2 トップ会議
「それじゃ、全員揃ったので、トップ会議を始めます」仲村が、木下たちが席に着くのを待って宣言する。
「まず、学生会の方から。今、大友君が対応しているけど、今朝、1AⅡクラスの渡辺君が退寮届を提出したわ。出身地鹿児島の私立学校が学費免除で引き抜いたの。彼も悩んでたみたいだけど、実家の家業を手伝えるっていうのは大きかったみたい。」
一流大学進学を目指す者は、通信教育のZX会に入っている者もいる。ZX会は特殊高校の成績上位者を有名私立進学校に斡旋しているので、今回のような退学に繋がる。アイシティでは渡辺君で3人目だ。
「不祥事での退学者4人を加えて、これで7人。256人のうち、もう7人。そろそろ対策が必要だと思うので各自対策案を検討してください。私からは以上よ」
続いて会計・監査担当の石橋美智がスクリーンにグラフを表示して発言する。
「クリスマスから年末にかけての収入で、学生会の余剰金が百万円を超えました。学校からの交付金百万円と合わせて二百万円の使い道について、今月中に予算案を作りたいので、何か案があったら、メールしてください」
腕を組んで座っていた伊地が右手を挙げて発言を求める。
「全額、使って大丈夫なのかよ?」
「一、三月の収入が三十万円近く予定されているから大丈夫よ。それと三月末に皆さんの慰労会をやることを計画しています。わたくしたちだけ報酬をいただいてバイト部の皆さんに何もないのは心苦しいもの」
そう、学生会長には月4万円の、他の役員には月3万円の報酬が支払われているが、バイト部は無報酬だ。学生会は仕事が増えると補佐を時給で雇うことが可能だけど、原田良治、伊地芽衣子、河合律子の3人は、学生会に頼まれて参加している訳じゃない。むしろ勝手に押しかけてきているだけだ。
伊地が何か言おうとする前に仲村が発言する。
「これはもう学校側も了解していることなの。皆さんが手伝ってくれていなかったら、確実に学生会で人を雇うことになっていたわ。それに教務課の先生方も参加されるから、あまりお金の心配はしなくて済みそうだしね」
ネーと顔を見合わせて笑う仲村と石橋を見て、原田良治は自分の姉たちのことを思い浮かべる。
『これだから女ってのは・・・』
伊地はあまり納得していない表情だが再び両腕を組んで座り直す。
風紀委員長の田中舞花が、時計をチラッと見て発言する。
「先月、素行不良で退学した佐々木君がぁ、ネットでアイシティの悪口を拡散していたことについてでーす。今、根拠が無い証拠を警察に提出して、アカウント停止をプロバイダに要求していまーす。まーあ、どこの誰の仕業かは知らないけど、佐々木君の悪行が、実名入りの動画で配信されてるのでぇ、じきに収まると思いますがぁ、学校内で撮影されているのが判るのわぁ、ちょーっと問題ねっ☆! これは報告事項でーす。」
『いや、監視カメラの映像にアクセスできるのはお前と会長だけだろ』
すまし顔の田中に声のないツッコミを入れた原田である。原田はバイト部長の稲田に会いに学生会室を訪れているうちに、ここの女性たちのにおいに危険を感じて、ウブな広志が女に騙されないようバイト部にはいっている。
発言の最後に報告事項という言葉が入ると話はそれで終わりだ。短い時間で合理的に会議を進めるためとして学生会長仲村が決めたルールだ。
広志は田中が、広志の発言が長くなるだろうと予測して早く切り上げたことを察して田中に軽く頭を下げる。田中からはウインクが帰ってくる。
『かわいい』
言葉には出さないが、嬉しさが顔に出てる。チョロい広志である。トップ会議はいつもこの順番で行われるので、広志は時々時間切れになってしまう。もっとも『バイト部からは何もありません』と言うことの方が多いのだが・・・。
「もう皆さんもご存じだと思いますが、昨年11月、隣の北九州市のコンビニスターズ八幡店で発生した店長のセクハラによるフランチャイズ契約解消について、穴生特殊高校の学生の権利が守られなかったとして、バイト部本部から全国のスターズに勤める高特生に転職勧告が出ています」
「アイシティで該当するのは、スターズ千早店に勤務する1BⅡの衣笠かおりさんだけです。女子学生のことなので、副部長の木下さんに対応をお願いしたいと考えているのですが。」
木下花音にも広志と同様、バイト部本部から朝一でメールが届いているのは間違いない。何よりも木下と寮で同室の田中が知っているらしいことがその証拠だ。
アイシティの寮は基本的に4人部屋で、間仕切りを使うことで、ふたり部屋にも変更可能だが、会長の仲村一華、会計の伊地芽衣子、風紀の田中舞花そして副部長の木下花音は入学いらい4人部屋を維持している。
「同じクラスの律ちゃんに頼んで、本人の意向を確認してもらったわ。本人は続けて働きたいみたい。店長さんもオーナーさんも凄くいい人みたい」
木下花音の回答を河合律子が補足する。
「かおりは、今日6時からシフトが入っているって言ってたわ。オーナーと店長のご都合を確認してもらうから、一華さんと稲田君の空いてる時間を教えて。会談の日時を決めたいから」
仲村が稲田を向いて質問する。
「バイト部本部はなんと言っているの?」
「今回のケースは、雇用主側の都合でバイトが解雇される場合、雇用主が次のバイト先を斡旋するという約束が守られなかったのが問題です。実際の雇用主である店長は、スターズがフランチャイズ契約を破棄したことが原因だからと言って何もしないので、スターズ本社と本部が交渉していたのですが、決裂したそうです」
ここまでは本部からのメール内容をそのまま伝えただけなので問題ないのだが、続く内容は広志にはよく判らなかったので、少し自信なげなトーンで伝える。
「本部の法律顧問団は、スターズの主張が法的に問題ないことを認めていますが、道義的責任を果たしていないということで離職勧告にふみきったそうです」
セキュリティの観点から、学校や本部から担当学生に送られてくるメールは転送できない仕組みになっている。うまく言葉で伝えられたか心配する広志だ。
少し考えてから仲村は説明するというよりは、自分が納得したという顔をして。
「スターズと八幡店の契約で、八幡店が違法行為をしたらフランチャイズ契約を破棄するという条項があった。そして違法行為をして店が無くなった、放漫経営で店が無くなったのと同じ。つまり雇用主である店長の都合で解雇したのと同じということなのね。でもそれじゃ従業員はとばっちりよね。安い時給で働かされているのに、バカな経営者の尻ぬぐいを押しつけられる。個人商店なら従業員も泣き寝入りだけど、今回は莫大なロイヤリティを得ている親会社があった。本部は道義的責任をそこに求めたという訳ね」
「ちっ。スターズでの不買運動のスレッドを立ち上げようとしたら、先を越されたわ」パソコンを操作していた田中舞花が呟く。『何してんだよ。この人』
「舞花、不買運動はちょっと待って。雇用契約書の条項に無いなら、念書を作るわ。念書で、雇用主が不法行為を働いてフランチャイズ契約が破棄された場合も、再雇用先は責任持って世話するというヤツね。念書は稲田君に任せて良いかしら?それから交渉は私と花音ちゃんで行くわ。か弱い女性だけを相手にして念書を見てどのような反応をオーナーさんがするか、それを見極めてから、今後のことを決めましょう」
「分かりました。本部と相談して念書を作ったら皆さんにメールします」
広志は仲村一華を崇拝するようなうっとりとしたまなざしで見た。隣で『うっわあ』とした表情をする原田には気がつかなかったようだ。
予鈴が鳴り、自動食器洗浄乾燥機兼食器棚に各自が使用したカップをしまうと全員が教室に向かう。伊地芽衣子と河合律子以外は全員1A1クラスだ。