沙樹ちゃん視点 アマナイン女子級一回戦 マイ・システム
6-5
あと1ゲームが遠い。
アマナイン女子級一回戦、相手は東京代表の一人。(東京は人口が多い分代表枠が多い)
調子よくゲームをリードしている筈だった。
セーフティーの調子も良く、まだミスらしいミスは出ていないにもかかわらず、ジリジリと追い着かれている、やっぱり相手も都の代表、一筋縄ではいかない。
先程のゲームを思い出す。ハイボールの7番、きっちりセーフティーを決め8番に隠して相手に手番を回した、そのボールをジャンプショットで決められて取り切られてしまったのだ。セーフティーをジャンプショットで返されたのはこれで2回目、もしかしたらジャンプショットが得意なのかもしれない。
相手は私よりちょっと年上、20代半ば位だろうか、女性にしては高身長、ヒールの分も合わせれば175cmくらいあるかもしれない。スラっとしたモデル体型で、キューを立てたジャンプショットのフォームもサマになっていてカッコいい。
「なんだろう、このちょっとモヤっとした感じ・・」
今もチョークを手に考えている姿が、立っているだけなのに絵になる。
「むう」
なんか負けた気分・・・
「いやいや、ビリヤードのゲーム内容とプレイヤーのビジュアルは関係ないし!」
丁度相手のショットが終わり、自分の手番が回ってきたところで、モヤっとした気分を振り払う様に自分に言い聞かせテーブルに向かう。
配置はさっき自分が仕掛けたセーフティーとほぼ同じ様なボール。
相手はこれをジャンプショットで見事に決めてきた、対抗する様に一瞬ジャンプキューを手に取るが、すぐに考え直す。
正直ジャンプショットは得意じゃない、ジャンプショットはキューを45度位、場合によってはもっと立てて構えないといけないが、私の身長だとグリップが頭の横に来てしまう。
結果としてキューの真上から厚みを見ることが出来ないし、ストロークもサイドストローク気味になってしまう。一応ジャンプキューは持っているし、多少の練習はして飛ばすことは出来る様にはなったけど、どうしても精度が出ない。
その代わりに磨きをかけたのがクッションだ、一応前クッションから入れに行ける厚みは有る。後ろから覗き込み、そう判断する。
「多分入れれば8番をサイドに狙えるところに出る筈!」
前クッションからの引っかけ、こういうショットではシステムや計算式なんかはほぼ役に立たない、ひたすら繰り返し練習をして掴んだ感覚を信じるしかない。
撞点は順捻りの右、狙うクッションは・・・もう少し薄めかな・・これ以上手前だと当たらないかも・・ラシャが新品だから少し滑る筈・・
様々な要素を考えながら、狙いを定める。システム云々と言うのは確かに有るが、それはあくまで基準に過ぎない。そこから台のコンディションや力加減、摩擦や捻りなどによる影響を予測し、最終的な答えを導き出すのは、練習と実践による経験しかないのだ。
「これを入れれば勝てる」
大抵こういうショットを外す時は、ファールを恐れて「当てる事重視」で行って厚く外すパターンだ、頭の中を切り替える、「当たっても、入らなければファールと同じ」そう考えて100%入れに行く!
「ここ!」
直感的に感じた瞬間キューが出る。
手前のクッションに入れた手球は7番を引っかける様に払う、そして7番は__
コーナーやや手前のクッションに入り、コーナーポケットの手前の角を往復して止まった。
「____くっ」
残り3球、当然の如くこのセットは取られた。
6ー6
一時は3セット有ったリードは既に無くなり、気付けばヒル・ヒル。
あのジャンプショットから流れが変わった?いや、もともと実力の有る選手なのだろう。
最終セット、まだ相手のプレイは続いている。
減っていくテーブルの上のボール。見ているのが怖くなって、ふと観客席に目をやると叔父さんの隣に日吉さんが戻ってきていた。
叔父さんと笑顔で何か話していたけど、コチラに気づくと拳を握って何か囁いた様に見える。
あれは多分「がんばれ」かな?
雰囲気で試合の結果は自ずと理解できた。
「勝ったんだ・・よし!」
弱気を振り払う様に再びプレイに戻る。「絶対チャンスは来る!」と信じて待っていると、相手が出しミス、残り4球で6番が9番に隠れた。
「チャンス来た!?」と思ったのも束の間だった、対戦相手は3度ジャンプキューを手に取ると何事も無かったようにプレイを続行した。
まず水平に構えて厚みを確認した後、徐々にキューを立てていく独特の構えはスムーズで自信を感じさせる。
「勘弁して」
難しいショットという事は解っている筈なのに、「今日この試合だけで2回ジャンプショットを成功させている」と言う説得力が不安を煽る、祈るように見ている前でジャンプショットは放たれる。
テイクバックで一瞬止まり、そこからストン落とす様にキューが突き下ろされると、手球は綺麗な放物線を描いて障害物である9番を飛び越え6番へ。
だが撞点が少しズレたのだろうか、着地した後の手球は大きくカーブして6番には当たってセーフでは有るもののポケットは出来ず、やっと手番が回って来た。
「ふー、、心臓に悪い、隠れているボールをそんなにポンポンジャンプで入れられたらたまらないよ」
安堵のため息とともに脱力していた表情が、配置を見て凍り付いた。
「・・・で、回って来るのがこの配置なの?」
残りは4球、先程と同じように、レールに沿うように隠れている。今回は6番の位置的にさっきの様な前クッションからの入れも狙えない、ジャンプショットで行っても手玉スクラッチが見える。一番入れ易いのは短クッションからのバンクだけど、7番の位置がそれを許さない。
「エクステンション」
どちらにしてもこのセットが最後だ、エクステンションで時間を延長し、考えを纏める。迷いながら撞くのは絶対にダメだ。
長クッションから1クッションのバンクショット?いや、例え入ったとしても恐らく何の解決にもならない。
後は、ツークッション・・・
「・・・それだ」
頭の中にシステム図が浮かび上がっって来る。
基本ラインは手玉50から第3クッション四十のコースが一番近いかな?システム通りなら狙う第一クッションは⑩、つまりコーナーから1つ目のポイントを狙って順捻り。
だけど、何度も練習して確かめた結果、第3クッション三十位まではシステム通りで行けるが、それ以上、例えばサイドポケットの位置である四十を狙うには、第1クッションで狙うポイントを少し変えるか、捻りの量を減らす必要がある、それが私のクッションの癖。
大抵のプレイヤーはこうやって基本のシステムを軸に、自分なりの修正をかけて、自分だけの「マイ・システム」を作り上げる。
ただごく稀に常連の田畑さんのような、システムとか全然知らないけど経験と勘による「大体この辺」ですべてを解決してしまう「本能型」のプレイヤーもいるが、それはあまり参考にならないだろう。
サイドポケットよりやや深めのクッションを狙うラインなら・・第一クッションは⑥~⑦くらいかな、捻りは減らして撞点は真上から・・3ミリ、いや2ミリ左。
実際に構えて、頭の中のイメージとの違和感を修正していく、エクステンションで延長した分も合わせた持ち時間も少なくなり、タイムアップも迫る中コースと撞点は決まった。今までプレイしてきて違和感が無いのだから、台のコンディションはホームとほとんど変わらないはず。
マイ・システムを信じて、コーナーポケット右側のクッションに向けてショットする。
力加減はごく弱く、ギリギリ6番を入れられる力加減、入れただけでは意味が無い、7番に出す!
「トンッ」っと突き出されたボールが静かにラシャの上を転がる、クッションに入った後音もたてずに真っ直ぐ6番に向かう様子は、まるでボールが意志を持っているかのようだった。
「お願い!」
徐々に減速しながら戻って来た手球は、6番に「こつん」と当たった後ゆっくりと停止する、6番はサイドポケットの淵まで行くと一瞬停止、その後一拍置いて転がり落ちた。
「よし!」
と思うと同時に、観客席から拍手と歓声が起きて思わず振り向いてしまった。そう、12番テーブルは観客席から一番近い列に有るのでギャラリーの反応がダイレクトに伝わって来る。
誇らしさと恥ずかしさが半々、だが試合はまだ終わっていない、6番をポケット後すぐに停止したお陰で手球と7番の距離関係はそこまで遠くない、しかし難しいボールを決めた後のイージーボールは気を付けないと。
撞点は下で慎重に7番をコーナーにシュート、手球は微妙にやや横にスライドして停止、8番は順振り、普通に入れればクッションに入った後丁度良い所で止まる筈。
「あと2球」
8番をコーナーへ、撞点は真ん中、怖がらずにしっかり撞く。
ゲームボール____
9番はコーナーへ真っ直ぐ、近くて構え易い、これ以上無い完璧な9番。
それでも湧き上がる不安と手の震えを抑え込んで、ゆっくりといつものメソッドで構えに入り9番を沈める。瞬間湧き上がる拍手、それを浴びながら対戦相手のお姉さんと握手。
「ナイス・ショット、負けたわー」
おどけた様に言うお姉さんは目元が潤んではいたけど笑顔だった、だから私も笑顔で答えた。
「「ありがとうございました」」
対戦表を提出しに、運営席に向かって歩く。この気分の良さは単に「勝てたから」だけではないんだろう、やっぱりカッコイイ人と言うのは顔とスタイルだけじゃ無いんだな。
私も見習おう、そう思った。
システム図ですが、配置図作成アプリの仕様の関係で、「レールの上に文字を入れられない、ポイントを結ぶ線が描きづらい」等々色々あり、少し歪になってしまっています。「大体こんな感じで計算するよ」と言う参考程度という事でお願いします。
システムの名前は「ファイブ&ハーフシステム」です、ビリヤードのシステムの中でも基本的で実用性が高いシステムの一つ。興味がある方はググってみてください(説明放棄w)




