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三十路から始める撞球道  作者: 想々
第一章 ビリヤードを始めよう~C級編
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マイ・キュー

 


 ゴールデン・ウィーク中特にやる事もないし・・・そんな理由で始めてみたビリヤードだったが・・


 気が付くと完全にドハマりしていた。


 ゴールデン・ウィークが終わっても3日と開けずに「クロス・ロード」に通っている。最初はずっと一人で練習していたが、段々腕が上がるにつれて「誰かと対戦してみたい」という欲求が沸いてきて、古賀さんに何人かのB~C級(時にはA級)の常連さんを紹介してもらい、相撞きする様になった。


 流石に、コミュ障インドア人間にとって初対面の人にいきなり声を掛けるのは難易度が高いので、こういった仲立ちをしてもらえるのは、実に有難かった。


 常連さんは年上の人が多く、大人だけあってコミュ力も高いので話やすい。もちろんビリヤードも上手で見ているだけでも勉強になるし、取り方、考え方、技術的な事など色々教えてくれる。


 そういった会話の中で、何度か言われたのが「日吉くんも、そろそろマイ・キュー買った方がいいんじゃないの?」というものだった。


 正直それは自分でも考えていた。


 ハウスキューと違い、マイキューを持てば、常に同じコンディションのキューでプレイできる。パワーやキレ、見越しの大きさといったものはキューごとに異なる。ほんの僅かな感覚の差がシュートやポジションの精度に大きな影響を与えるビリヤードにとって、これは重要な事だ・・・


 というのが第一の理由な訳だが、それよりも何より。


「だって、格好良いじゃん?」


 キューケース片手に店に入ってくる常連さんは多い、そうしてマスターと一言二言話した後テーブルでキューを組み立て始める姿は、いかにも「やってます」という雰囲気が伝わってきてカッコいいのだ。キュー自体も芝キュー(ハウスキューの事を年長の常連さんはこう呼ぶ)と違い、ハギやインレイといった装飾が入っていて綺麗だ。


 「よし、キューを買おう」


 そう決意した自分だったが、ビリヤードのキューってどこで売っているんだ?

 こういう時は古賀さんに相談するに限る。もはや定番と言った感じで開店直後で空いているはずの「クロス・ロード」へと向かうのだった。




「なるほど、マイ・キューですか」


店内に他のお客の姿はなく、古賀さんはすぐに話を聞く体制に入ってくれた。


「欲しいキューが決まっているなら、うちから注文しますので、モノが届いてから代金を払っていただければ結構です。初めてなら「アダム」か「三木」の国産キューメーカーのシリーズが安定ですけど、1点物の海外カスタムキューなんかは「自分だけのキュー」といった感じで所有感があります。こちらのカタログにオーソドックスな物は載っています、そしてこちらのサイトに・・」


 古賀さんがカウンターの中のPCにキューショップのページを表示させる。


「カスタムキューのページがあるので、一通り眺めてみたら良いと思いますよ?」


 なるほど、キューはスポーツショップ等で買うのではなく通販がメインらしい。確かにゴルフクラブや野球のバットなんかはスポーツ用品店なんかにも置いてあるのを見るけど、ビリヤードのキューは無いもんな。モノが決まれば通販手続きもやってくれるようなので、お言葉に甘えて、受け取ったカタログに目を通し始める。


「第一印象、思ったより高い!」


 明らかに初心者用と分かるプリントキュー(キューのハギやインレイが本物ではなくプリントの物)とかなら安いが、それではハウスキューと性能が変わらない、しかし、そこそこのグレードのものだと全く装飾の入っていないストレートのキューでも40000円~といった感じだ。


 ここまでハマってしまった以上、安物買いはしたくない。多少高くても自分の気に入ったキューを買いたい。心の中で予算を10万円に設定しカタログを眺めていく。ここに載っているのは既製品の筈だが高級なシリーズになると1本30万円以上のものも有った、そういった中から好みと予算に合わせ、いくつか候補を決めていく。


 一通りカタログを見終わったあと、今度はPCを借りてキューショップのカスタムキューのページを眺めていく。


 やはりカスタム・キューは一点物というだけあって綺麗なキューが多かったが、価格もその分高額だった。

そしてその中でも一際綺麗で、芸術品のようなキューが表示されているページに差し掛かった時である。


「古賀さん」


「どうかしましたか?」


「この、価格:ASK って何ですか?」


「それは、「相談」だね、つまり時価って事かな。」


「時価!?」


 このページに有るキュー「バリー・ザンボッティ」「ブラック・ボア」などのキューは軒並み価格がASKだった。古賀さん曰く相場は150万円~だと言う。

アメリカだと「ガス・ザンボッティ、ジョージ・バラブシュカ、デビット・ポール・カーセンブロック」などには更に高い値段が付くらしい。あれか?ファンタジーで言うところの至高の三英雄とかのレジェンドリー・アイテムとかですか?


 もうそれ、キューの値段じゃ無いよね・・車買えるじゃんか。


 正直カスタムキューは完全に予算オーバー、自分には関係ないなと思いながらページをスクロールさせていると1本のキューメーカーのキューに目が吸い寄せられた。


「格好良い・・・・」


 バット部分にはシンプルなハギが入っているだけだが、バットエンドのインレイとその上下に入っているボックスリングが何ともクラシカルで美しく、思わず見とれてしまう、しかもそこは特価品のページで通常より大分安くなっているらしい。それでもお値段30万円、予算の3倍だ。


 PC画面を凝視する自分を、後ろから覗き込んだ古賀さんが呟いた。


「タッド・キューですか」


タッド・キュー:創始者であるダッド・コハラの名を冠する老舗カスタムキュー・メーカー。その特徴的なバットエンドの長さや、ボックスリング、キュー尻のインレイなどから遠くから見ても「あ、TADだ。」と解る。初期のオールドタッドは、パワーやキレが凄い代わりに扱いが難しく、じゃじゃ馬として有名だった。価格が高い上に、扱うためには相応の腕前がいることからプレイヤーの間では二つの意味で「いつかはタッド」と言われる程であった。

                  民〇書房刊・「いつかはタッド」より。



「・・・古賀さん、ネタが古いです」


「まあ実際老舗のキューメーカーですから」


この人も時々よく解らない。


 冗談はさておき、現在のタッド・キューは昔ほど扱いが難しいということもなく、30万円という値段も、実際このグレードのタッドキューなら40~50万円位でもおかしくないとの事なので、お買い得なのは確かなようだ。

 一般的に人気があり安定なのは、国産メーカーやプレデターの「ハイテクシャフト」と呼ばれるシャフトを搭載したハイテクキューやランブロスなどのカスタムキュー、つまりトビが少ない(横を撞いた時のズレが少ない)扱いやすいキューなのだが・・こういう「ほかの人が使っていない」キューを使って、それで強かったら相当カッコイイよな・・・


 キュー尻の「TAD」の刻印が自分を誘惑する。


「でも30万か・・・」


 そこに悪魔の囁き。


「カスタムキューは、中古でも取引されるので資産としても価値がありますよ?」


 実際一点物のカスタムキューは製造本数が少なく、少ないところだと年間数十本しか作られない、新品をオーダーするには数年~十数年待ちという事もあり、こうした所で売っているキューも中古をリペアして販売する事がほとんどだそうだ。

もちろん何らかの理由で価値が下落する事はあるが、資産価値の高い人気のキューをリペアして売る時の価格は、買った時と比べてそこまで低くならないと言う。


「そうだ、これは資産なんだ、けして無駄にはならない!」

誰に対しての言い訳なんでしょうか。


 元々「レアアイテム」に弱いオタク体質が顔をのぞかせた時点で、もう無理だった。


 日吉健吾30歳、タッド・キューお買い上げ。


 車を買って以来の大きな買い物だった。




「で、キューケースはどうします?」


 忘れてた・・・キューを買ったらキューケースも要るよね。


「中古ですけど、前に買い替えでいらなくなったキューケースとブレイクキューをほかのお客さんから預かっているんですよ。大きな買い物をしてもらいましたし、良ければセットで1万円でどうですか?」


 「買います!!」


 図らずもブレイクキューまで揃ってしまった。キューケースもブレイクキューも買えば15000円~30000円位する、それをセットで1万円とか有り難すぎる。大きな買い物って言っても古賀さんの懐には全然入らないのに・・・


 後から解ったことだが、この古賀さん、いわゆるキューマニアであるらしく、店に大量のカスタムキュー(もちろんお客さんの物だけど)があるのが嬉しくてたまらない人らしい。


 「道理で詳しい訳だ」


 でも、騙されたとかそんな気は全くしなかった、それより今は自分の相棒が届くのが待ち遠しくて仕方が無い。また、そういった人であるのでカスタムキューの売買に関するルートが有るらしく、キューを売る時はもちろん、7桁のキューに手を出したい時にも相談にのってくれると言っているが。


「流石にそれは・・ねぇ?」




人との出会いも一期一会ですが、物との出会いもそうである事があります。

あの時買っておかば良かったー、なんて記憶がある人も多いのでは?

インスピレーションは大事ですね。

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