玉屋の日常 2話 残業お疲れ様です。
あけましておめでとうございます、本年もどうぞ宜しくお願い致します。
突発的な衝動により異世界転生モノを書いてみましたが、あまりの空気っぷりに落ち込んだ後「まあ楽しんで書けてるからいいか」と撞球道と同じ開き直った結論になりました、良いのか悪いのか(笑)
「あ、桜井さん、残業お疲れ様です(笑)」
そう言ってニヤリと笑いながら沙樹ちゃんが出迎えたのは常連の桜井さん。
現在の時間は18時ちょっと過ぎ、自分は職場から近いので、定時に仕事を終えて家に帰って着替えてすぐ来れば18時前位にはクロスロードに来れるのだが、確か桜井さんはちょっと遠い自動車ディーラー勤務だった筈。
時間的に定時に仕事を終えてそのまま直行したんじゃないのかこの人?
証拠に桜井さんはスーツ姿のままで「THE・仕事帰り」と言う雰囲気を醸し出している。
「残業??」
キョトンとした顔の自分に、桜井さんはニヤニヤしながら言った。
「これから22時位まで残業の予定でさぁ、家に着くのは23時位になっちゃうよ、いやぁまいったね」
手にはキュー、スーツの上着を脱いでネクタイの先は胸ポケットへ。
完璧な残業スタイルであった。
ああ、そいうう事ね。
「じゃあ桜井さん、僕も残業に付き合いましょうか?」
ニヤリと笑いながら言葉尻に乗っかってみると、桜井さんは「日吉君も仕事熱心だな」と言って笑った。
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その後、いったん家に帰ってからクロスロードに来る常連さん達で店は込み始める。
田畑さん:「おー、桜井君、今日は残業?(笑)」
桜井さん:「ええ、最近忙しくて、帰宅が遅くなってしょうがないですよ(笑)」
どうやら桜井さんの「残業」は結構有名な事らしい、自分はまだ独身なので好きに時間を使えるけど、既婚者ともなると「自分の時間」を確保するのも大変なんだろう。
結局合い撞きから田畑さんと沙樹ちゃんを加えたジャパン・ナインになだれ込み、6ゲーム1セットの用紙が5枚目になった頃。
桜井さん:「うわっ、やべっ、もう23時じゃん。ラスト1枚で」
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、23時と聞いて自分もちょっと焦る。
自分の場合は遅くなろうが叱られたりはしないんだけど、純粋に睡眠時間が削れると翌日の朝が辛い。
結局店を出たのが、23時20分ごろ、家に着くのは24時ごろになってしまった。
「桜井さん、大丈夫だったかな」
流石に午前様は不味いんじゃないだろうか、奥さん激おこの可能性大。
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翌日、再び「残業」で店に居る桜井さんに聞いてみた。
「昨日大丈夫だったんですか?」
「いや、すっげー怒られた」
ですよねー。
いや、だったら昨日の今日でまた来てる場合じゃ無いのでは?
まあ最初は「仕事の付き合いで無理矢理付き合わされたんだから仕方ないじゃん」とかで誤魔化してたんだけどさ・・・
そこで桜井さんはその事を思い出し、笑いながら言った。
「ワイシャツにチョークの跡が付いちゃってた」
「あー・・・」
ビリヤードでは手玉とタップの摩擦を大きくするためにタップにチョークを塗る。使い込んだチョークは真ん中の部分が凹んでくる、大抵チョークは使用面を上に向けて置く、そしてショットする時にそのチョークの上に覆いかぶさるように構えてしまうと、ワイシャツの腹のあたりに、明らかにビリヤード以外では付かない不自然な青い円形のチョークの跡が付いてしまうことが有る。
「それは言い訳できませんね」
「そ。カミさんがビリヤード知らなければ誤魔化しようも有るけど、うちのカミさん元プレイヤーだから誤魔化しようもない(笑)」
「ダメダメじゃないですか(笑)」
一応笑い話として話してくれる位だから、深刻な感じじゃないだろうけど、それでまた今日来てたら流石に奥さんキレるんじゃないだろうか?
その辺を聞いてみると、桜井さんは楽しそうに言った。
「だから言っただろう、うちのカミさん元プレイヤーだって。この楽しさも、この悔しさも知ってる訳よ」
そういって桜井さんはニヤリと笑うと、接客が一段落して暇そうな沙樹ちゃんに声を掛ける。
「って訳で沙樹ちゃん、田畑さん来たら昨日の続きな!負け分は自分で取り返せってカミさんにも言われてっから(笑)」
なるほど、この楽しさと悔しさを知ってる・・・か(笑)
負け分と言っても別にガチのギャンブルって訳でも無い、負けたところでせいぜい数百円~、大きく負けたとしても3千円にもならない程度だ。
ただすっげー悔しいんだよね。
金額じゃ無く・・・純粋に負けた事や、自分のミスに対しての後悔とか「何で○○出来なかったんだ」的な自己嫌悪がもう大変な事になる。
ああ、奥さんの方も元プレイヤーならこの「このままじゃ終われない」って言うか「NEXT!!」って叫びたいこの気持ちを理解してくれるって事ね(笑)
自分も昨日は桜井さん程では無いにしろ、負け越していて、だからこそ職場から直行してくる桜井さんより先にこの場所に居るんだし。
その時、入り口のドアが開きベルの音が店内に響く、沙樹ちゃんが「いらっしゃいませー」と言いながら振り向くと、入ってきたのはたった今話題に上がっていた田畑さんだ。
「おお、なんか今日はみんなやけに早いな」
そんな風に何事も無かったような自然な振る舞いで、コーヒーを注文する昨日の勝者に、自分と桜井さんは揃って声を掛ける。
「「お待ちしてました、どうぞこちらに」」
テーブルには既にラックが組んであり準備万端、それを見た田畑さんが面白そうに笑う。
「やる気満々じゃねぇかwww」
「当たり前ですよ!」
「さあ行きましょう!!」
こうして金曜日の夜は更けていく・・・・・・・・・・・・・・・・
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明日は休みだという事で、もう0時を回っているのに桜井さんは相変わらずビリヤードを楽しんでいた。
そっか、ビリヤードに理解がある奥さんだとこう言う事も有るのか・・・
何となく視線が沙樹ちゃんの方に行ってしまう、それに気付いて自分で焦る、いやいやいや無いでしょ、それは。
でもさ、、、万が一とか無いかな?
そんなことを考える時点で好きになっている訳なんだが、既にそっち方面に関しては諦めに入っている健吾。
「日吉君の番だよ」
「ういーす」
さて・・・盤面を見て「出し」を考える健吾の脳裏からは、先程の青春チックな思考が一瞬で消え失せる、そう、このビリヤードの配置を前にしては、他の考えはノイズでしかないのだ・・・
あ・・・ビリヤードプレイヤーに独身が多い理由が分かった気がする。
完結=連載中のいじり方も解ってきたので「完結」ではありますが、ちょいちょい番外編が更新されることが有ります。完結前は1か月に1回は続きを書くよう努めていましたが、これからは完全に「気が向いたら」になるので定期的ではなくなります、ご容赦下さい。




