閑話:ハウストーナメント
かなり間が空きました、申し訳ありません、「勝った!級昇格、完」で終わりにしてもよかったけど、もう少し続くんじゃ
県公式戦、C級戦から1週間ほどが過ぎた。好成績を残せたことによりB級昇格が現実味を帯びて、練習にも一層熱が入る。
メインはホームであるクロスロードでの相撞きだが、せっかくの休日、他店に行ってみるのも面白いかもしれない。そんなことを相撞き中の沙樹ちゃんと話していたところ、「じゃあせっかくなので、こんなのどうですか?」と、提案されたのが『ナインスポット・ハウストーナメント』だった。
ハウストーナメント:
公式にビリヤード協会等の組織などが開催する「公式戦」ではなく、それぞれの店舗などが開く私的な大会の総称。規模が小さい代わりにエントリーフィーなどが安く、服装等の決まりも無いため気軽に参加できる。店によっては年に一回「優勝賞金5万円」等を売りにした大きめのハウストーナメントを開催する所もある。
「それでですね・・・場所がナインスポットで、時間が夜の7時からなんで、かなり遅くなっちゃうんですけど、わたしも出てみたいなー・・・とか・・ヘヘッ」
沙樹ちゃんはそう言うと、悪戯っぽく笑いながら上目遣いでこちらを見る。いや背が低いから自然にそうなるんだが。畜生、反則だろう。
「はいはい、解りましたよ、保護者(仮)と運転手ですね。」自分はおどけたように言うと、降参とばかりに笑った。
「但し両親と古賀さんには、ちゃんと許可を取る事!」沙樹ちゃんなら大丈夫だと思うが念を押しておく。
これ大事、この辺ちゃんとしておかないと、あっという間に犯罪者だ、罪状は未成年略取とかそんな感じ?
「了解です!」
嬉しそうに返事をした沙樹ちゃんから、「両親の許可取れました!今度の日曜日お願いします」と言うメールが来たのはその日の夜だった。
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待ち合わせはいつものコンビニ、「ナイン・スポット」には行った事もあるし、道順に不安は無い。
行きの車の中での会話は、もっぱらハウストーナメントのレギュレーションについてだ。まあゲームはナインボールで変わりなく、その他のルールも公式戦に准ずるという事なのであまり心配は無いようだけど、一つ違うのは公式戦と違い、色々なクラスの人達が参加するハンデマッチと言う所だろう。
つまりA級は5点、B級は4点、C級は3点で、それぞれ点数分のセットを取ったら勝ちになる。
A級とC級の試合ならA級の選手は5セット、C級の選手は3セット取れば勝ちなので、C級の選手は2セット分のハンデを貰える訳だ。つまりスコア4-3なのにC級の勝ちとかも有りうると。
自分はC級で出るので、B級以上の格上の人と当たった場合、常にハンデが貰える事になる。
C級戦で上位入賞したのだ、同格なら有利、格上でもハンデが貰えるなら・・・
「何とかなりそうじゃない?」
前会大会の結果に自信をもらい、珍しくポジティブなセリフが出てしまうが、それに対する沙樹ちゃんの答えは、「どうでしょうね!?」と言うある意味ネガティブな物だった、そしてそのセリフを口にした時の沙樹ちゃんは、やけに明るいと言うのともちょっと違う、何か悟った様な穏やかな表情であった。
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ナイン・スポットに到着、エントリーフィーは2000円と公式戦に比べて安いし、1ドリンクも付く、2000円って普通に3時間練習したらそれ位行くし、予選に参加しただけで元が取れる。
しかもB,C級はマスワリを出せば「マスワリ賞」が貰えるらしい、うーんテンションが上がる!
会場に来ている選手はB,C級戦より年齢層が高めかな?見た事無い人達ばかりで対戦が楽しみだ。
・・・なんか隣の沙樹ちゃんが子犬の様にプルプル震えている気がするが、まあ気のせいだろう。
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「うん、良く解りました。」
「調子に乗って、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ナイン・スポットの店内、全敗で予選を終えた自分は、椅子に座ってキューを片付けながら、心の中で3時間前の自分を殴りつつ絶叫していた。
ハウストーナメントの参加人数は20名弱、なので5人と4人のグループを作って総当たりの予選を行い、勝率上位2名が決勝トーナメントに進むというレギュレーションだったのだけれど、半数以上、13名がA級でした。
そして、A級とC級の差は2セット位のハンデで埋められるほど浅くは無い事を思い知らされる。(後で聞いたところ、ここに出ているA級は県内でもトップクラスの実力者揃いという事なので一概には言えないが。)
ゲームに例えるならば「初期フィールドでスライムやゴブリンに勝てたので、ダンジョンに入ってみたら高位魔族がゴロゴロしていた。」とかそんな感じでしょうか?
B,C級戦で見た事無いおっちゃん達だなーって思ってたけど、試合に入ったら何か急に強者のオーラが出て来て「オッサンは本性を現した」みたいな感じでしたよ?、最初の1ゲームが終わった時点で「あ、これ無理だわ」って思っちゃうレベル。
一応言っとくが、全力で足掻いたよ?でも何とか1~2ゲーム取るのがやっとだった。
隣では同じく全敗で予選敗退した沙樹ちゃんが、ハイライトの消えた瞳、いわゆる「レイプ目」でキューを片付けている。
「一勝位はしたかった・・・」
「だね・・・」
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帰りの車の中では反省会に花を咲かせる、「あそこは引きじゃなくて切り返すべきだった」とか「確率の低いバンクに行くならセーフティーに行くべき、だけど知識が無さ過ぎるからもっとセーフティーの勉強もするべき」とか、年頃の男女が二人きりと言う車の中に有って、色気の欠片もない話題が続く。
決勝に残って、試合を続ければ深夜2時近くになるはずだったが、幸か不幸か日付が変わる前に沙樹ちゃんをクロスまで送って来ることが出来た。(まあそれだけアッサリ負けたという事なんだけどね)
沙樹ちゃんを送り届けて、踵を返そうとした時、古賀さんから呼び止められた。
(まあ、流石に未成年の姪っ子を深夜まで連れ歩いたんだから、一言有るだろうな)
小言のいくつかは聞くつもりで、覚悟して出頭する。沙樹ちゃんも「自分のせいで何か言われる様ならフォローする」と言う表情でその場に留まる。いい子だ(泣)
しかし、そこから語られた内容は全く予想だにしなかったモノだった。
古賀さん:「ハウスに出ている連中とは仲が良くて、さっき連絡を貰ったんだけどね。」
自分:(流石古賀さん、今でも県内のトッププレイヤーとつてが有るんだな。)「はい」
古賀さん:日吉君の事褒めてたよ、「最近なかなか居ない熱いプレイヤーだった」って。
自分:「ヘッ?」
話はこうだった、自分が3戦目に対戦したA級プレイヤーは田辺薫さんと言う県内でも屈指のトップアマだったらしい、その田辺さん相手に2ゲーム取ったC級が居る、つまり自分である。
それだけなら珍しい事ではない、球回りも有るし、偶然そうなる事も有るだろう。
ハウスに出ていたA級の方々の目に留まったのは、そこでは無く、試合中の姿勢だと言う。
とにかく「勝つために」自分の出来る範囲で最善を尽くしているのが良く解ったと。
自分:「いや、それって当たり前じゃないですか??」
古賀さん:「狭い世界だからね、ある程度長い間やってる人は、みんなトッププレイヤーの名前も顔も、実力も知ってる。だからそういうトッププレイヤーと当たると、どうしても「どうせ勝てない」みたいな雰囲気になってしまうんだ。」
ああ、そういえば沙樹ちゃんが子犬みたいにプルプルしてたっけ・・・
古賀さん:「形になったら取り切られるのが当たり前だから、そこで諦めてしまって配置の確認も碌にしないとか、技術戦になったら勝てないから博打気味に9番を狙うとかね、そういうのは相手にも解るもんなんだよ。」
古賀さん:「今日の日吉君は、田辺さん相手でも本来の自分のプレイスタイルで、必死に頑張っただろう?」
自分:「まあ、あの人が田辺さんっていう名前なのは対戦表で知ってたけど、そこまで凄い人だなんて知らなかったし、プレイするにしたがって「この人凄い」とは思いましたけど・・・
古賀さん:「やっぱり対戦っていうのは、本気でやってこそ面白いものだからね、田辺君も楽しかったんだと思うよ、たとえ下のクラスでも「本気で勝ちに来る」相手と対戦出来て。日吉君はどうだった?今日の対戦は。」
自分:「面白かったです、やっぱり上級者のプレイは参考になりますし、でも・・・全く歯が立たずに負けたのは正直悔しいです、ハンデも貰ってるのに・・・」
前回の大会で3位に入賞した事で、「一応自分はC級では上位のプレイヤーなんだ」と言う自信を持って出た試合、結果はハンデを貰った上で全敗。悔しくないと言えば嘘になるので正直にそう告げると。
「それでいいと思うよ、だったら次は勝てる様に沢山練習しなくちゃいけないね?」
古賀さんはそう言ってニヤリと笑った。
それってウチに来てもっと練習しろってことですかww
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その夜、反省会を兼ねた4人でやる特殊な9ボールの待ち時間、ふと思う。
また、スケジュールが空く様なら色々な店に行ってみよう。全然知らない人と相撞きをすれば、また新たな発見が有ったりして面白いかもしれない。
普通は公式戦の前にハウスに出て、更に本格的にやりたくて公式戦登録と言う感じですかね、ハウスを含め大会の会場に行くと、普段はシングルでしか見ない人が一堂に会していて、「何かが始まる」雰囲気がしていて好きでした。さて、今週はマスターズ予選です、頑張りますか。




