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世界を終わりに導く悲劇

この世界が二度と救われないように

作者: 悠木おみ



――ただ、魔女が燃えるのを見ていた。



 顔をあげて、嘲笑う。


 それは、まるで本物の魔女のようだった。

 彼女は、プライドの高い魔術師だった。そのせいで、誤解されやすかった事と、取っ付き難さはあった。

 けれど、それほど「魔術師」というあり方に誇りを持っていた。


 自分の魔力を使って現象を起こすもの。それが魔法使い。

 世界に数多に存在する精霊に、魔力を渡して現象を起こしてもらうもの。それが精霊使い。

 私は、自信も力もない、精霊使いにはなれない、出来損ないの魔法使い。それが、周囲からの評価だった。

 魔力を使って、わずかな―生活が多少便利になる―魔法を使える程度。そんな存在だった。


 現代によみがえった精霊神子、リーラルトーリ。彼女が生まれるまで、巫女候補と言われていた優秀な精霊使いと、王国精霊騎士団の第一隊長。

 政略的に結ばれ、幸運な形で恋に落ちた二人の間に生まれた私は、期待された精霊使いとしての資質が全く備わっていなかった。


 けれど代わりに、声が聞こえた。


 どんな存在の声かは、わからなかった。ただただ、痛みと悲しみを虚空に訴えるその声は、私の心を締め付けるかのように、耳に届いた。


「それは、精霊の声よ。あなたは、精霊の声を聴くことのできる人間なんだわ」


 私に、そう教えたのは、後に魔女と呼ばれるようになる彼女だった。


「声が聴こえる人は多くはないけれど、それほど珍しい能力じゃない。精霊を見ることのできる人、精霊の声を聞いて姿を見ることのできる人、それに加えて対話することのできる人の順に希少になるけれど、貴方は……」


「私は……声が、聞こえるだけです」


 おずおずと告げた言葉に、彼女は頷いた。


「さほど珍しい事じゃないから、制御はすぐにできると思う。けれど、貴方には酷かもしれないけれど、わずかでも精霊の存在に触れることができる存在は、一般的に知られる“精霊使い”としての魔法は使えない。理由は、わかるかしら」


「精霊様の魔法は、使えないんですか?」


 縋るような声になったのだろう。軽く眉を寄せ、同情の色を乗せた目で彼女は私に頷いた。


「わからない? 貴方の聞こえる声は精霊の声。彼らは、精霊使いとしての魔法を使われる時、苦しみを私たちに訴える。それは、精霊が消費されている証」


「精霊様が、消費……」


「私たちはおそらく、本能的にそれを拒否する。恐れる、といっても良い。十分な魔力を提供し、渡した魔力以下の魔法を使ってもらうことはできるけれど、大きな魔法は使えない。使いたいのなら、魔術師になるしかないの」


 その言葉に、私は無意識に頭を横に振っていた。


「魔術は、邪法です。魔法が使えるのは、精霊様だけが神様から与えられた特別な力。魔術は、邪神の力です」


「精霊教のサラブレッドの貴方からしてみれば、そう言いたくなるのもわからなくはないけれど、そう思っているのなら、貴方は魔法は使えない。――はっきり言うわね。精霊教は、彼ら……精霊を敬っている一方で、ただ消費して殺しているのよ」


 告げられた言葉に、目の前が真っ暗になった。同時に、それ以上の事を聞かなくていいように、私の意識は闇に落ちた。




 声が、聞こえる。

 それは、痛みを訴える声。苦しいと、嘆きを伝える声。恨むな、という事が残酷であるような悲痛な声と、深い絶望。

 その声は、どんなに苦痛に叫んでいても、恨みや憎しみ―憎悪は感じない。

 ただ、悲しいと、苦しいのだと、助けてくれと、救いを求めるその声は――理解を求める声は、ひたすらに切なさに胸を締め付ける。


 魔女の言葉は、正しかった。


 精霊使いである母の手に導かれて、同じように力を使う。けれど術の発動するその瞬間、精霊の痛みを訴える声に私は術の発動を反射的に拒む。

 そうすると術は発現せずに魔力は霧散し、残るのは残念そうな表情をした母と、精霊の荒い息。

 どうしても使えない「奇跡まほう」に、周囲はおろか、私が最も絶望した。


 何度も何度も一人で術を紡ぎ、何度も何度も苦痛と悲鳴を響かせる声を聴き、同じ数だけ術の発動に失敗する。


 何度も何度も繰り返すたび、心の中に淀が溜まる。



『かつての巫女候補の娘が、精霊様にお力をお借りすることができないとは』

『王国精霊騎士団の第一部隊の部隊長が御父君なんでしょう? ……部隊長の血筋は、代々王家に仕える精霊騎士か、精霊使いよね』

『それを言うなら巫女候補様の血族だって、代々精霊教会の司祭クラスの血族よ』


『……それでなぜ、あの娘だけが精霊様に力をお貸しいただけないのだ』



 耳をふさいでも聞こえる、猜疑の声は私の心を責め立てる。


 ただ、魔法が使いたい。

 強い魔法が。

 力が欲しい。

 母のように、父のように、二人の子供だと、認められる力が。


 だから――


「私に、魔術を使うすべを、教えてください」


「どんなことがあっても、どんな小さなものであっても、二度と一切の精霊術を使わない。それが魔術を教える条件になるわ」


 淡々と告げる魔女の言葉に、私はためらいもなく頷いた。


「覚悟の上です」


 精霊たちの苦痛の声を耳にしながら、それでも母の使う奇跡まほうを見て、奇跡まほうを学んだキラキラした思い出は、もうどんなに願っても、努力しても、わたしの手には届かない。

 暗く淀んだものを心に抱えながら、私は魔術を手に入れた。





「魔女を殺せー!」

「魔女に、制裁を!」


 誰かが言った。


「魔女を裁け!」

「裏切り者に、罰を!」

「卑怯者ー!」

「殺しちまえ!」



 精霊使い――魔女の、双子の姉妹が精霊を殺しながら、魔女を炎で包む。

 そして魔女は、嘲るように笑った。


「思い知れ」





 彼女が燃えていくのを見ながら、私は大量の血魔石を消費して“彼ら”に囁く。


「【ここへ来て。こっち。もう、大丈夫だから】」


 囁きながら、血魔石と魔力でそっと“穴”を開ける。

 この“穴”は、魔女が私に依頼した最期の願い。唯一の希望。


「【こっちよ。大丈夫】」


 精霊たちに囁きながら、穴を人には通れない大きさの“門”に形成する。

 この“門”の向こう側には、それほど数がいない魔術師たちの中から様々な振るいにかけられて許された者たちが、膨大な魔力と繊細な技術、そして時にはその命を削って作り上げた空間――精霊たちのためだけの、居場所せかいがある。


「【ここへ来て】」


 この世界で消費され続ける精霊たちを、この世界から一度隔離して、鍵をかける。それが、精霊たちの世界の形成者であり、継承者でもあった魔女から最期に託された、私の役目。


 呆れるほど膨大な魔力と、声に惹かれるようにたくさんの精霊たちが集まってくる。声は聞こえるけれど、姿が見えない私には、彼らが何をしているのかはわからない。

 けれど楽し気な雰囲気から、門の向こう側を覗き込んでいる子もいる気がする。


 精霊たちが殺され続けるこの世界に、自分たちを苦しめるこの世界の魔法―精霊魔法に絶望した精霊王たちは、最初の形成者に導かれて、門の先で眠っている。門の先の世界を知らない精霊たちを待つために。


「【ほら、大丈夫。この門の向こう側で、王様たちがまっているわ】」


 かけた言葉に、精霊たちが驚くような、喜ぶような声が伝わってくる。いくつかの気配が門の中を覗き込んで、嬉しそうに飛び込んでいく。

 

――ありがとう


 門に飛び込んでいく数多の精霊たちの一人から、心に直接声が届いた。私が精霊たちの声を聞く限り、初めての言葉だった。

 送られた感謝の言葉に困ったように笑っているのが、自分でもわかった。

 それでも精霊たちを導き、門の向こう側に送り出し――そうして、世界に満ちていた精霊たちは隔たれた新たな世界へ去っていった。


(そうして、私は門を閉じた)


「精霊術が、使えない!」

「精霊様! 助けてください!!」


(たくさんの絶望の声を聞きながら)


「精霊様ー!」


(だから、全ては――)


 いつの間にか、私は黒く渦巻く混沌の空を見上げていた。

 ここからでは届かない、精霊たちに救いの声を求めて、無意味に僅かな魔力を散らせているかつての精霊使いの絶望を聞きながら。


 その中に時折混ざる、純粋な魔力を感じて、笑う。


「――これは、世界を救った勇者が望んだ物語」


 彼を知り、魔女を知り、最初の絶望を見ていたはずの少年に、届かないとわかっていても語りかける。


「勇者が望み、魔女が助けた。精霊は門を隔てた世界で、傷ついた存在を癒している。この世界には、精霊術が忘れ去られてしまうほどの時間をかけないと、戻らない」



 すでに、全ての門は閉じている。



「これが、世界を救った勇者と、世界の結末」


 言葉と共に、私の意識は闇に落ちた。


(終わりを見ていた。終わりを知っていた。終わりを助けた――ただそれが、この世界の結末だった)

巫女(巫女候補)と神子の違い。

巫女は精霊教会に所属する優秀な精霊使いに与えられる名前。(主に司祭クラス以上の精霊使いが決める役職のようなもの)

精霊神子は精霊から直接名付けられ、精霊に認められた初代を継ぐもの。(信仰対象である精霊に選ばれた寵児、その時代の象徴)


巫女(巫女候補)は常に精霊教会に存在するけれど、神子は不在の時がある。神子が存在するときは巫女は選ばれない。

現在は精霊神子「リーラルトーリ」が精霊教会の象徴として存在している。


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