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冤罪  作者: 葵 氷雨
1/1

〜幸福になる義務〜


幸福になる義務ほど過小評価されている義務はない。

人は幸福になる事で、世界に本当の善をもたらしているのだ。



☆序☆



やっと持ち出した薬だった。

医師の処方する薬で安易に死ねると思うなど、ユキは物知らずではなかった。


当たり前だ。

ユキは薬剤師なのだから。

丼に盛られた薬…患者の食事の味噌汁に知らせずに、薬を混入するのだ、と、言っていた病院実習。

たった2週間分の薬も薬撥で混ぜきれずに1週間分ずつ作った。


あれから、ユキ自身も、生きていくには困難を背負って、寝れない、食べれない。

4日寝れなかったから病院に行くと決めた。

父にも母にも「相談」したが、ユキに「どうしたらいいの?」としか言わなかったから、癇癪を起こして、決めた。

後数日眠れなかったら死ぬんだよ、といっても。

「どうしたら良いの?」

……ユキが決めないと、家庭の事が決まらない。

なのに、ユキが病院へ行く金すら、大学生なのに与えられない。

薬学科の優等生をドロップアウトを父親は許さない。母親は、手渡した娘の食費に手をつける。


アルバイトをする時間すら、夫が娘に許していない事実を認めない、

ユキの母は、アルバイトをして金を親に差し出さないのは、ユキが親不幸で人でなしだかららしい。

小学生の頃、専業主婦の母が、働かないのにユキが新聞配達してお金を稼がないのが親不孝だったり、中学も高校も、

ユキの教科書代も食費も、親不孝なのだと、ユキはいつも母が自分の財布や祖父母が与えた貯金を母が盗んでいることを、知っていた。

それを知って当たり前だと思う父親。…父が、一部上場企業に勤めていたにもかかわらず。




…娘さんは「愛情不足」という病なのです。

……まだ、20歳を超えたばかりです。本人の人格もきちんと形成されている。すぐ、立ち直れます。


「ただ、愛していることを教えて下さい」




眠れない事が辛いのだと、言って良いのだと初めて知った。


高校の時の教師が、母に直接話すと、怒っていた事を思い出した。

父に電話口で話してくれていた事を思い出した。


「何故、娘さんが38度も朝方から超えているのに、無理矢理家から出すのですか!」

「何故、この間も言ったのに、学校で40度過ぎて倒れたのに、又追い出すのですか!」

「何故、2時間睡眠しか取れないのに、学校に来させるのですか?きちんと6時間眠らせて下さい。進学校だからという事だからでないでしょう!家庭の事情なら、娘さんを寮に預けて下さい。」

「娘さんが死んでもいいんですか!…話を!何故?…お父さん、聞いているのですか!」


医師は、眠れないという事を言っても怒らなかった。


起きているうちはひたすら恐怖と緊張で、何も頭に入らない。何も出来ない。

泣いても、何も出来ないでいても、自室でビクビクしていなくても「何も出来ない」事を家族にバレない様に恐怖しなくても、良くなった。


憑かれた様に医師の薬を飲んで眠った。


いつか、働いて、一人でも、多分誰も愛する事が出来ない自分でも、ゆっくり寝て、働いて、お茶を飲んで本を読んで。少しずつ毎日休める日々を、幸福な日々を手に入れると。


ユキは、信じて、又頑張ろうと思っていた。

……もう、10年も昔の話。


自分で手首を切りつけた。スカーフで首を吊った。何回かただ休みたいからと衝動的に、目の前の薬全て飲んだ。



もういいのだ。やっと死ねる。

昔の薬。


アレルギーが無ければ、処方されない薬。……沢山飲めば死ねる薬。

インシュリンは母親のもの。


ユキが医療知識を得てから、ユキの母親は変わらなかった。益々ユキから「何か得るのが当然だ」と暴走した。

ユキが働いて帰宅する前に必ず出来合いの惣菜を買わせた。1回の夕食で¥5000もの鰻、寿司。

ユキが払って、借りてるだけだと言って、10万近くなってユキに取り消しを迫った。

その繰り返し。ユキが電話しなければ、自宅から出前。

家事はしない。


ユキが月に1日だけしか休む日が無くても。

高級デパートで、ユキが立ったままで寝てしまうほどでも。

高級ブランドの服を買って、ユキに持たせた。……ユキが、働き始めた時に、

「お金を管理して嫁入り資金にする」


…毎月ユキから受け取った、ユキの働いたお金は、10年間、ユキの母親が使い尽くし、ユキの父親も、それを知って黙っていた。

笑って、いた。…ユキが両親の奴隷だと、知っても当然だと。

ユキは、幸せになる事を両親にのぞまれず、何回も倒れても、食べれない、眠れない、死にこねても。


母親を拒否し、拒否された母が父を蝕み、父はユキに怒鳴りつけて母を拒否せずに、ユキを蝕み……


ユキが母を「管理」しなければ、当選、医療知識がない、相手が幸福になれなくてもその場しのぎする父親が母といれば、どうなるか、ユキは的確に予想していて、その通りに。


ユキの母は不節制に不節制を繰り返し、ユキの父は妻の毒になると知って、与えた。

糖尿病、肝疾患、腎、様々に健康不全を呆気なく短期間で起こして薬の管理も出来なくなった。

ユキが最初に「そうならないように」と両親に伝えたにもかかわらず。


ユキの手元に、ユキが予想した通りに、インシュリンがあるのだ。


ユキは意識が無くなる寸前、携帯のストラップを見ていた。

ムーンストーン。月長石。

6月生まれのユキ。

母親の誕生日祝いを10歳になる前から買う事を義務付けられたユキ。小遣いは与えられて母を喜ばせるためにしか使われない。

ユキが「働いてはいけない」小学生の頃から小遣い以上を要求されて、ユキはお腹を空かせていた。

成人式など忘れられ、祝ってくれる祖父母がいないユキを不憫に思った伯母の大学の入学祝いは、父の目の前で母親に取り上げられた。


誕生日祝いがないユキ。…自分の誕生日の誕生石。お金を隠して買った、ユキの宝物。

……ユキが最後に見たものは、ユキを「幸せ」にさせた。



自宅で死んだら、迷惑だとユキは両親に言われ続けていた。

でも、ユキの「母親」は、布団に移ったユキの温もりだった。ユキは母に抱かれた事がなかった。「母」の温もりを感じで逝きたかった。

…ユキの「母親」は、ユキの死と共に冷たくなっていった。



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