アマナイン一回戦、VS島津さん③
今回は更新期間が空いた代わりに、ちょっとボリューム多めになりました。他の方の作品を見ていたりすると、もうちょっと1話当たりのボリュームを減らしてその分更新回数を増やした方が、待たせなくて済んだりアクセスを稼げたりするのかしら?とも思ったりしますが、あまりブチブチ細切れにするのも何なので原状維持で行きます、ご迷惑をおかけします。
4ー5で迎えた第10ゲーム、自分は不思議な感覚に囚われていた。
手の震えが止まらないのだ。
別にそれは不思議では無いと思うかもしれない、確かに緊迫するゲームの最中だ、緊張で手が震える事もあるだろう。
おかしいのはソコだった、今の自分はソコまで緊張しているとは思えないのだ。
ワンセットダウンを追いかける展開ではあるが、確実に流れを引き寄せているという実感が有った、そして頭の中はいつになくクリアで、冷静な判断が出来ている。
いつも緊張で手が震える時は、同時に頭の中もイッパイイッパイで、心臓もバクバクいってるのが常だ、しかし今はまるで頭と体が別の人間であるかの様だ。
ブレイクショットの体制に入るが憧点が定まらず、一旦構え直す。
「静まれ、俺の右手」
台詞だけ見ると中二病みたいで痛々しいが、本気でそう思った。
コレはあれだな、俗に言う金縛りとかと同じで「体と思考がズレた」状態なんだろう。
頭の中は意思の力で何とか緊張を抑え込んだフリをしてるけど、「体は正直」ってやつか、頑張って平気な振りをしてるけど本当の自分はよっぽどビビってるんだろう。
そう考えると妙に納得できた、相変わらず不自然に冴えた頭でそう考えると、再度ブレイクの形を取る。
こういう時無理をしてもロクな事は無いと思い、厚み重視の抑えたブレイクだったがギリギリイリーガルは回避、ただ1番は隠れてしまった。
少し考えたが、この状況からの上手いセーフティーも思い付かず、「隠れては居ないが入れも無い」という場所にプッシュアウトで持って行く。
島津さんの判断は「パス」
再び自分に手番が回ってくる。
さて、自分で作っておいて何だけど、面倒くさい配置だな・・・1番は本当に「見えているだけ」というのがピッタリだ。
入れは無いので一番でセーフティーに行く。
フローズンだった1番・2番が同時に動く、ここで1番が5番に隠れてくれれば一番よかったんだが、残念ながら見えてしまった。
しかし直接狙えるポケットは無く、これも又「見えているだけ」のようなボールだ、ベストでは無いがひとまず納得して座る。
入れ違いで立ち上がった島津さんは、配置を確認する様に、ゆっくりとテーブルを一周する。
そして「フッー!」と短く息を吐くと、1番に向かって構えに入った。
手玉から1番に向けてほぼ真っ直ぐ、恐らくセーフティー・・
ゆっくりとしたテイクバックから、殺し玉の様に加減をしたドローショット、長クッションから離れた1番は、真っ直ぐに逆サイドのコーナーポケットに向かう!
コーナーへのロングバンク!?
手球は、1クッションで2番へ、絶妙な力加減だ。
本当に狙ったのか、それともセーフティーに行ったら偶々入ってしまったのか、その表情からは読み取れない、しかし事実として1番は入り2番にポジションされた。
島津さんは更に2番を強めの真撞きで叩き込むと、3番に向かって構えようとしたが4番の位置を見て一旦構えを解く、確かにこの4番はいやらしい。
近いサイドポケットは角度が浅く狭くなっている、コーナーは距離が遠く、撞点や角度によって手玉スクラッチが見える。
少し考えた後、改めて3番をポケット、手球はは殆ど動かさず4番をサイドに取りに行く選択肢を選んだようだ。
残りのボールの中で難しいボールと言えばこの4番、出しによっては5番や7番も嫌らしくなることは有るだろうがそこまで甘くは無いだろう、島津さんもそれは解っている様で、少し間を取り丁寧に厚みの確認をしている、レフリーがストップウォッチに目をやる。
もうじき30秒のコールがかかるかと思われたその時、短いテイクバックから限りなくソフトにまるで押し出すように転がされる手球・・・それが4番を掠める様にカットすると、4番はゆっくりとサイドポケットに向かい、、
奥側の角に当たって力を失う。
4番ボールは半分、いや見方によってはそれ以上が穴の中に入っているように見える、そよ風でも吹けば落ちるような、本当に絶妙なバランスでポケットの淵に留まっていた。
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島津さんは、少し待てば落ちるようなボールを刺すような視線で見つめていたが、やがて諦めたように踵を返し自分の席へ。
入れ替わるように立ち上がり慎重に配置を確認、4番は穴前だがかなり薄い、力加減には細心の注意をする必要がある、解っていた筈なのだが・・・
薄かったのか、それともホンの少し強かったのか4番をカットして2クッションで5番・7番の間辺りに出しに行った球は、 予想よりボール5個分程走ってようやく停止する。
額から一筋汗が流れる、5番の入れが無くなった訳ではない、しかしここにきてカットの球をレストで撞く事になるとは。
テーブル横のフックからレストを取り出して構える、無理なショットは出来ない、5番を入れる事に集中し、出しは球なりにコーナーへ、狭い方に出しに行く。
狙い通り5番はポケットされ、ライン通り7番をコーナーに取りに行けるところに出てきた。
ここまでは良い、しかし手玉が停止した場所を確認して思わず呻く。
手玉は7番を真っ直ぐにコーナーに狙える位置、逆に言えば真っ直ぐにしか出せない位置だ、そしてよりによってクッションにぴったりタッチした土手撞きだった、憧点は上しかない、土手撞きとは言え入れるだけなら何とかなる、しかし8番に出しに行こうとするなら「詰んでいる」としか言えない状況。
仕方がない、攻めるにしても守るにしても、選択するならこのボールじゃない。
気を取り直して慎重に7番の入れに集中する「本当に入れただけ」で良いので、単純な入れミスだけは無いように無事7番をポケット、撞点が上しか無いため自然にかかった前進回転により、手球はヘッドスポットを僅かに過ぎたところで停止。
さてココだ、攻めるならバンクショット、守るなら短ー短に離すセーフティーか、、上手く行けば9番にも隠れるかも知れない。
正直、入ってしまえば楽になるのだから攻めてしまいたい、厚めに狙えば残りも難しくなりそうだし・・・しかし、玉クッションしそうな厚みでもある。
迷う、じりじりと沸いて来た額の汗をおしぼりで拭った所で、レフリーからの30秒コール。
「エクステンション」
一試合に一回だけ使える持ち時間延長「エクステンション・コール」を迷いなく切る、ここが勝負どころだ。
結局考え抜いた末に選んだ選択肢は「セーフティー」、撞点左上で8番の左に薄く当て、8番をヘッド側、手球をフット側の短クッションに持っていくショットを選択した。
あえてここでセーフティーに行く意味は2つ有る、まずは入れが難しい事、コレが第一。
2つめは、島津さんはこの試合中クッションミスのファールから2ゲームを失っている、今、島津さんの中では今までに無いほどクッションを使ったショットへのイメージが悪いだろう、当然今島津さんが一番やりたくないのがこの手のクッションの筈。
性格が悪い?確かにそうかも知れないが、ルール内で自分の出来ることは全てやる、それがベストを尽くすと言うことだ。
気を付けるのは8番のライン、8番さえ短クッションの真ん中辺りにコントロール出来れば、多少手球の位置が予想と違っても難球になるのは間違いない。
そう思いながら放ったショットは正確に8番を短クッションの中央付近に、手球はクッションタッチとはいかなかったが、上手く9番に隠れる。
「よし、ほぼベストに近いショット!」
思い通りのセーフティーが出来た事に満足しながらも、それでも不安は消えない、確率は低いだろうがセーフを取りに行ったボールで偶然8番や9番が入ってしまったり、「何故ソコなんだ!」と言いたくなるような、テーブル上に残ったただ一つの障害物である9番に隠れたボールが回って来る可能性も有る、そんな時は思ってしまうのだ「あの時攻めていれば」
そんな不安を抑え込むように、表面上は強気の表情を取り繕う。
さあ、島津さん、ちゃんと当てないと、追い着かれてしまうぞ?
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バトル系漫画だったらそんな感じのナレーションでも入るのかな?
それと同時に主人公が「ニィ・・」とか「ニヤリ」みたいな擬音が似合う、獰猛な笑みを浮かべたりするんだろうか。
勿論そんな演出は無いが、このセーフティを送ったのは現時点で出来る自分の最良のショットに近い、ここから先の展開は島津さんの行動次第、自分の席で静かに島津さんの選択を見守る。
島津さんはクッションからのコースを見ていたが、一旦大きく息を着くと宣言する。
「エクステンション」
島津さんもエクステンションコールをここで切ってきた、確かに勝負の分かれ目だ、簡単に撞ける場面では無い、畜生、敵ながらいい判断だ、そこまで頑張らなくていいのに。
そこから島津さんはクッションを念入りに確認するが、なかなか納得出来ない様子。
45秒しか無いエクステンションタイムがやけに長く感じられる。
やがて島津さんが選択した行動は、、
「ジャンプキュー!?」
島津さんは通常のキューの半分程の長さの、ジャンプキューを手にテーブルに着く。
成程、そう来たか・・
ジャンプ・ショットと言えば高等技術の様に思うかもしれないが、昨今のジャンプキューの性能の向上も有り、ジャンプキューを買って少し練習すれば、飛ばすだけならばそれ程難しくない。少々距離は有るが、障害物となる9番との距離は遠すぎず近すぎず、飛ばして当てるだけなら問題ないという事だろう。
勿論簡単なショットと言う訳では無いし、正確にコントロールしようなどとなれば尚更だが、クッションから行ってファールするよりは良い・・セーフティーを返すとか贅沢を言わず「絶対にファールだけはしない」と言う選択をしたのだろう。
勿論「ジャンプショットを完全にコントロールする自信が有る」と言う可能性が無いわけでは無いが、それは勘弁してほしい。
要はこのボールの残り方次第でこのセットの行方が決まる。
恐らくここでは決まらず、まだ手番が回って来るという期待感と、どんなボールが回って来るのかと言う不安感がないまぜになり、キューを握る手に力が入る。
島津さんはショット方向をキューで測りながら確認した後、徐々にキューを立て、ジャンプショットの体制を取る。前掲した姿勢で約45度位の高さまでキューを立て、そのまま停止して8番に狙いを定めると、小刻みなストロークから勢い良く手球にキューを突き立てた。
「タン!!」と言う音と共に、手球が9番を飛び越える、撞点がズレるとココから変なカーブが出たりするのだが、そう言った事も無く手球は真っ直ぐに8番に向かって行き、やや右振りの撞点を厚めに捉えてセーフを取る。
ここからだ!
厚めに当たった手球は勢いを減じて2クッションでテーブル中央付近へ、8番は2クッションでフット方向へ戻って来るが、ジャンプさせた分推進力の減った手球に8番をフット側短クッションまで持って来るだけの勢いはない。
手球、8番がそれぞれ停止する。
島津さんは、その配置を暫く睨み付ける様にしていたが、一瞬目を伏せた後、振り返る。
その時、席を立ち、手球の元に向かおうとしていた自分と島津さんの目が、一瞬合った。
島津さんは失望と苛立ちを、自分は逸る心をそれぞれ抑え込みながら、お互いにポーカーフェイスで顔を上げ、静かにすれ違う。
他のスポーツの様に、気合の雄たけびも、仲間とのハイタッチも無い、逆境で励ましあったりもしない。
だがビリヤードプレイヤーが冷めていると言う訳ではない、「良い選択」も、「悪い選択」も、すべての責任が自分に跳ね返る個人競技、良い結果も悪い結果も全て自分の選択の結果である。
それ故に、嬉しさも悔しさも・・そういった全ての感情は自分の内側に留め・・静かに燃やすのだ。
セーフティーを選択した結果回って来たイージーボール、それでも、だからこそ失敗は出来ない。
8番をコーナーへ、手球はほぼ動かず、9番へ、真っ直ぐでは無いが近くて厚い理想的と言える位置へポジションされる。
それでも一からメソッドを確認して、油断なく9番に狙いを定める。
この時9番を狙う鋭い視線の下、その口元がほんの少しだけ笑みの形を作ったのに、気付いた人が居ただろうか?
恐らく無意識だったのだろう、自分自身も気が付いて居なかったし、会場のギャラリーにも気付いた人は居ないと思われる。
それは、とても静かで・・攻撃的な笑顔だった。
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直後、9番がコーナーポケットに叩き込まれる、手球が停止すると同時にゆっくりと上体を起こし、スコアを確認。島津さんは表情を変えず、機械的にスコアボードを1枚捲った。
5-5
「・・・・捉えた!」
何か主人公の性格が大分嫌らしくなり、文章も中二臭くなってきましたが大丈夫でしょうかwまあそれだけ非日常を味わえる状況という事なんですよ、多分。
次話で一回戦終了です、一回戦で四部!?、配置やショットのネタが持つのか不安になって来ましたw
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