アマナイン一回戦、VS島津さん②
本文中の(注1)に関しては後書きに説明が有ります。
不思議なもので、一旦気が落ち着くと、それまでの何が悪かったかが客観的に見えてくる。
例えばブレイク、イリーガルになるのを恐れて「強く割ろう」と意識する余り力んで、かえってキュースピードが出なくなる、あるいは強く撞く事にばかり気が行ってしまい厚みが甘くなる。
その点を踏まえて程よく肩の力を抜き、ちゃんと狙って放たれたブレイクは、ウイングの6番をコーナーへ、1番と4番がブレイクゾーンに入り今日初めてブレイクが成立した。
「ここから覚醒した自分による無双モード、マスワリ連発で大逆転とかだったら格好良かったんですけどね・・・・」
「さあ、行こうか」じゃねえよ、早速トラブってんじゃねぇか!
しかも1番は短クッションの真ん中に有って、攻めるに攻められない。
仕方あるまい、ここはセーフティーで一旦様子を見よう。
短クッション沿いにある1番の左端を薄めにカットして、1番を長クッション沿いまで移動させつつ、憧点左で強目のスピンをかけ、2番を挟み込む形に手玉を持っていく。
ジャンプショットで攻めるのにも距離が在り過ぎる、隠れていて遠い球という、まずまずの形だ。
しかしツークッションでのセーフは難しくないだろうから、残り玉しだいか・・・
そう考えながら相手の出方をみる。
対戦相手の島津さんは苦笑しながらクッションの位置を探っている、まだまだ余裕ってことか・・「え?・・1クッションを見てる?」
てっきり「ファイブ&ハーフシステム」(注1)を使った2クッションで当てに来るものだと思っていた為、かなり以外だった。
結局そのまま1クッションでのセーフを狙い、手前に外した手玉は、ただ当たらないだけでなく3、5のトラブルを壊してくれた。
いわゆる「仕事をしただけ」というショットだ。
自分だったら1クッションからは行かない、一見何回もクッションに入れて的球に当てるのは難しいように見えるが、実はシステムに乗ってさえいれば当てるだけなら楽だろう、むしろ1クッションでセーフを取る方が押し引きのカーブが出たりして結構難しい。
しかもこの配置は2クッションからセーフに行った方が、ロングボールが残りやすいし3番5番で隠れやすい、隠れなくても7番が有るため直接1番を狙えない様な難球が残りやすい配置、1クッションで行く意味はあまりないと思う。
もしかしてショットクロックを気にする余りの選択ミスかと思ったが、島津さんは「運が無い」とでも言いたげな表情で「ファールです」と言うと、頭を振りながら拗ねたように椅子に座る。
あれ?もしかして島津さんて・・・攻撃力全振りタイプ?
そういえば福岡って九州だっけ・・九州代表の島津さんと言うだけで、攻撃力全振りも妙に納得してしまいそうになる。
予め言っておくと攻撃力に練習の主軸を置く事は間違いではない、どんなにセーフティーが上手くて相手のファールを誘えても、フリーから残りのボールを取り切れない様では意味が無い。
なのでまずは「入れ」と「出し」を磨く、どんなボールが回ってこようが入れて出して取り切れれば、それが一番良いのは言うまでも無い、正に理想だ。
ただそう上手く行かないのがビリヤードだ、無理な球は無理だし難しい球は成功率が落ちる。
そして高いレベルだからこそ、ファールやイージーボールのパスはそのままセットを失う事に繋がる為、否応なくやらなければならないのがクッションやセーフティーの練習た。
しかし気持ちは解る、クッションやセーフティーの練習はひたすら地味でやっていて爽快感が無い。
そして難しい球を叩き込むことで周りから贈られる称賛が自己の承認欲求を満たしてくれるのに対し、セーフティーは・・勿論解っている人達からは称賛されるだろうけど、理解が低い人達からすると、場合によっては卑怯とさえ言われてしまう。
だけど上のレベルでプレイしようとしたら絶対に疎かに出来ない事、少なくとも自分はそう思う。
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フリーボールから1番をコーナー、2番を逆サイドのコーナーへ沈め、3番を1番と同じコーナーへ、球なりに4番へ出してストップショット、5番を3たび同じコーナーに入れる。
ここまで来れば後は穴前のボール2球を入れて9番へ。
元々穴前のボールが多かったことに加えて3,5番の割れた後の形が良かったのも有り、フリーボールからのスムーズな取り切り。
3-5
座っていた島津さんから先ほどまでの余裕が消えた。
今まで自分も、何度も試合で経験した事だから良く解る、現在のスコアは3-5だ、事実だけ見ればまだ2ゲーム差がある。
しかし、今島津さんは思っている筈だ、「さっきまで4ゲーム差だったのに、もう2ゲームしかない」と。
追いかけられる者独特の焦燥感、しかも自らのファールから取られたポイントだ。
何のスポーツでもそうだと思うが「全力でプレイしたが、相手がそれを上回る良いプレイをした結果の失点」は諦めが付く、しかし「自分のミスからの失点」は自身に与える心理的ダメージが大きい。
「自分としては、もっと焦ってもらえると有難いんだけどね!っと」
ここまでのプレイで力みが取れたブレイクは再びウイングの6番ボールをポケット、やっと1番の入れが有る配置が回って来た。
1番、2番を入れて3番にポジション、8番が在ってシュートコースが狭くなっている3番を入れに行く、薄め一杯を狙ったボールはポケットに嫌われミス、手番が島津さんに回るが、同じポケットに4番を出しに行っていたことで、3番は4番に隠れていた。
直近の数回まともに見えるボールが回ってこない島津さんは、明らかに苛立った仕草でチョークを使う、クッションからとは言え3番は穴前だ、場合によっては入ってしまう事も有る、固唾をのんで見守る島津さんの空クッションは・・・
3番とクッションの間の「なぜそこを通る!?」と言うわずかな隙間を通りスクラッチ。
本当に直接狙っても通らない様な隙間なんだが、実際良く有るから困る・・・自分の時は。
相手がやらかしてくれる分には助かります、今みたいな状況だと切実に。
フリーボールから3番をコーナーカット、5番に当たらないように4番をサイドに取る、4番をサイド、5番をコーナーに入れながら7番をサイドに厚めの順振りに、最初は7番を入れながら引いて8番に出し、8番からは直引きで9番に出そうと思っていたのだが、これ、どっちの振りにしてもちょっと降りすぎると9番に向かって行ってしまうんじゃないか?元々引き球は苦手だ、、ちょっと距離が離れてしまうと引き戻せるかどうかも怪しい。
かと言ってこんなボール一個分みたいな理想の場所に、ピンポイントで出せるかと言われれば、それも自信が無い。
もう一度全体の配置を見回して他に手段が無いか探る。
勿論厚く出した方が8番は入れやすいが、それで9番が詰んでしまっては元も子も無い。
ここは8番の入れは多少難しくなっても「9番に確実に出る」ショット、そんなショットが・・・
「有る」
頭の中、今の自分の持ち球の中では最良と思われる選択が思い浮かぶ。
再度配置を見回し「行ける」と判断、7番をほぼストップと言っていいショットでサイドへ、そこから8番への景色を見る、多少薄めだが大丈夫だろう。
引き球は本当に難しい、多分この8番を順引きで出しに行っても、スクラッチが関の山、スクラッチを避けてバタバタ風に出すのも考えたが、恐らく最良はコレだ。
8番に鋭く視線を送り厚みを確認、ゆっくりとフォームに入り撞点を決める、その撞点は左上。
横を撞く以上トビが出る、距離と力加減からトビの大きさを計り修正する、、
「ココだ!」
ある一点「8番が入る」という確証が持てた所でストロークを開始、外側の撞点左上から的球に向かって、抉り込むように強めのショットを放つ!
手球はクッション際の8番を捉えコーナーへ、そして8番にヒットしたのとほぼ同じタイミングでクッションに入る。
本来スピンが入っていない状態であれば、長クッションの間を往復する様なラインを描く筈の手球だが、強烈な左スピンがクッションを噛むと同時に短クッション側に鋭くコースを変え、そのままスリークッションでヘッド側に戻って来る。
俗に「切り返し」と呼ばれる種類の球である。
これならば8番が入りさえすれば、多少の誤差が有っても確実に9番に出る。
問題は「逆捻りの押し球」と言う比較的入れるのが難しい種類のボールであるのだが、引き球に苦手意識を持つあまり「押し球で何とかする練習」をひたすらしていた結果、今ではむしろ得意の撞点となっていた。
「よし、これで問題無い」
と、すぐに9番に向けて構えようとして考えを改め、一旦立った後に構え直す。
「どんなボールでも入る厚みは一つ」
古賀さんの教えである、イージーだろうと激薄カットだろうと狙う厚みは1つ、只それが見易いか見にくいか、それだけの差だというのだ。
そう考えれば、激薄の球だろうと入る球は入る、逆にイージーボールでも適当に狙えば・・外す。
慢心は禁物だ、余裕を持って9番の厚みをしっかりと見て構えに入るが、改めて自分の右腕が震えていることに気付く。
「そりゃそうだ、こんな状況で緊張しないほど自分は神経が太くない」
解った上で必死に湧き上がる緊張感を抑え込み、9番をポケットした。
4-5
「大丈夫、流れはこっちに来てる!」
自分に言い聞かせて大きく深呼吸、スコアカードが捲られるのを確認し、次のラックを組み始めた。
(注1) ファイブ&ハーフシステム
ビリヤードのクッションシステムの一つ、長ー短ー長の3クッションの際に、3クッション目を自分の狙った場所に入れるには、1クッション目で何処を狙ったらいいか計算するシステム。
セブン・システムと並んで信頼度が高くおススメ。
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