くるり『坩堝の電圧(るつぼのぼるつ)』(2012年)
98年にデビューしてから長いキャリアを持つくるり。このアルバムを含めて10枚のオリジナルアルバムの中で、間違いない、これは最高傑作である。2012年を代表する名盤の誕生だ。
最近のくるりは、『魂のゆくえ』,『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』と、ソングオリエンテッドな歌もののアルバムが続いていた。詩情と感情を細やかに表現する岸田繁のボーカルと、良質なメロディを堪能できるアルバムだった。だが、初期のオルタナギターロックや中期のテクノ・エレクトロニカに接近した音楽性のような、視界が一気に開けるような革新性には乏しかった。ある人は、最近のくるりを指して、「枯れた音楽性」とも言った。神聖かまってちゃんのの子なんか極端で、くるりは最初の2枚までだよねなんて本人が2chに書いていたのをどこかで読んだ記憶がある。
だが、『坩堝の電圧』は「枯れた音楽性」と言う人も、
の子のアンチキショウ(笑)も満足させる革新性があると思う。
そして、何よりも熱に満たされている。バンドを始めた頃の初期衝動のような熱だ。ギター・チェロの吉田省念と女性トランペッター・ファンファンの加入も大きい。最近の岸田さんのシンガーソングライターとしての側面が強く出たアルバムとは違い、新しいメンバーを加えてバンドメンバー全体で音楽を作っていく姿勢になっている。バンド感が増して雑多な音楽性が坩堝の中のように溶け込んだ演奏からは、心から楽しんで演奏していることが感じられる。
『坩堝の電圧』というアルバム名に関して岸田は、
「これは「taurus」の中に“坩堝”が出てくるんですけど。このアルバムがいろんな坩堝そのものについて歌っているなあと思って。そして“ボルツ”という言葉が出てきて。電圧が高い韓国で録った作品でもあるし。『坩堝の電圧』で回文になるなと思ったら惜しかった!みたいな感じも、このアルバムで歌っていることっぽいのかなと(笑)。そこから名付けましたね。」
とその由来について語っている。
(『トーキングロック!』2012年10月号)
全19曲もあり、ボリューム満点のこのアルバム。だが、72分という長さに退屈しない。自分の好きな漫画の新刊を読む時のようにわくわくしながら、次から次へ曲が進んでいく。アルバムの曲それぞれに、坩堝の中で様々な国籍の様々な背景を持った人と人がまぐわり、摩擦し合っているかのようなエネルギーを感じる。アルバム全体でも、これ程音楽的なバラエティに富んだアルバムは他に思いつかない。多様な音楽性を持った曲がひとつのアルバムの中で坩堝の中のようにひしめいている。
ヘヴィメタルに接近しつつ、重苦しさを感じないオルタナギターロック、「white out(heavy metal)」でこのアルバムは幕を開ける。雪や雲で視界が白一色になるホワイトアウトのように、くるりの手の込んだ濃密な音楽に脳内が満たされる。
次の曲はジプシーブラス調の「chili pepper japonês」。超高速で、くるり史上最高のBPMの曲だという。山椒のピリピリとした刺激で、意味の律儀な世界から自由になる。最後にメンバーが「お遍路」と言うのも意味が分からない。最初聴いた時はあぜんとするだけの曲だったが、何度か聴くうちに痛快な曲だと思うようになった。
「chili pepper japonês」があっという間に終わり、先行シングル曲の「everybody feels the same」へ。明るく開かれた雰囲気のロックンロール。だがその雰囲気の中で「KAKUEIが作った上越新幹線に乗って SPEEDIなタイムマシーンは新潟へ向かう」と歌い、資本主義の発展と挫折(原発事故)を風刺している。だが、その風刺が諧謔にも倒錯にも感じられず、とても自然に歌われている。後半の世界の都市名の連呼は、人口密度の高い都市の上位を並べているという。世界の都市をお遍路して回り、最後に「走れ 泳げ もがけ 進め 進め」と歌われると、まっすぐに背中を押されている気分になる。
その後も多種多様な曲が続く。soma,dancing shoes、jumboあたりが僕のお気に入りだ。
somaは歌ものくるりの最前線だ。壮大で堂々とした足取りのトランペットに胸がすく。トランペットの音色は海岸の雄大な景色のよう。高田漣のペダルスチールは寄せては返す波のよう。堀江博久のピアノは波しぶきの一瞬の煌めきのよう。岸田さんの歌唱に憂いを含みつつもさわやかな風を感じる。
dancing shoesはマイナーキーの踊れる曲。Arctic Monkeysにも同名の曲があるけれど、曲名は意識したのだろうか?踊れる曲なのに、「踊りたいのに踊れないのは シューズのせい」と歌う諧謔が、曲のグランジ色とマッチしている。思わず笑ってしまう場面がたくさんあるのに笑ったら罰ゲームという、ダウンタウンの笑ってはいけないシリーズのようなねじれた構造で踊ってしまう。踊りたいのに踊れないことをシューズのせいにしたり、揺れる世界(震災)のせいにしたり、相手のせいにしたり、自分のせいにしたりして心がゆらゆら揺れるという歌詞の内容は、3.11以降の僕たちを表現しているようにも感じる。しかし、そんな小難しいことを思わずにもいつの間にか踊ってしまっている。
jumboはba.の佐藤征史が作詞作曲を手掛け、メインボーカル・リードギターも担当している曲。ニューウェーブでファンクなテイストの楽曲で、脈打つベースがかっこいい。ローリングストーンズを模したと思われる間奏のギターリフや、佐藤さんの“カモン!”のシャウトはどこかお茶目。歌詞はシンプルな生活の格言が並んでいるかと思えば、「目を覚ませば ここは異国の地」と突然異国の地で目覚める混沌もある。シンプルでありつつ、突飛さもある歌詞と、イントロからアウトロまで目まぐるしく変わる曲の展開。中毒性が高い曲だ。次のアルバムでも佐藤さんには一曲書いてほしいな。
アルバムを通して聴くと、長さは感じるがそれは人生の長さにも似ている。ああ、辛くとも楽しくとも、こんな風にあっという間に人生が過ぎ去っていけばいいのに!
最後の曲、glory days。この曲が一番好きだ。ストイックに4分のスネアを刻むドラム。流れる時代のようなギター、過去を時折思い返しているようなトランペット。過去の歌の歌詞が歌われるところで胸が震える。過去と現在の岸田さんと僕たちを一緒くたにして遠くへ連れて行くようなディストーション。この箇所を全19曲のアルバムの締めくくりに聴くと、長い旅路の果てにどこか別の次元にたどりついたような心地になる。
こんなに音楽に胸が高鳴るのはいつぶりだろうか。感動と稲妻に打たれる。雄しべと雌しべがふれ合う季節さながらに、くるりの音楽にそんな季節がやってきた。
Score 7.7




