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三十路から始める撞球道  作者: 想々
第一章 ビリヤードを始めよう~C級編
10/52

敗者ゾーン1回戦、開き直って楽しもう!

やっぱりゲームの話は書いていて楽しいです、本文中の(注1)(注2)に関しては後書き部分に説明が有ります。


「「よろしくお願いします」」


 相手の先行ブレイクで始まったゲーム、ブレイクの散らばり具合が悪く、いくつものトラブルが有り、かなりもつれた配置だった。一番を入れながら、これを無理矢理何とかしようとした相手だったが、結果は手球スクラッチ。


 残り7球でフリーボールを手にしてテーブルに付いたが、これから狙わなければならない2番が5番とトラブルになっていて、どこに手球を置いてもポケットを狙えない状態。

 更に6番、8番、9番の位置も近く、かなりゴチャゴチャしていて攻めるに攻められない。

 精神状態が悪い時なら、「せっかく自分が攻める番になったのに、配置が悪い」と嘆いたかもしれないが、開き直った今はこの状況を受け入れ、楽しむ余裕があった。


「仕方ないか」


 攻められないのだから守るしかない。それでもせっかくのフリーボールからなのだから、キッツイセーフティーをお見舞いしてやろう。幸いこの配置は、シュートは狙えないが、フリーボールからならセーフティーは簡単なトラブルの形だ。


 全体の配置を見回すと、手球を2番の近くに置き、ポケットとは関係ない短クッションに向けて真っ直ぐ構える。


 そしてそのまま、短クッションに向かって、ストップ・ショットする。当然手球はその場に停止、5番にピッタリくっついた形で止まる。そして手球にはじき出された2番は短ー長2クッションで、5番を挟んで手球と逆側に転がっていく。


 いい感じにセーフティーががっちり決まった。自分はいたずらが成功した時の様な、にこやかな表情で相手に手番を譲るが、対照的に立ち上がった対戦相手は、配置を確認するまでもなくゲンナリとした表情を浮かべている。


 それもその筈だろう、いま手球と5番ボールはほぼピッタリくっついているような状態で、狙うべき2番ボールはその5番の向こう側にあるのだ、5番に当てないようにに2番に当てるには直接では無理、むしろこれだけ5番との距離が近いとワンクッションで当てるコースすら無い、できるかどうかは別としてジャンプ・ショットさえ出来ない、かなり凶悪なセーフティーだ。


挿絵(By みてみん)


 しばらく悩んでいた対戦相手だが、いい方法が見つからずヤケ気味に2クッションで当てに行くがファール。再びフリーボールを手にしてテーブルに付く。


 2-5のトラブルは解消されたが、相変わらず6-8-9のトラブルはそのままで、現在2番もその付近に有り、ゴチャゴチャした配置なのは変わっていない。ただ先程と大きく違うのは対戦相手が現時点で2ファール、次のファールで()()()()()(注1)になるという事だ。


 しかも都合よく2番の近くに6-8-9のクラスターがある、これは狙うしかない。

 慎重に厚みを確認、2番を弾き出した手球がゆっくり6-8-9の方向に向かうよう調整する。こちらが何をしようとしているか解るのだろう、対戦相手は「勘弁してくれ」といった表情で額を押さえている。


 そう、今からやろうとしているのは、攻めることが出来ないから、相手に攻められない様に守るセーフティーではなく、相手を殺しに行く攻めのセーフティーである。


 力加減をイメージ、2番ボールをはじき出してその後の手球が8番に当たって止まるのを想像する。先ほどのショットの2番のコースを逆再生する様に、2番を弾き出す、そして手球は分離角方向に転がり、8番に「コツン」と当たり止まった。


 先ほどのセーフティーの5番と8番が入れ替わったと考えて頂けたらいいと思う、しかも今度は周りに6番、9番が手球を取り囲む様に有り、コースが制限される上に撞きづらい事この上ない。


 「2ファールです。」


 2ファールのコールをして手番を交代する。


 表面上はクールに振舞っているが、心の中ではガッツポーズである。「よっしゃ!完璧なセーフティー、これ絶対無理だろう!」


 紳士のスポーツであるビリヤードの「キュー・プレイヤー」としてそれはどうかと思う、だけど勝敗が有るスポーツなのだから、皆さん心の中ではこんなものだと思いますよ?ただ紳士のスポーツなので表に出さないだけなのです。


対戦相手は、何とかセーフを取ろうと色々なクッションパターンを見ているようだが、やがて諦めた様に頭を掻いて溜息を一つ。一応3クッションでのセーフを試みたが当たらず、3ファールでこのセットは自分のポイントとなった。


 1-0、公式戦で初めてセットを取った!ナインボールなのに9番入れてないけど、まあ良し!


 2セット目は勝者ブレイクなので、自分のブレイクから始まる。サイドブレイクでウイングの8番をポケット、取り出しの1番も見えている。特にトラブルもなくいい形だ。一番はちょっと薄いけど穴に近い、無事にカットで沈め2番にポジション、少し走りすぎて2番に対して薄くなってしまった。


 これだと普通に撞くとまた走りすぎてしまう、だったら逆の発想、止まらないなら逆に走らせてしまえば良い。センタースポットあたりの手球で、長クッション際の2番をカットする、敢えて力加減は強めだ。

 2番ボールは無事ポケット、手球は長クッションの間を一往復半ちょっと、行ったり来たりして止まる。俗にバタバタと言われるテクニック、3番へほぼ真っ直ぐに出すことに成功した。

 そのまま3番をストップショット気味のショットでポケット、4番をサイドに狙える場所に出す。


 配置も調子もいい、もしかしてこのまま、初マスワリ(注2)行けるんじゃないか?

 4番は入れるだけで5番に出るから、5番から6番へ上手く引き玉で出せれば、そんな事を考えながら4番を狙う位置まで来て、何か普段と景色が違う事に気付く。


 サイドポケットが異常に狭く見える。

 元々角度のあるサイドポケットへのシュートは、ポケットに対して正面から狙うよりも、手前の角に遮られる分狭くなる。でも普段、これくらいの角度でそこまで狭さを感じたことは無い。


 何でこんなに狭いんだ?目の錯覚だろうか。心当たりを探る。そう言えば来る途中、車の中で沙樹ちゃんが言っていた。

「2番台が花台で、ポケットがボール約1.8個位、ほかのテーブルが2.1個ぐらいなので2番台だけ極端に穴が渋いですから、2番台でプレイする事になったら気をつけて下さい」


「2番テーブルか!ここ!」


 正直テーブル・コンディションとか聞いても、それが実感できる程上手くないから関係無い、そう思って聞き流していたが、これは確かに影響が有る・・・


 正面から見てボール0.3個分狭くなったポケット、その狭いサイドポケットを浅い角度から狙おうとすれば、更に狭くなる。もうこれボール1.2個分位しか無いんじゃないだろうか。

 他の甘いテーブルならサイド出しで良かったが、このテーブルではコーナーに出しに行くべきだった。事前の確認、選択ミスである。


 それでもあくまで狭いだけで、シュート出来ない訳ではない。覚悟を決めてよく狙う。ここからの角度では強めにいったらほぼ角に入ってしまう、ソフトに、ポケットの縁から穴の中に転がり落ちるようなイメージで柔らかく突き出す。

 手前の角をギリギリ避けるように転がったボールは、そのままポケットに転がり落ちることなく、奥の角に当たり跳ね返って止まった。


 まあ仕方ない、まだ5球ある。4番は穴前だからまあ実質4球だが、5番から6番への出しは引き玉になる、引き加減をミスすれば6から7への出しはかなり面倒になる筈だ、まだチャンスはある。


 手番を交代して座り、相手のプレーを見守る、お手並み拝見だ。


 対戦相手は4番をサイドにポケット、ちょい引きで5番への振りを調整しているあたり芸が細かい。ここから引き玉でサイドポケット前にワンクッション入れて、ヘッド側の短クッション沿いにある6番にポジションに行くつもりだろう。


 ここで全く引けなかったり、あるいは引きすぎて振りが無くなったりすれば一気に6番から7番への出しは難しくなる。ここが相手にとって、このセットの勝負玉になりそうだ。


 慎重に下の撞点を確認している、唯でさえ引き玉は加減が難しい、しかし引こう引こうと思うあまりミスキュージャンプなんかしたら洒落にならない。


 やがて納得できたのか、撞点右下の順引きで5番をコーナーにシュート!

 

 5番は見事にコーナーポケットのド真ん中にシュートされた、ここから問題の出し!右下回転のかかった手球は5番に当たった後「クンッ」っとバックスピンによる引きが掛かり、カーブしながら戻ってくる、そしてクッションに向かい・・・そのままサイドポケットに吸い込まれた。


「はぁ?、ちょッ・・マジか?」


 対戦相手の引き吊った声が聞こえる、気持ちはよーく解る。 あるのだ、明らかに狙っても入らないような角度や、「ポケットの前に他の的玉が沢山有るからスクラッチは無いだろう」そんな予想をあざ笑うかのように、それらを全てコンマ数ミリの間隔で躱しての「芸術的なスクラッチ」


 今のショットにしてもそうだ、本来ならサイドポケットの手前でワンクッション入れて、そこから引きと順ヒネリで持って来る様なショット、たまたま引きが早めに噛んで、サイドポケットにジャストな方向に向かってしまったのだろう。

 しかしだ、その前の自分のショットを思い出せば解る、あれだけソフトにアプローチしても角に蹴られる様な角度とテーブルである、しかも今のコースは自分が撞いた4番より更に浅い角度、スクラッチコースはジャスト「ボール1個分」くらいだろう、そこからコンマ数ミリズレてもダメという条件の中で、あの勢いで戻ってきたボールがスクラッチするって、どんだけ正確に穴に向かっているんだという話だ。


 ともあれフリーボールを手にしてテーブルに戻る。さっきの勝負球のテーマは5番をポケットしつつ、どれだけ正確に6番にポジションできるか?というモノだった。そして自分に回って来た球は、「5番はポケット済み、6番からフリーボール」である。相手は泣いていい。


 とは言ってもシブ台なのだから単純なシュートミスも怖い、フリーボールから45°程振りをつけて6番をポケット、7番へ出す。7番への振りは逆になってしまったが、それならそれで撞点下でシュートすれば、今から7番を狙うのと同じコーナーへ、9番を狙う様に出すことが出来るだろう。


 撞点下で7番ボールをシュート、7番ボールはコーナーポケットの中で「ガコガコ」と賑やかに暴れた後「ぽてり」といった感じで穴の中に落ちた。

「危ねぇ・・」サイドポケットの狭さを感じるまでは気付かなかったが、当然ながらコーナーポケットも渋いようだ。何にせよ7番はなんとかポケット、手球は引きで1クッション、コーナーに9番をほぼ真っ直ぐに狙える位置に出せた。

 何といっても渋台だ、万が一の事が無いよう慎重に狙いを付け、9番ボールを沈める。


 2-0、リーチをかけ、再び勝者ブレイクで、自分のブレイク。


 結果はノーイン。しかも9番が他のボールに弾かれって真っ直ぐヘッド側のコーナーポケットに向かっていた。止まった場所は、触れれば落ちる程のポケット際。


 ブレイクが終わった後の配置を見ると、一番はヘッド側短クッション中央あたり、手球は9番と逆のコーナーポケット付近だ、9番に当てさえすれば勝てる配置だが、1番からのコンビネーションを狙うには、かなり薄いカットとなる。


 それでもリーチを掛けられている相手からすれば、逆転を狙える流れである、それは狙うだろう。


 結果から言うとそれは失敗だった。わずかに厚く外れた1番はヘッドスポット手前に残り、カット後の手球は3クッションした後、1-9コンビネーションのシュートコースの前で止まった。もはや手球を真っ直ぐ撞くだけで9番をポケットできる配置だ。


3-0、正直まともに取ったゲームが無いような気がするが、勝ちは勝ちである。


「有難うございました」


 挨拶をして、テーブルを離れる。


 日吉健吾、公式戦初勝利!


 対戦表の自分の名前の下に「W」、対戦相手の名前の下に「0」を記入。運営に提出する。


 やった!初めて公式戦で勝てたんだ・・・・そんな余韻に浸る間もなく。



「クロスロード日吉選手、マジック飯田選手、4番テーブルです」


コールにより、連戦となる敗者2回戦目に向かう。






注1:スリー・ファール

ナインボールのルールの一つで、3回連続でファールしたプレイヤーはそのセットを失うというもの。あくまで「連続」であるため、1回セーフを取れば1からカウントをし直す。


注2:マスワリ

ナインボール、またはテンボールで、ブレイクで何らかのボールが入った後、ノーミスですべてのボールを取りきりること。英語ではブレイク・ランアウト。ブレイクノーインから交代したプレイヤーのノーミスプレイは俗に裏マスと言われる。

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