C級戦、3位決定戦・前編 「再戦」
ちょっと長くなりそうなので前後編に分けました。
準決勝で敗退し、しばらく呆然としていたが、やっと心の整理が付き、帰宅するためキューを片付けようとしたのだが、そんな自分に沙樹ちゃんが慌てたように言う。
「まだ終わってませんよ、3位決定戦が残ってますから!」
レギュレーションによっては3位決定戦が無くて、ベスト4で負けた人は「3位タイ」扱いという場合もあるのだが、この試合では決定戦をやるらしい。
そうすると、決定戦で負けると4位で、最後まで残って試合をしていたのに、何も貰えないという微妙なことになってしまう、ここは頑張らないと。
ストレート負けのせいで早く試合が終わったため、周りのテーブルではまだ準決勝の試合が続いているが、みんな上手でミスも少ないため意外と早く終わりそうだ。
特に他にやる事も無いため、試合を見ながら沙樹ちゃんと感想を言い合っていたりしていると。準決勝最後の試合が終わり、遂に最終戦のコールが行われる。
「これより、県B級・C級戦、決勝戦及び3位決定戦を行います!」
____そして自分の名前がコールされる。
「クロス・ロード日吉選手、ビリヤードジゲン名波選手、4番テーブルです!」
対戦相手は、、おや?
「よろしくお願いします。」そう言って挨拶してきた女性には見覚えがあった、1回戦で当たった人だ。相手も気付いているらしく、本日2度目となる対戦に苦笑している。
あの時は初めての試合の雰囲気に呑まれて、良く解らないまま終わってしまった。
今度はそうはいかない。不意に訪れたリベンジマッチにテンションも高まる。
「よろしくお願いします!」
いよいよ最終戦、3位決定戦のバンキング。ブレイクは_
____________________________
何度かの手番交代の後、9番をポケットした名波さんは、手球が止まった事を確認してから、2ゲーム目のラックを組み始めた。
自分は無言で、スコアボードの名波さんの名前の下にポイントを入れる。
0-1
強い。1試合目ではそこまで見ていなかったが、名波さんは薄め薄めに出したボールを危なげなくシュートしていくスタイル、全身をカッチリ固めて入れ重視のフォーム、振りをきっちり確認して、順振り、順振りに出していく。
女性だけあってブレイクはそれほど強くないが、厚みが正確なのでウイングのボールをきっちり入れてくる、ブレイクスクラッチも少ないだろう。
取り出しの1番は、少し遠いが入れて引けば出る配置。
名波さんは少し嫌そうな顔をした後、このボールをほぼストップでポケット、逆サイドの短クッション沿いにある2番が、かなり薄くなった。
女性の場合、厚いボールをキュー切れで強引にポジションする、いわゆる「力技」が苦手な人も多い。
この出しも強引に引こうとして外すよりは、入れを重視して薄い2番の入れを頑張る「我慢」のプレーだろう。
クッション沿いのロングカット、名波さんはこの難しい2番を綺麗に入れる。手球はクッションを縦に往復して3番にポジション。本当に薄いボールの入れと、力加減が絶妙だ。
しかし3番へのポジションは振り、距離ともに完ぺきだったが、ブリッジを組むべき場所に6番があって撞きづらい。結局レストをを使ったショットでミスが出て、やっと手番が回って来る。
さて、相手のプレーに感心してばかりはいられない。3番は外れた後2クッションでサイドポケット穴前で止まっている。全体を見回すと他にも7番、9番がポケットに近くて、入れがイージーだった。
まず3番をサイドポケットにシュート、穴振りで弾くように横にスライドさせてヘッド側短クッション沿いの、4番にポジション、4番は入れれば出るので、力加減に気を付けて転がす。
5番はブレイクで入っていて、ネクストの6番はセンタースポット付近、3番を入れたのと同じサイドポケットに6番を真っ直ぐ狙える場所に上手く出た。
6番をストップショットで7番へ、7番は押して1クッション入れて戻し、長クッション沿いの8番にポジション、後は8番を入れるだけで9番に対して理想的な場所へ、こうなれば9番を入れる事は難しくない。
1-1
頭の中でテーブルを上から俯瞰している様に、スムーズに取りきりのイメージが出てくる、そして実際にその通りのプレイが出来ていた。
俗にいう「ゾーンに入った」と言う奴だろう。イージーボールであれば外す気がしない、自然とテンションも上昇する。これがアニメならBGMに主題歌が流れ始める所だ。
3ゲーム目、ブレイクで3,8番をポケット、1,2番を入れた所で自分は、4番を攻めるかどうか思案していた。
4番はサイドポケットのすぐ近く、穴の向こう側に有ってコーナーに狙えるのだが、そうすると手球がサイドポケットにスクラッチしてしまう様な振り、だけど撞点上で4番を入れればぎりぎり角に入ってスクラッチを躱せる様な気もする、そうなれば5番に対して理想的な所に出るのだが・・・
「攻めよう」
とにかく今は、何をやっても上手く行く気がしていた。構えに入り撞点上で狙いを定める。弱く転がして4番をポケットした後、手球がサイドポケットの角に当たって跳ね返りスクラッチを回避する、そんなイメージを思い描く。
「このラインで真っ直ぐ撞けば入る」
4番を入れるイメージが固まった、出来るだけ手球が弾けない様に、撞点は上、キューミスするギリギリの高さで突き出す。
手球は綺麗な前進回転で4番を弾きコーナーポケットへ、同時に手球はサイドポケット方向へ。
「「ゴトン」」
同じ音が2つ重なった様な音がして、4番がコーナーに、手球がサイドに同時に落ちた。
________________無理だったか______
ものすごく調子の良い時の弊害、とにかく気分が高揚して多少難しい球でも決められる気がするのだか、事実として「難しいボールは難しいし、無理なボールは無理」なのだ。
「ファールです」
リピーターに戻ってきた手球を相手に渡す。
強引すぎた・・・
のぼせ上っていた思考に冷や水を浴びせられた気分だった。名波さんはフリーボールからプレーを再開、そのプレーを見守りながら、上がりすぎたテンションをクールダウンする様に深呼吸をする。落ち着こう。
手番が回ってきたらいつでも行けるよう、心の準備だけはしていたが、名波さんはそのまま残り4球を取り切った。
1-2
第4セット、ローボールは早々とポケットされたが、トラブルとなって居た7番8番で、名波さんがセーフティー、縦バンクの形が残る。
7番はクッションから浮いていて、攻める事も出来るが、先ほどの事を思い出す。縦バンクは確率でいえば10%入ればいい方だろう、そんなイチかバチかのショットに賭けるより、セーフティーで返そう。
コーナーポケット近くのの9番を挟んで長ー長になるように、出来れば9番に隠れるようにセーフティーを狙う。
結果は9番には隠れなかったが、バンクか激薄カットかと言う難しい配置が残った。
ベストでは無いがベターといった所か、調子の良さは継続中、こういったセーフティーだって普段から練習している訳ではないのに何とか形になってくれている、十分だろう、納得して手番を交代する。
名波さんのターン。
薄いボールが得意そうな名波さんといえど、流石にこのフェザーカットは悩ましいのか、難しい顔で考えている。
しばらくして、名波さんが構えに入る、相変わらず、スタンスから上半身、ブリッジの左手に至るまでカッチリ固めて、ストロークしている右腕の肘から先以外は微動だにしない、鋭い視線でジッと的球をとらえている表情から直感的に攻めるつもりなのが解った。
ゆっくりとしたテイクバック、引ききったところでややタメを作る独特のストロークのタイミングはまるで弓を引き絞っているようだ。
そしてコマ送りの様に素早いキュー出しから放たれたショットは7番の側面を舐めるようにカット、ほぼ直角に近い分離角を正確に捉え、7番をポケットする。
ギャラリーがどよめく。
自分も軽く拍手しながら手球の行方を見る。決められたのはしょうがない、この手球が出るかどうか・・・
激しく長クッションの間を往復した手球は2往復半ほどしてスピードを緩め、7番が有った長クッションの側で停止する。
8番はヘッド側の短クッションから少し浮いた場所。
手球と8番のの位置関係を見ると、長クッションからの距離がほぼ同じなので直角の様に見えるが、8番が短クッションから浮いている分「一応厚みは有る」といった所だろうか、狙うとすれば同じ長クッション側のコーナーへのカットになるだろう。
入れが有る場所に出てしまったが、これもまた簡単なショットではない、距離も有る。
難しいカットを入れた後の残り球が再びカットになり、名波さんは苦い表情を一瞬浮かべるが、すぐに表情を引き締めてジッと厚みを観察する。せっかくあの難しい7番を入れたのだ、ここは攻めるだろう。
予想通り、8番に向かって放たれたショットは完全に入れに行っている力加減、8番をカットでコーナーに沈め、ワンクッションで縦に戻して9番へ自然にポジションされるはずの手球、しかし順振りではあるが薄い分予想より走る、そしてこのコースは__
手球は短クッションから真っ直ぐコーナーポケット方向へ、名波さんが「止まって!」と言うようなゼスチャーをしている、その願いが通じたのか、手球はコーナーポケットギリギリのクッションに入り、穴前でカタカタして止まった。
ほっとした様子の名波さん、しかし手球は穴前土手撞き、9番に対して3度の激薄カットになった。
___ゲーム・ボール
構えにくく、薄いが距離は近い。
「このまま終わってしまうのか・・」悔しさがこみ上げるが自分にできる事と言えば、祈るくらいしか無い。
やがて名波さんは、レールの淵に人差し指と小指を引っかける様にしてオープンブリッジを組み、9番を狙う。
手球とブリッジが近くて撞きずらい筈だがしっかりとしたストロークで放たれるショット、タップが土手から顔を覗かせている上の撞点を捉え、綺麗な前進回転で進んだ手球は9番をコーナーにカット、ゲームボールを沈めるが、このラインは!?
9番を沈めた後の手球は、長クッションに入り1クッションでサイドポケットに向かっている。再び名波さんが「止まれ!」と言うゼスチャーをするが、今度はその祈りは届かなかった。
9番の入れスクラッチ・・・
棚ボタのポイントでスコアは2-2のヒル・ヒルに、勝負は最終セットに持ち越されることとなった。
イレイチで難しいボールを超頑張って入れたのに、隠れたりスクラッチしたり。
かといって難しいボールを続けてポケットして、楽な配置になって「これで楽になった」と思うとその次の簡単なボールでイージーミスとかもよくある話。
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