけだ。ファウンデーションやマスカラが溶けて流れ出す。さすがに付け睫毛(まつげ)はしていないが、化粧は、花音にとっての矜持(きょうじ)だから、僅か一時間で流れ去る運命だと分かっていても、化粧をしないという選択肢は無い。


 10秒ほど息を止めていると天井からお湯がザーと勢いよく流れ落ちる場所に着く。花音は顔を上げて、顔に付いている洗浄液を、シャワーキャップが外れないよう注意しながら、両手でじゃぶじゃぶと洗い流す。


 やがて、シャワーが花壇の水やりじょうろ程度に弱くなり、「まもなくシャワー室に到着します。足元にお気をつけて下さい」と電子音声が流れる。花音は目をうっすらと開けて、歩道の終点を確認すると、しっかりと足を前に出した。


 個室シャワー室は8室しかない。一番奥の部屋が緑色の「空室」表示になっているのを見つけると、花音はその個室シャワー室に入っていった。使用状況を知らせる表示は、入口から一歩踏み入れるとポーンと音がして赤色の「在室」に変わる。


 個室シャワー室は少し細長くなっており、一番奥にあるドアの前に立つと、「扉が閉まります」と電子音声の警告があり、背後の扉が自動的に閉まる。閉まるといっても、こちらから手で押せば簡単に開くのだが、在室の表示を無視して入ってきた人からは開かないように出来ている。


 背後のドアが閉まると、部屋の照明が明るくなる。

 正面のドアに向かって「ミラー オン」と唱える。

 ドアに花音の立体映像が表示されゆっくりと回転し始める。

 「ストップ」顎の下にマスカラの痕跡を見つけると小さなため息をつく。

 「スポンジ、オープン」と唱えると、ドアの下が手前に開いて、スポンジとボディーソープのボトルが出てきた。


 もう一度、念入りに汚れを落とし、スポンジを元の位置に戻す。

 「スポンジ クローズ」

 後は流れ作業だ。

 「シャワー オン」

 「シャワー ストップ」

 「ミラー オン」

 「ブロー オン」

 左右から吹き出る強い温風に身体を晒す。壁の左側は斜め下から、右側は斜め上から温風が出ているので、くるくる回ると、あっという間に水気が取れていく。

 「ブロー オフ」

 「タオル ドロップ」

 「ドア オープン」

 身体にタオルを巻いて外へ出るとシャワーキャップをゴミ箱にポイと入れる。

 個室シャワー室の前は個室トイレが8室ある。トイレは全て「空室」表示だった。


 花音はトイレに行こうかちょっと迷ったが、授業時間が残り70分を切っていることを壁掛け時計で確認すると、左にある自動ドアを開けドレッサールームへと入っていく。


 入口から左手方向に4室のモルディングルーム(成形室)があるが全て「在室」だった。この奥にもう1列4室のモルディングルーム、合計で8室あるのだが、ここからは使用状況はわからない。

 入口からは見えないが、右側の壁側には8席のドレッサーが並んでいる。花音がドレッサーの方へ歩いて行くと、舞花と美智が奥のドレッサーに座って手を振っている。


 彼女たちの手前に座っていた中野知美(なかのともみ)大川 渚(おおかわなぎさ)が、花音を見つけて立ち上がると両手を合わせて口々にお願いする。

 「花音お願い」「こっちも」


 花音は近くにあるショッピングモール内の美容室でバイトしている。美容師免許がないとお客様の髪はいじれないので、待ち時間のお客様へお茶やお菓子を出したり、掃除したりと簡単な仕事をさせてもらっているのだが、お客がいないときは、マネキンを使った様々なヘアスタイルの研究やメイクアップの練習をさせてもらっている。


 花音は「いいわよ」と軽く返事をすると、手櫛で中野知美の髪を後頭部の下でゴムに留め、3つに分けると、それぞれの毛束を毛先で捻ってゴムで留め、毛束を団子状に丸めて、結び目付近にピンを挿して固定した。

 後は結び目が隠れるようコーム(くし)を挿して終了だ。僅か20秒程度の早業。

 中野は髪を団子にするのが好きなのだが、立体映像や三面鏡が無いドレッサーで16歳少女が団子を作るのはちょっと難しい。


 大川渚は、少し自分の顔が大きいことを気にしていて、小顔になるようにと前髪を長くのばして真ん中で分けている。そのため、顔がでてしまう団子やポニーテールは好きではない。かといってスポーツ中に髪が目に入るのはダメだ。

 花音は、前髪と少し両脇の髪の毛を取りつつ2対8に分け、分け目から長い方をくるくると回して編み目を作り、後ろは三つ編みにスッキリとまとめ上げた。こちらも約1分で終了だ。


 ふたりは、花音にお礼を述べると、空いているモルディングルームへと入っていく。

 花音が、「美智も歪んでる」と言って美智の髪をほどき始めると、ようやく一華が入ってきた。

 「「「一華、おそーい」」」

 「みんな待っててくれたの。ありがとう。でも、時間が無いからすぐにモルディング(成形)しましょう」


 「ダメよ、一華。私たちの代表としての自覚を持ちなさい」

 花音がそういうと、舞花が一華を椅子に座らせる。

 花音は、美智の髪型を素早くまとめると、一華の団子髪を素早く梳かし始める。


 「ほうら。ヘアピンが残ってる。一華、スキャンのやり直しするハメになるところだったわよ。・・・時間が無いから、ポニーテールで我慢してね」

 花音は金属製のヘアピン2本を台の上に置くと、消毒済みの櫛で一華の髪を梳かし、手早くポニーテールをつくり始める。


 ドレッサー台の上には、右側に綿棒と消毒済みと書いたボックスに入っている梳かし櫛のほか、左側にはVR室専用と書かれたレターボックスに、髪留め用の黒いゴム、黒いプラスチックピンそして黒いプラスチックコームが置いてある。

 私物の使用は厳禁だ。


 「一華、まだ動揺してたんだね」

 「一華、かわいいですぅ」

 「あーもぅ、ふたりともうるさい」

 再び顔が赤くなった一華だ。

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