千里04
自動ドアが開いたので中に入ると案の定、雛ちゃんがいた。
腕にケンを抱いたまま家と病院が繋がっているドアに背を向けた状態で立っていた。
どうやら一歩踏み出してドアを閉めたようだ。だからチャイムが聞こえなかったのか。ドアが開いてたら聞こえてたけど。
そのドアは病院の出入口の自動ドアの正面に位置するのだが雛ちゃんの目線は、こちらには向いてなかった。
きっと何かあって、こっちに来たのだろうなぁ〜と思いながら近付くと、いち早く私に気付いたケンが吠え始め私に何かを訴えていた(・・・・・・・・)。
そしてケンの鳴き方が、いつもと違うと思った雛ちゃんは腕の中のケンを宥めようとして近付く私に気付いたようだ。
何があったのか話を聞こうとしたら何やら怒鳴り声が聞こえてきた。
「ですから先生はオペ中ですと
「そう言って逃げるつもりなんざんしょ!! 私は騙されませんわよ!!」」
そう言えば入った時から騒がしかったなぁ〜と思いながら声のした方を見る。
すると派手な服を着た人が突っかかる勢いで一方的に喚きながら診察室に無理矢理入ろうとしていた。
腕の中には震えている犬を抱えていた。
それを止めていた母と看護師さん。確か看護師さんの名前は仲野さんだったような?
そして周りには時間外なのに数人の人が待合室にいて様子を窺っていた。
「ですから先生はオペ中ですと先程から話しているのを途中で遮って
「ほら、やっぱり証拠隠蔽なんざんしょ!! それとも裏で口裏でも合わせているのかしら!!」」
どうやら派手な服を着た人は、人の話を聞かない人のようだ。
さらに自分の考えが正しいと思っているみたいだから話が進んでないみたいだった。
雛ちゃんに聞いても、雛ちゃんが来た時からこんなんだったとの事。
先程から待合室で様子を窺っている人達の中に、ご近所の鷲尾のおっちゃんがいた。
目があったので聞いてみても雛ちゃんと同じだった。
だったらと当事者から聞く事にした。
深呼吸をして意識を集中した。
電源を切りかえるみたいに簡単だけど久しぶりで少し緊張しているようだ。
理由は簡単。この力も、あまり使わないようにしているから。
すると頭の中に、いろんな声が聞こえてくる。
「ワンワーンワンワーン(ちーちゃーん、ちーちゃーん)」あっ、これはケンの声だ。今は置いといて。
「ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン(こんな寒い日は帰って一杯飲みたいなぁ〜)」次はタロさんだ。飼い主さんと同じ口癖なんだよなぁ〜。ちなみに飼い主は鷲尾さんである。
「ワーンワンワンワン(オイラとデートしない)」この軽そうな発言の主はライくんだ。いつもの事だけどチャラい。飼い主さんは真面目なんだけどなぁ〜。
そんな事よりもと思い直して、もう少しだけ意識を集中した。
すると「クーンクーンクーンクーン(恥ずかしいから帰りましょう。ママ)」と言う声が聞こえてきた。
それは、とても可愛らしい声だった。
「『何が恥ずかしいの?』」と心の中で話しかける。
雛ちゃん達は、それを心話と呼んでいる。
「ワンワンワンワンワンワンワン(私の毛色が、ここら辺では珍しいから)」
「『そうかな〜。ここからでも見えるけど綺麗なピンク色だと思うよ!? 私なんか真っ黒だよ!? ほら!?』」
「ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン(全く男共は皆そういうんだよね!? またナンパかしら!? ほんと嫌になっちゃうんだから!!)」と言いながら振り向いた。
目があったのは一瞬でキョロキョロと辺りを見て声の主を探しているようだ。
だって今この場にいる犬達の毛色は白色と茶色で黒色の仔が一匹もいなかったからだ。
隣にいる雛ちゃんは帽子を被り、その中に髪の毛を入れていた。
その反対側の鷲尾さんの髪の毛は白髪入りのハG……ゴホン少し、いやかなり寂しくなっているもよう。
あとの人達は、あの位置からだと死角になっていて見えないはずだ。
だから黒色の私と再び目が合った。
私は微笑みながら「『こんにちは』」と挨拶をした。
始めは私が話しかけているとは思ってなかったみたいだった。当たり前だが……。
だから再び話しかけてみると、ぽかーんとしていた。
「『私の名前は千里。一ノ瀬千里だよ。ヨロシクね!? あなたの名前は?』」
ビックリしてたけど答えてくれた。
「クーンクーンクーンクーンクーン(私の名前はアリス。渡瀬アリス)」
「『(アリスちゃんかぁ〜。可愛い名前だね。それにピッタリだね』」
「クーンクーンクーンクーンクーン(大好きなママが付けてくれたの〜)」
尻尾をブンブン振っている。
どうやら飼い主さんが大好きなようだ。可愛いなぁ〜。
そこから少し話していた。楽しくて今の現状を忘れていた訳じゃないよ!?
そこから分かった事は、なんでも年末に海外で暮らしている飼い主さんの娘さんが急遽、帰宅する事になったそうだ。
アリスちゃんも大好きみたいで話している時は嬉しそうだった。
だから飼い主さんにセットをしてもらっている最中に怪我をしてしまったみたいだ。
だけど運悪く、かかりつけの動物病院が休診で仕方なく家から少し遠いが評判の良い麻生動物病院に来たそうだ。麻生動物病院は緊急時も対応してくれるからね。
さらに詳しく聞くと、どうやら怪我と言っても毛が数本、焦げただけだったみたいだ。
そして治療をしてもらい帰宅。
ひと安心したのもつかの間、家に帰ると今度はアリスちゃんの身体中に発疹ができていたそうだ。
『何かのアレルギーかな?』と思いアリスちゃんに、そのまま家に帰ったのか聞いてみる。
すると帰りに、いつものペットサロンに寄った事を教えてくれた。
そこで少し整えてもらったとの事。
それからシャンプーもしてもらったそうだ。
そう言えば、いつもと匂いが違ったそうだけど担当さんが違ったからだと思ったそうだ。
だけど飼い主さんは、いつも行っているサロンだったので原因は麻生動物病院だど決めつけているようだった。だから、あの態度なんだろう……。
そして、いつもの病院で無理言って診てもらって治るまで待っていたそうだ。
そして今に至ると。
アリスちゃんに触れていないから見る(・・)事ができないから確証は無いけれど何となく分かった気がする。
麻生動物病院では医療ミスなんて絶対にありえないから。別に雛ちゃん父を擁護している訳じゃないからね!?
根拠は負の感情が無いからだ。何より動物達が皆、笑顔だから。
私の事を知っている人には今、聞いた事を話すだけで分かってくれる。
けれど私の事を知らない人も多い今それをすると私は、また痛い子になってしまう。
『だから、どうしようか? どうやってそれを伝えたら良いのか?』と悩んでいるとケンが助けてくれた。
「ワンワーンワンワン(ちーちゃーんアレ(・・)は?)」ん、あれ??
「『あっ、そうか!! ケンありがとう〜』」
感謝の意味を込めて雛ちゃんの腕の中にいるケンを撫でまくった。
私が黙ったまま突拍子のない行動をしても毎度の事なのであまり動じない雛ちゃんは、いつものように見守ってくれていた。
そして私は確証を得ようとアリスちゃんに触れる為に近付いたのだった。
そうアレ(・・)を実行する為に----。