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きのこ帝国『猫とアレルギー』(2015年)

きのこ帝国のメジャー1stアルバム。良い歌詞、良いメロディ、良いサウンド、三拍子そろった傑作。


風通しの良い楽曲群からは、相手と正面からコミュニケーションしようとする意思を感じる。


きのこ帝国はアルバム『eureka』以前は心にまとった鎧の隙間からコミュニケーションの可能性を探っていた。それが名曲「ユーリカ」のように魂の叫びを思わせる純度の高い表現になって現れていた。


今作では鎧は脱ぎ捨てられ、ありのままをありのままに見つめる自然体の音楽になっている。


前アルバム『フェイクワールドワンダーランド』よりも、そのモードは開放的だ。『フェイク~』に収録された楽曲は、コンプをかけたドラムにリバービーなギターが乗る「クロノスタシス」に代表されるように、今作よりもサウンドの密室性が高かった。


シングル曲の#7「桜が咲く前に」の上モノの少ないAメロのように、自分の過去や弱みをさらけ出せるような開放感が今作にはある。シングルからアレンジされたイントロのピアノの切なく華麗な音色とメロディに、松任谷由実の「春よ来い」を思い出した。ニューミュージックの旗手として、歌謡曲と演歌が主流だった邦楽界に自由をもたらした松任谷(荒井)由実を連想させるくらい、今作のきのこ帝国の音楽には風が吹いている。


UK PROJECTからメジャーレーベル(ユニバーサルミュージック合同会社 EMI Records)に移籍したきのこ帝国だが、そのためもあってか別れの歌が多い。UK PROJECTのサンプラー(2015年)の小冊子を読んでも分かるとおり、UK PROJECTに愛着を感じていたきのこ帝国だから、別れの歌は古巣のUK PROJECTとの別れのことも歌っていると読み解くこともできるだろう。


今作の別れの歌では、別れた後でも「あなた」のことを想ってしまう気持ちが共通している。しかし、未練がましくなく、心は清々しいまでに晴れ渡っている。別れた「あなた」を本当に愛していることが伝わってくる。別れた後に子供と手を繋いでプールサイドにいる「あなた」の夢を見たという#12「ひとひら」の歌詞は、これからも新しいアーティストの活動を見守っていくUK PROJECTへのメッセージとも受け取れるだろう。歌詞カードの最後、スペシャルサンクスの箇所にはUK PROJECTの名前がある。


そんな深読みをしなくても、ミッドテンポのサウンドに別れても進んでいこうとする気持ちを乗せて歌う#9「ありふれた言葉」のように、聴いている側も前向きな気持ちになれる曲がそろっている。この曲の後半のハンドクラップは、悲しみながらも進もうとする意思を応援する温かい手拍子のように響く。


かと思えば、歌謡っぽいメロディがどことなく椎名林檎の「歌舞伎町の女王」を連想させる#5「スカルプチャー」 、曲名に似つかわしくなくボーカルとギターに深いリバーブをかけたスローテンポの#6「ドライブ」、繊細で細やかな曲調から一転してラウドな#10「YOUTHFUL ANGER」が収録されているなど、バラエティに富んだアルバムになっている。


メジャーレーベルに行っても、大衆性に魂を明け渡していない。「クロノスタシス」と近い世界観で歌われる#3「夏の夜の街」で、「君」に借りたのはCANのアルバムだし、「君」が買ったらしいのはザ・スミスのTシャツだったりする。今作でのきのこ帝国は、よそゆきの格好ではなく、普段着と同じ格好だ。今のきのこ帝国の音楽は、自分達の音楽的なエゴを追求することが、そのまま大衆性にも繋がっている幸福な形になっているのではないか。メジャーレーベルから出すのに、初回限定版などを出さず、1種のみのCD発売というシンプルな売り方もきのこ帝国らしい。


メジャーレーベルに移籍するなど、状況が良い方に転がっていく中で、 爽やかな疾走感にあふれた作りの#4「35℃」がBPMの速いアレグロの曲なのに、35℃の少し冷たい平熱の言葉であるなど、浮き足立ってない。


今作のムードは過去の作品と比べて明るいが、それは能天気な明るさではない。一度、本気で絶望したことのある者の音楽だ。神聖かまってちゃんと対バンしたようだが(残念なことにこの日のかまってちゃんは不調だったようだ)、神聖かまってちゃんと同じく、陰と陽のバランスが絶妙なのだ。「きのこ」と「帝国」、「神聖」と「かまってちゃん」という、バンド名に含まれる単語同士の不調和の具合もその象徴だろう。


アルバムタイトルに「アレルギー」という言葉が入っているのは周囲の物事に対して覚える違和感の隠喩だと思うのだが、きのこ帝国も神聖かまってちゃんも自身の内にある違和感が上手い具合に音楽に結実している点が共通している。


さて、今作では優しさの要素を僕は強く感じる。アルバムタイトル曲の#1「猫とアレルギー」はピアノをバックにしたボーカルで始まるが、ピアノもボーカルもぬくい優しさにあふれている。途中から差し込まれるストリングスが、聴いている側の悩みを吹っ切らすように鳴り響く。 アウトロのギターの高鳴りは、フロントウーマンの佐藤千亜妃さんが後悔とやり切れなさを吹き飛ばしてでも先に進んでいくと高らかに宣言しているように聴こえる。


続く#2「怪獣の腕のなか」も繊細ながら包容力にあふれた優しい曲だ。このアルバムで僕が一番オススメしたい曲でもある。「誰かを拒むための鎧など 重たいだけだから捨てましょう」などの歌詞を聴くと、もちろん「あなた」へ向けた歌詞なのだが、佐藤さんが過去の自分に贈っている曲のようにも聴こえる。ここにきて、佐藤さんは完全に過去の呪縛から脱したようだ。


「怪獣の腕のなか」で「あなた」の弱い所も含めて愛する姿は、#11「名前を呼んで」 で I love all of you.と歌い、「あなた」の全てを愛そうとする姿と重なる。匿名を装うために顔を覆っていた前髪を切り、そこには佐藤さんを含めたきのこ帝国のメンバーが一人の人間としている。僕はきのこ帝国の名前を呼ぶように、音楽を通して一人の人間として彼女らの音楽と対峙している。きのこ帝国が「I love all with you.」と歌うように、彼女らの音楽を聴いている間はリスナーも周りの全てを愛することができるように、その一歩を踏み出せるかもしれない。


最後の曲(#12「ひとひら」)にライブで盛り上がりそうな高揚感のあるアップテンポの曲を持ってくることに表徴されるように、今のきのこ帝国には勢いがある。このままの勢いで進んでいってほしい。


Score 7.1

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