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三十路から始める撞球道  作者: 想々
第一章 ビリヤードを始めよう~C級編
21/52

C級戦、3位決定戦・後編 「ブレイク・ランアウト」

サブタイトルによって、展開や勝敗がバレバレと言う不具合が有りますが、仕様です。



 

 名波さんが天を仰ぎ、「やっちゃった~」と言った表情を浮かべている。あれだけ難しいボールを入れ続けた結果、最後がスクラッチとは報われない。


 本来ならば終わっていたはずだが、相手のスクラッチに救われた「まだツキが有る!」

 又は「持ってる」とか「太い」とか色んな言い方が有るけど、流れが来ていると前向きに考えよう。


 第5ゲーム、泣いても笑ってもこれが最後だ、だったら笑える様にやるしかない。


 1番をフットスポットにセットして、ラックを組む。1番、9番、2番以外の場所に制限は無いが、何となくゲン担ぎの様な感覚で、他のボールに関しても何番をどこに置くか決めていた。


 ラックが組みあがると、手をかざして、特に1番と2列目のボールの間に隙間が出来ていないか、念入りにチェックする。


「よし!」


 右側サイドブレイク、いつもの定位置に手球をセット。

 

 古賀さんが経営するクロス・ロードではコントロールブレイクを推奨していない。勝ちに行くならコントロール重視でスクラッチを回避して、1番が安定して狙える手球の位置などに気を配ったコントロールブレイクも有りだろう。しかし最近はそれを「つまらない」と感じたようなイリーガルブレイク(3ポイントルール)が採用されることも増えてきた。


 だけどクロスロードでコントロールブレイクを推奨しないのは、ルール対策なんかではない、それよりも何よりも・・・


 ブリッジ、左足、頭を動かさない様に見えない壁を意識する、平行なテイクバックから思いっきり体重を乗せ、溜めに溜めたパワーを・・・


 「炸裂させる!!」


 手球が1番にヒットして、まるでストップショットの様に勢いを失い、それと同時にラックが爆発したかのように激しい音と共に的球が飛び散る!


 体重移動を伴うハードショットによるフルブレイクは、安定と言う面においてはコントロールブレイクに劣るだろう、だけど、この響き渡る轟音と共に砕けるラックは、見る者にとって強烈なインパクトを残す、そして・・


「メッチャ気持ちいい!!!」


 プレイする側にとっても、ノリノリの時のフルブレイクはとても気持ちがいいのだ!


 ギャラリーから「おぉぉ~~」と言う声が漏れ、それを聞いた自分は「どうよ?」と言ったドヤ顔で配置を眺める。


 ウイングにセットしていた8番がコーナーに、1番がサイドにポケット、残りの的球も程よく散って、A級なら「出来た」とでも言うんだろうか。取り出しの2番はヘッド側、手球から見て左振り、十分入れに行ける配置だ。



「よし!」


 2番から3番への出しを確認し、ショットに移ろうとした自分だったが、念のためひと呼吸置いて、全体の配置を再度確認する。


 あれ、コレもしかして・・・3番を真後ろから覗き込んで、改めて良く確認すると、クッション沿いに有る9番が邪魔でシュートコースが通っていない。危ない危ない、でも一番近いコーナーがダメとなると逆サイド、ヘッド側のコーナーか狭いサイドしかない。出せそうなのはサイドだ、撞点を右下に変更して2クッションで出しに行く事にする。


 無事に2番をポケット、3番をサイドに狙える位置に出たが、角度的に強く撞くとカタカタしそうだ、4番はサイドポケットを跨いで逆側のレール沿いに有る、入れれば出るから、とにかく3番の入れに集中、何とかポケットに成功、手球はサイドポケット脇のレール際で止まり、4番を真っ直ぐヘッド側コーナーに狙える位置に出た。


 手球の手前に9番が有って多少構えづらいけど、撞きづらという訳でもない、問題ないだろう。


 と、思ったのだが・・


「いや、問題ある、むしろ問題しかない。」


 5番の位置を確認して考えが180度変わった、5番は今、9番、手球、4番が並んでいる長クッションとは逆側の長クッション沿い、丁度手球と真逆の位置に有る、しかも4番を入れた後、ストップしたり押したりした場合7番や6番に隠れてしまうという最悪の位置関係だった。


挿絵(By みてみん)


「何で4番に真っ直ぐにしちゃったんだ、俺!」


 原因は言うまでも無く、3番を入れる際に4番への出しだけしか見ずに、5番の位置を確認していなかったという一言に尽きる。


 これが9番なら、ひたすら入れやすい位置に出せばいい、だけどネクストの有るボールに出す際は、入れが有って、かつ()()()()()所に出さなければならないという事は、こう言うミスをするたびに何度も心に刻んでいる筈なのに!(注1)


 A級の人達だったらこの状況から5番に出しに行けるショットが解るのだろうか、、いや多分A級の人だったら、そもそもココには出さない、、それだけだろう。


 とにかく4番を入れた後、5番が7番に隠れてしまうのだけは避けないと、セルフセーフティーからの逆転とか、某「マジシャン」の異名を持つトッププロの伝説のショットじゃあるまいし、出来る訳ない。


 この4番でセーフティーと言うのも考えてみたけど全く思い浮かばず、まずは4番を入れて思いっきり引いてみる事にする。

「考えてみれば、4番、手球、9番は一直線なのだから、本当に綺麗に一直線に引いてこれれば、9番が入るかもしれない、入らなくても少なくとも5番が隠れる事は無いのだから、何かいい方法が見つかる可能性も有る!」


 そこまで考えて、4番に対して構えに入る、撞点は真下。切るように突き出された手球が4番をポケットした後、バックスピンで真っ直ぐ戻ってくるのをイメージする。そう、あの的球に当たった後一瞬止まり、その後「クンッ」っと戻ってくるあの感じだ。


 9番が有るため少しキューを立て、スナップを効かせて4番を真っ直ぐにコーナーへシュート!手球は一瞬停止した後__

 トロトロとボール2個分ほど戻ってきて、9番にすら届くことなく止まった。


 おいィ!?


 何だか散々色々考えて、「このショットなら光明が有るかもしれない!(キリッ)」的な前振りで、結果「引き球が出来ませんでした、てへッ。(注2)」とか無いだろう。


 それでも救いは5番が隠れなかった事、それだけで儲けものだ。カットの厚みは元々無いし、ここからセーフティーや「バンク・ショット」などの選択肢が有る。


 パッと見た感じ、5番はコーナーかサイドへのバンクショットが狙えそうでは有る、一応バンクショットのシステムには目を通した事は有る。あの「ポイントに番号を振って、足し算・引き算・掛け算で数値を出して狙うべきクッションの位置を割り出す」とかいう奴。正直自分には合わない気がしたので流し読みした程度だけど、こういう場面になるとしっかり読んでおけば良かったとも思わなくも無い。

 しかし、そう言うシステムも、手球の位置とか摩擦とか撞点で狙いが変わるという事なので、「本当に理解した上で、自分なりの撞き方による修正やら微調整なんかを研究している人」でないと、使いこなせないという事は解っているけど・・・アレ?この角度、何か見たことあるような気がする・・


 この、通常なら玉クッションしてしまう5()()()()()()()()()()()()()()()()()()角度・・・前に常連さん達とやった「セーフティー禁止の()()()ナインボール」で何度も見た様な・・・


「えっと、確か・こういう場合は薄めに狙って逆捻り」・・・だっけ?


「詰め詰めバーンク!」とか言って決めた後、常連の桜井さんが、得意げにドヤ顔で解説してくれたのを思い出す。当時は「うぜぇ」とか思ってしまったが、役に立ったよ桜井さん!


 そして配置的にこのバンクショットは、入れば6番に出る、外れた時は6番や7番で、5番のシュートコースが無くなるセーフティーになる確率が高い、いわゆる「アンドセーフ」の形なのではないだろうか。


「外しても大丈夫。」


 これが免罪符となってバンクを狙ったのだが、こんな風に気楽に撞いた球と言うのは何故か入るモノ。5番はバンクショットでサイドポケットへ、手球はクッションに入った瞬間捻りによる殺しがかかり、すぐに停止する。ギャラリーのどよめきと、拍手を聞いてちょっと恥ずかしくなった。


挿絵(By みてみん)


「うーん、前に常連さんがドヤ顔で解説してくれていた事を、試しにやってみただけなんだけど、結果を見ると物凄い高度な事をやってるような感じになってしまった。」


 6番は7番の近くのレール際、手球の位置からだとサイドポケットを挟んで逆サイドのコーナーに、距離は有るもののほぼ真っ直ぐ狙える。ストップすれば7番をサイドに狙える位置に出そうだけど、手球と7番がかなり近くなりそうだ。本当の真っ直ぐに近い球ならいいけど、近すぎて振りが有るボールと言うのは厚みが見にくくて嫌なんだよなぁ・・・


 いろいろ考えたけど結局6番の入れを考えて、安全第一、ストップショット気味のボールで6番をコーナーへシュートする。


 6番は危なげなくコーナーへ、手球は6番にヒットした後少し動いてクッションにタッチした。


 うわっ、土手撞きか~


 次に狙うべき7番が土手撞きになる事が解り、祈るように7番の振りを確認する。


「どうか変な振りになっていませんように!」


 長クッション側から、手球の真後ろに立って、サイドへの振りを見ると・・・


「フゥーーーー。」


 思わず安堵のため息が漏れる。完全に真っ直ぐだ、これなら土手撞きでも問題ないだろう。


 土手撞きと言うのは撞点が限られて居る上撞きづらで、ネクストの位置によっては完全に詰んでいる状態になる事も有るが、9番の位置からして、この7番は入れて押せば出るので問題なさそうだ。


「ん?・・9番?」


 ここで気が付く、いや「気が付いてしまった。」テーブルの上の残りの的球は7番と9番のみ、これを入れれば、「マスワリ」、英語で言うなら「ブレイク・ランアウト」の達成である。


 今までにも何度かマスワリ達成のチャンスは有った。それでも「後〇球でマスワリ」を意識してしまうと、緊張で思うようなショットが出来ず、残り2球前後で飛ばしてしまう事が度々あり、いまだ未達成だ。


 そして、調子よく取り切ってる最中に「あと3球でマスワリだよー、頑張れー。おい皆注目。 日吉君がマスワリ出しそうになってるよ~(笑)」とか、とても楽しそうに妙なプレッシャーを掛けてくれる親切な常連さん達の存在・・・ファック!(笑)


 流石に大会中にそんなヤジを飛ばして来る人はいないけど、気付いてしまうと意識してしまう。


 今まで、「7番を入れて押して出して、9番を入れれば良いだけ。」だった配置なのだが、、


「7番は土手撞きだからキューミスするかも、撞点がズレたりコジッたりしたら入らない。だけど入れただけで9番に微妙な振りが付いたらどうしよう」思考は続く・・・「クッションタッチの9番は難しいから出来るだけ簡単にしたいけど、7番は真っ直ぐだから、簡単にしようとして押しが強すぎたら、7番を追いかけてスクラッチするかも。」


 頭の中に過去に土手撞きでやらかした失敗、7番を入れた後の9番へポジションミス、そしてここまで入れて来て、9番だけ外して負ける未来・・そういったネガティブな思考が沸いてきて消えない。


 7番に向かって一旦は構えに入るものの、いやな予感が頭をよぎり、ショット出来ずに構え直す。


 一歩後ろに下がり大きく息を吸って、吐き出す。


 目をつぶって、もう一度深呼吸、、目を開けるとそこには固唾をのんで見守るギャラリー、その中には心配そうにこちらを見つめる沙樹ちゃんの姿も有った。


「応援してくれている人が居る。」知り合いの顔を見て少し気持ちが落ち着いた。最悪なのは、「7番が入らない」「7番を入れてスクラッチ」だ、それ以外は全部OKなのだから恐れる事は無い!


 「スクラッチしさえしなければいい。」


 やや弱めの力加減、ひたすら真っ直ぐキューを出すことに気を付けたショットは7番をサイドにポケット、ボール2個分位前進して停止する。9番への厚みは「く」の字より少し厚めだろうか?クッション・タッチの振りのある球と言う、自分にとってはあまり得意でない配置が残った。


 それでも7番はポケット出来たし、スクラッチもしていない。


「よし、OK。」自分に言い聞かせる。


 単に景色が嫌いと言うだけで、この9番は十分イージーボールに分類される球だ。

(世間一般的には。正直自分はこの角度大っ嫌いなんですけど)


 またもや頭の中に浮かんでくる、外した時のイメージ。「こういうレール際のボールは、強く撞くと穴に蹴られて「カタカタッ!」と止まりやすいので強く撞きたくはない、でも弱く撞くとスキッドで厚く外れるかも、順捻りを入れるとカーブで薄く外す危険性が有るし、逆で引っかければスクラッチする気がする。」


「ええい、うるさい。」


 頭を振って雑音を取り払い、自分の一番入れやすい撞点と力加減で、入れに集中する事に決めた!それで納得いくシュートが出来た上で、スクラッチなりスキッドなりするなら運が無かったと思って諦めもつく!


 自分の一番好きな撞点は、中心やや上、力加減は弱く、いわゆる「転がして入れる」球。本当はもっとしっかり撞いた方が安定するのかもしれないけど、ボールを自然に転がした時にかかる前進回転に近いこの力加減と回転が、自分は好きだった。


 9番に対して構える、厚みを確認、抉らない様にストロークのテイクバックは短めを意識。とにかく入れる事に集中する。


 何だか視界の範囲の隅が暗くなり、視野が狭くなっている様な気がする・・・「ドクン・ドクン」と、やけに心臓の音が煩い、心臓の鼓動に合わせて耳がピクピク動いている様な感覚、呼吸は浅く短く、正直酸素が足りない、立ったまま溺れてしまいそうだった。


「9番を入れる」その一点に集中して放ったはずのショット、だがそれは何とも情けないショットだった。


 慎重になりすぎたのか、突き出されたキューに勢いはなく、完全に「キューが届いていない」とか「チョン撞き」と言われるような、「ビビっている」のが丸解りの、情けないショット。


 手球はノロノロと転がり、9番にタッチ、9番は多少摩擦の影響を受けたのか、シュートコースよりやや厚めに走って、9番をクッションから浮かせる、クッションから離れながらコーナーに向かった9番だが、やや甘めのポケットに拾われて、優しく迎え入れられた・・・ゆっくりとポケットの中に転がり落ちる、その間の映像はまるでスローモーションの様に感じられた。


 一拍置いて、


「ナイス・ショット!」「おおお!マスワリ!?」「やるねぇ。」ギャラリーの拍手と歓声、そこに「ビビっていた」自分に向けられる嘲笑などは無い、ジワジワと周りに音が戻っていくような感覚。


「入った・・んだよな。」


 9番を入れてこのゲームに勝った。それを実感するとともに全身から汗が噴き出る。


「ハァ、ハァ」浅かった呼吸が、次第に落ち着きを取り戻す・・涙が出そうになった。それを我慢する様に万感の思いを込めて大きく息を吸い込み____


 目を閉じて天を仰ぐ、そして__長く、長く息を吐いた。





初マスワリの話には1話丸々使いたかったので分けたのですが、それでも長くなってしまいました。


注1)ちなみに入れ易く、かつ出しやすい位置では有るが()()()()()とか、構()()()()()場所に出してしまった時にも毎回同じ事を心に刻みます。


注2)引き球は本当に難しいです、B級、A級でも引き球で悩んでいる人は多いと思います。(レベルによって悩みの内容は異なりますが)



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