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神聖かまってちゃん『児童カルテ』(2019年)

●切迫した青春をホーリーな筆致で描く


ここしばらくヒゲダンの新譜ばかり聴いてきたのだが、本作を聴いて僕の心にジャストフィットするのは、ヒゲダンのまっすぐな音楽ではなく、神聖かまってちゃんの奇形の音楽なのだなと、少し悲しいけど再び悟った。


2010年代に出てきたバンドの中でロックの意味性(ある意味幻想)を最も体現してきたバンドは神聖かまってちゃん、andymori、毛皮のマリーズの三組だと思う。他の二組は散ってしまったが、僕らにはまだ神聖かまってちゃんがいる。今、リアルと"自分らしく"の摩擦熱ですり切れそうな危ういバンドは彼らだけだ。


僕にとって現在、中高生時代はノスタルジーの対象だが、当時の僕はもっと切羽詰まっていたはず。本作『児童カルテ』にはそういった思い詰めたような青春が詰まっている。リアルとの摩擦熱が火を立て、その煙がスモークとなってホーリーな空気を演出するような、そんな作品だ。肉感的なリズム隊、細かく埋め尽くされたウワモノ、の子のボコーダーも交えたボーカルが確固とした世界観を築いている。


そんな急迫した青春が本作で最も表現されている曲が#1「るるちゃんの自殺配信」だと思う。デモ音源の時から気になっていた曲だ。の子がセーラー服を着てボコーダーでこの曲を歌っているのをライブで観た時、心の体温がじわっと上がるのを感じた。バンド音源版も楽器隊の演奏のフックがふんだんに盛り込まれてゴージャスで素晴らしい。「人間どもはバカだにゃあ」と繰り返すアウトロも、人生なんてそんなもんさと言われているようで、気持ちが軽くなる。オススメの曲だ。


#2「毎日がニュース」はイントロやサビでサウンドに色付けするバイオリン(シンセ?)や短い時間に感情を発散するような一閃のギターソロが印象的なアグレッシブな曲。


「黒いたまご」や「白いたまご」を彷彿とさせる電子音楽の#3「Girl2」。黒魔術の儀式をしているような妖しさ満点の曲で、途中で高速ラップを挟むような遊び心もある。


待望のバンド音源化の#4「聖マリ」もホーリーに切迫した仕上がりで胸が熱くなる。ハイテンポだと具象的になりやすいから、深淵を描く曲はスローテンポからミドルテンポの曲が多いと思うのだけど、この曲はハイテンポでアッパーに深淵へと誘う名曲だ。オススメ!


神聖かまってちゃんお決まりのドラムパターンから始まる#5「静かなあの子」。ホーリーな雰囲気で、本作『児童カルテ』は『幼さを入院させて』と同じく、ホーリーな空気感を大切にしたアルバムであるのだなという思いを強くする。


#6「おやすみ」は彼らの楽曲「おはよう」と並べられるような静かな曲で、賛美歌のようなムードにおごそかな気分にさせられる。の子のたぎり立つようなリビドーが静かに眠りにつくような安らかな曲だ。


#7「バイ菌1号」はその曲名から「通学LOW」や「制服B少年」のようなカオティックな曲を想像していたのだが、意外にオーソドックスなソングライティングの曲だった。自分をバイ菌に例えるような不全感が湿り気なしにカラッとした空気感の中で歌われる。


#9「ゲーム実況している女の子」はパンキッシュな音楽性で楽しませてくれる。ゲーム実況を曲想に据えるあたりは、さすがインターネットポップロックバンドの面目躍如だ。


#10「幽霊少女シニテー」は実験的な作風だが、ユーモラスで痛快。生と死をごちゃ混ぜにするようなおおらかさが辛い人生を1ミリでもユルくしてくれるような、そんな曲。


新録の#11「夜空の虫とどこまでも」は完成度の高さと音響の豊かさに彼らの成長を感じた。ビルドアップされた演奏の広がりに、夜空をどこまでも行った先にある宇宙を幻視する。


#12「匿名希望くん」は、"の子"の素顔の表情が見られる3分弱の短い曲。初期曲「ちりとり」の時と違い、諧謔を交えずに素直に愛を伝える"の子"の裸の歌声が心にしみる。匿名希望という言葉を匿名を希望に変えていくと捉える発想が新しい。「僕を名指しで 呼んでくれるか/全て抱きしめてくれよ 今夜」という歌詞は、インターネット時代のキラーフレーズだろう。


アップルで予約ダウンロードするとついてくる「ミーミークラッシュ」は熱心なファンは嬉しいだろうけど、歌ものが好きなライトなファンにとっては必要ない曲でしょうね。


本作には、自殺配信をする少女ら、様々な生き辛さを抱える少年少女が登場する。自身もかつては「死にたい」を叫び歌う生き辛さを抱え、今も悩みは尽きない"の子"が彼ら少年少女の生き辛さを同じ目線に立って描写し、最後の「匿名希望くん」でそれでも人を愛せるんだよと歌う感動的な作品だ。


本作『児童カルテ』は革新的なのだけど、大衆を遠ざけるような気難しさはない。そして、神聖かまってちゃん印の世界観でそれぞれの曲がまとまっている。奇形でユーモアあふれ、リアリティと現実離れを同時に感じるような世界観だ。


本作はの子の天才性を枷なく解き放ったアルバムだ。他のメンバーもの子の才気にしっかりと応えている。ロキノン系や「邦楽ロック」界隈に媚を売らないアートアルバムでもある。自由に絵を描くように音楽を作ってきたの子が、バンドでもそれを緻密かつ精巧に行った名盤だ。


#8「ディレイ」の終盤での子のボーカルの後にちばぎんのボーカルがディレイのように遅れて繰り返される箇所に熱くなる。そう、ディレイのように、の子の熱に感化され、ちばぎんも熱を持ってここまでやってきた。ここからだという時の脱退が悲しい。だが、ちばぎんにとって何が幸せなのかは、ちばぎんが決めること。ファンの決めることじゃない。


僕らリスナーもの子の熱に感化されるようにしてここまでやってきた。神聖かまってちゃんに影響されたバンドや創作物も続々現れてきている。の子という一人の天才が世界の人々を動かしている。僕はそこにカルチャーの夢と理想を見る。神聖かまってちゃんという文化が絶えないことを祈っています。


Score 8.4/10.0

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