彼氏
しばらく飲み続けると、吉岡は携帯を片手に外へ出ていった。
きっと電話だろう。
俺も暇になり、携帯をいじろうとした時、クラスのお調子者が寄ってきた。
「吉岡柚菜、めっちゃ美人になってたな。お前仲いいの?」
そう言われて、俺は首を横に振った。
「別に仲良くないよ」
吉岡と話す、と言っても携帯をいじっていただけだったし、俺の話なんて聞いていなかったであろう。
既に出来上がっていたそいつは、俺に吉岡を連れ戻せと言ってきて、無理矢理外へ出された。
外に出るとすぐの、コンクリートの壁に寄りかかっていた吉岡は、やっぱり電話をしていた。
そのまま眺めているのも変だから、と思い俺は煙草を胸ポケットから出して、ライターで火をつけた。
なんだか無性に彼女の顔が気になり、チラチラと見ると、彼女は女の子だった。
「迎え来て。なんでもいいよ。…うん、あと30分くらい。…わかった。新宿の…そう、わかる?」
なんだか楽しそうに話していて、きっと彼氏だろう、と思って聞いていた。
「近く来たらまたメールして。…電話だと気づかないかも。…わかった、待ってる。」
待ってる。の言葉を最後に、吉岡は電話を切った。
そして、ゆっくり俺の方を見て、不敵に笑った。
「盗み聞きなんて、趣味悪いのね」
そう言われて、俺は何も言い返せなかった。
吉岡はまた、騒がしい飲み屋の中に消えて行った。
それを追いかけるように俺も入っていく。
「あ、吉岡さん!今誰と話してたのー?」
酔っ払った美優がそう聞くと、吉岡はんー、と考えるように腕を組んだ。
「…友達以上恋人未満?」
ふはは、と笑ってそう言うと、美優はえー、とつられるように笑っていた。
彼氏のような話しぶりからすると、吉岡の片想いなのかと感じた。
また、吉岡は先程の席にドカッと音がするんじゃないかくらいに座った。
「…今もこれからもさ」
俺は口走っていた。自分でも、自分が何を思って言ってるのかわからなかった。
「なに?」
吉岡は、初めて俺の目を見て話を聞いた。
その真っ直ぐな瞳が、俺を離してくれなくて、俺は吸い込まれるように続きを言っていた。
「…ずっと吉岡のこと好きだよ」
中学2年生の時は確かに、吉岡のこと好きだった。
でも俺には今彼女がいた。
なぜ言ってしまったのか、きっと俺が吉岡を本当は好きだったからだと思う。
でも吉岡は笑ってまた携帯を見ながら話をした。
「知ってる?言葉って、1度言ったら引っ込められないの。」
「…知ってるよ」
「だからさ、これからもしも、松井くんに私より好きな人ができたらさ」
そこで携帯をいじる手を止めて、俺を見た。
「殺すよ」
ゾクッとするような、冷たい目だった。
それを言って、吉岡は席を立って外に出た。
俺も追いかけて外に出た。
「吉岡っ…」
もう出た時には、まるで当然のように男の人と手を繋いで歩いてる吉岡がいた。
先程のお調子者、松木も出てきて、吉岡の姿を見た。
「なに?」
そう言って、口角を少し上げて俺を見つめる吉岡は、昔とは全く似ていなかった。
「…なんでも、ない」
「あっそ。行こ、和。」
和、と呼ばれた男の人は、間違いなく芸能人の柊和也だった。
俺は、芸能人になんか勝てるはずがなかった。