C級戦・準決勝
遅くなりました、C級準決勝をお送りします。リアルの方だと毎年5月に「全日本アマチュア9ボール選手権」が有りますね、同じ店の子がB級で出るので頑張ってほしいです。
「「よろしくお願いします」」
準決勝の相手は、先ほど最後まで試合をしていた男性、名前は加藤さんと言うらしい。
連戦による疲れからかピリピリした雰囲気で口数も少ない。まあ準決勝ともなれば、優勝が見えてきている訳で、真剣さが伝わってくる。
こちらも気合を入れて行かなくては!そう思っていたのだが・・・
「はぁ・・・遅い・・・・。」
ゲームはまだ1セット目、残りは4球。加藤さんは一旦構えに入るも、何か違和感が有ったのか構えを解いて素振り、さらにもう一度シュートコースの確認をする、もう、何度目か解らない、とにかく1球撞くのに2~3分はかけているんじゃないだろうか。
ピリピリしていたのは緊張からと思っていたが、元々神経質な性格なのかもしれない。
プレイのペースは人それぞれで、自分のペースと違うからと言って「早くしろ」と言う権利は無いが、流石に時間をかけすぎじゃなかろうか。
やっと回ってきた手番、残り4球6番をポケットして、7番に厚く出した所で気付く。振りを間違えた・・
長く待たされて「やっと撞ける」と、6番と7番の配置を見て、簡単に撞いてしまったが、この振りだと7番の入れは簡単だけど8番への出しがかなり難しい。
全体の確認を怠った、自分のミスだ。結局強引にハードショットの弾き捻りで出しに行って入れミス。
残り3球で相手に手番が回ってしまった。これは終わったと思っていたが、加藤さんは7番をポケットした後の8番への出しをミス。8番が極薄になってしまい、8番を前に考え込んでいる。
しばらく厚みを確認して、その後8番の近くに行って、戻ってきて構えに入り、また立ち上がって考え込み、8番の近くに・・・・
またか・・残り2球だし、もう攻めるか守るかしかないと思う。そんなに考える事があるのだろうか?
若干イライラしてしまう。それから何回か構え直した結果、加藤さんの選択はセーフティー。バンクショットを残す形で回って来る。
クッションから浮いていて、玉クッションの心配も無さそうなので、ノータイムでバンクに行くがやや厚く外れてイージーボールが残った。
加藤さんは相変わらず、じっくり時間をかけて8番9番をポケット。第1セットは加藤さんのポイントとなった。
0-1
今の8番9番も、8番を転がして入れれば自然に9番に出る形だったので、普通はそこまで時間をかけるボールではないはずなのだが、8番、9番をシュートする際、シュートコースを何度も確認するため、非常に時間がかかっている様に感じた。
もう「さっさと終わらせてくれ」と思ってしまう。完全に相手に取られる事が解っている様な配置で、長く時間を掛けられるのは、かなりのストレスだと初めて知った。
___________________________________
加藤さんのブレイクはコントロールブレイク気味のソフトブレイク、ブレイク後ゆっくり全体の配置を確認している。そして、相変わらずの1球ごとの確認作業。
これが加藤さんの普段のペースなのだろう、こちらをイラつかせる為わざとやっている様には見えない。それはショット時の真剣な表情からも見て取れる。それならば、こちらはソレに惑わされる事無く自分のペースでしっかりとプレイすることだ。
ややあって自分の手番が回ってきた、残りは5球、4,5,7,8,9番。加藤さんの手番の間に、大まかな配置は見てある。7番へ出す時に、力加減を間違えると8番に隠れてしまう。そこに気を付け無くてはならない配置だ。
自分のいつものペースを思い出す様にシューティングメソッドに入る、右足の位置を決めて、素振りを2回、肘の角度、顔の位置、ヘッドアップに気を付けて、いつも通り構えに入っているはずなのだけど何か違和感を感じる。
4番はサイドポケットにほぼ真っ直ぐ、撞点下でシュートして少し引く。
「ガチン!」
硬いもの同士がぶつかった様な、嫌な音がして手球が小さく跳ねた。
__キュー・ミス__
力加減が弱かった事が幸いして手球は的球を飛び越えず、4番はポケット出来たが完全なミスショットである。故意でなければファールではないが、何かがおかしい。フォームのどこかが狂っている様な気がするが、それが何処なのか解らない。
引けはしなかったが、手球はストップショットと同じような場所で止まっている為、5番の入れも有るし、出しも一応順振りだ。結果だけ見ればそれほど悪くないのだが、言いようのない焦りに頭が支配された。
いつも通りって、どれ位のペースで構えに入ってたっけ?
5番はへの字よりやや薄いくらいの微妙な振り、薄くなった分力加減が強いと走りすぎてしまう、だけどスロウで転がしたのでは的球がポケットに届かないかもしれない。走りすぎると7番のシュートコースに8番が被って隠れてしまう・・・
後で考えると、このボールはむしろ強く撞いて、テーブルを広く使って3クッションで出すべき球だった。A級の常連さんから「テーブルを広く使う出し」についてアドバイスを受けたのは、試合の数日前だったと思う。だけどこの時、この状況にベストなそのアドバイスは頭の中から完全に飛んでしまっていた。
「弱すぎて届かないのはだめだよな、だけど隠れちゃったらファールも有るし・・・」
とにかく5番が入る力加減で8番に隠れない様に、慎重にショットの力加減をイメージする。撞点は上、転がして5番をポケットした後8番に隠れない、出来る限りギリギリの弱さで手球を突き出す。
狙い通りの厚みに手球が向かい「5番は入る!」と確信した瞬間。手球がヒットした5番は、明らかに通常の分離角よりも厚めに走り、ポケットの手前のクッションに入った後、穴前で角の間を往復して止まった。
「スキッド!?(注1)」
5番は穴前、薄く狙って7番に出せばOKで、8番は7番を入れた時点で、サイドでもコーナーでもどちらでも、入れやすくて9番に出しやすい方を選べばいい。9番もコーナーポケットに近いので入れは比較的簡単、もはや単純な入れミスが無い限り終わった様な配置が残った。
まさに今言った通りのプランで、加藤さんは残りの配置を取り切っていく、相変わらず慎重にも慎重を重ねて確認作業をする様子からは、うっかりミスなど期待できそうにない。
加藤さんが最後の9番をポケットするまでの約5分間、やけに長く感じられたその時間の間、「いったい何が悪いのか、どうしたらいつも通りの感覚に戻れるか?」そればかりが頭の中をグルグルと回っていた。
0-2
加藤さんのブレイクから第3ゲームが始まり、回ってきた自分の手番。残りは8球、ブレイクで8番が落ちていて他は全て残っている、手球はヘッド側コーナーポケット付近の、長クッション沿いに有る1番を薄く狙える位置、2番もヘッド側に有るため、カットで入れてバタバタで出す。2番を同じコーナーに入れ、引いて3番に出す。
「よし!」
思わず気合が口から洩れた、入れも出しも悪くない、何とか調子が戻ってきたかもしれない。相手のペースに引きずられる時と言うのは不思議なもので、「相手が早撞きの時、つられて早くなる」のは解るが、「相手が遅い時」はつられて遅くなるのではなく、むしろ普段より早撞きになってしまう。
そのあたりを念頭に置いて、普段よりゆったりと落ち着いてプレイする事を心掛けたのが良かった。
3番はサイドポケット近くのレール際、サイドへのシュートは出来ないし、逆からだと真っ直ぐ以外はスクラッチになるという厄介な場所に有ったが、一番いい場所に出せた。それでもサイドポケット越しの、ロングで振りの有るボールだから簡単では無い。
まっすぐ立った状態で、3番が入るコースをイメージしてゆっくりと構えに入る。
チビらない様に、やや強めの力加減でスパッと撞いた手球は、見事に3番のロングカットを沈める!
3番を入れた後の手球は1クッションで逆側の長クッションへ、何もなければバタバタの様な動きで、4番をコーナーに狙える場所にポジション出来た筈だが、そのコース上に6番が有った。
厚く当たればそこで止まり、いわゆる「当て出し」の形になったが、かなり薄めに6番にキスした手球は、勢いをほとんど殺さないままコースだけを微妙に変える。その向かう先に有るのは・・サイドポケット。
「・・・くっ、ここでかー」
痛恨のサイドスクラッチ、6番に当たったコースが悪かった。
アンラッキーではあるけど今、6番に当たった事で配置が変わった。手玉に弾かれた6番は7番にタッチして止まり、トラブルの形となったのだ。これを何とかしない限り、フリーボールから取り切られて終了という事態は避けられる。まさに不幸中の幸いと言えるだろう。
フリーボールを手にした加藤さんも、新たに出来た6、7番のトラブルを見て考え込んでいる。
トラブルの近くに若い番号の的球が有るなら、それをポケットしながら手球をトラブルにぶつけて割りに行く事も考えられるが、ヘッド側に有るのは6,7番だけで残りのボールはフット側に有る。例えば4番を入れながらトラブルを割りに行くとすれば、物凄く正確な手玉のコントロールが必要になるし、たとえトラブルを解消できたとしても5番に出ない。
2~3分の間考え込んでいた加藤さんが出した答えは・・・
4-9のコンビ狙い__
フリーボールの手球を、4-9番コンビのシュートラインに真っ直ぐになるよう、慎重に調整している。
初心者同士の遊びでよく見る光景だ。
あまりビリヤードをやらない人にとっては「普通そうじゃないの?」と思うかもしれない、確かに『9番を落とせば勝ち』のゲームなのだから、他のボールがたくさん残っている状態で、わざわざ順番に落として行くより、コンビで直接9番を狙えるなら、その方が効率的に見えるかも知れない。
漫画なんかだとアッサリ決めていたりするから勘違いされがちだけど、コンビネーション・ショットは「物凄く難しい。」
それこそ「距離が比較的近くて、ポケットに真っ直ぐだったとしても」だ。
だから経験者は、「穴前で当たれば落ちる」と言うような球でもない限り、フリーボールから9番コンビを狙うような真似はほとんどしない。だったら残りが5、6球あったとしても、順番に入れて出して取り切る方が、リスクが少ないからだ。
加藤さんには、今それをやる理由が有る。それは今回の様に解消できそうもないトラブルがある場合。
例えばこの4-9、入ればもちろん加藤さんの勝ちだ、だけど外してこっちに手番が回ってきても、結局6、7番のトラブルがある限り、こちらも取り切る事は出来ない。むしろ下手に4番5番を入れて、6番でのセーフティーに失敗すれば、わざわざトラブルを壊した挙句、加藤さんに手番を返す事になってしまう。
入れれば勝ち。外してもトラブルを相手に押し付ける事となり、不利になる訳では無い。
こういう状況ならたとえ確率が低かったとしても、1球で勝てる可能性のあるコンビ狙いは、十分選択肢に入るのだ!
やがて手球のセットを終えた加藤さんが構えに入る。コンビネーションが難しい事は知っていても、不安が募る、何といっても決まれば終わりのゲームボールだ、と言っても自分に出来ることは外れる事を祈るくらいしか無い。
加藤さんは何回かの素振りの後、センターショットの様に真っ直ぐ4番に向かってストップショット!
手球に弾かれた4番が9番に向かい、9番が弾かれる、一瞬の間に「カカカッ、ターン」と連続で音が鳴った。
一拍置いて、ギャラリーから「ナイス・ショット!」の声が上がる。
加藤さんの放ったコンビネーション・ショットは見事に9番をポケット。入れた加藤さんが、一番びっくりした顔をしていた。
「うーん、決められたか~。」
_____________________________
「「ありがとうございました」」
加藤さんは何だか申し訳無さそうに苦笑いしていた。
恐らくダメ元でのトライだったのだろうけれど、ここは素直に難球を入れた加藤さんを褒めるべきだろう。一言、二言、言葉を交わして、ギャラリーの中にいる沙樹ちゃんのもとに戻る。
悔しさはもちろん有るけど、自分なりに頑張ったし、ベスト4にまで残れたのは上出来だろう。
「負けちゃったw」 「お疲れ様ですw」
そんな気持ちを汲んでくれたのか、変に暗くなる事の無い沙樹ちゃんが有難い。
それでも負けた後と言うのは、色んな事が頭に浮かんでくる。それからしばらく、無言のまま、まだ行われている他の試合を眺めた。
(注1)スキッド:
ボールとボールの摩擦によって、シュートコースが通常の分離角よりも厚くズレる事、ボールの汚れなどが主な原因、スロウで撞いた時に起こりやすい。
健吾:こうして俺たちの戦いは終わった。
沙樹:終わってませんから、まだ三位決定戦が残ってますから!




