凡人の違いー4月6日
朝の木漏れ日射し込む山の麓。
一段の段差は低く、奥行きの深い階段。
下山途中だった彼女は私に気付くやいなやその場で足を止めた。
サングラスに隠れた瞳で私を見つめているのか、私の方を見下ろしたままその場に立ち尽くしている様子だった。
一方の私はというと…、
『かっ、かっこいいぃぃぃぃ〜。』
彼女の異様ともいえる風采にときめいていた。
木漏れ日に照らされ輝きを放つ透き通った金色の髪。
「固茹卵」感を際立たせる漆黒のグラサン。
私と同じ鬼桜の制服に、手には「玉」の付いていない「けん」のみの「けん玉」と通学カバン。
『現代版スケバン刑事ッッッ!』
そして、極め付けは彼女の肩の上に乗っかっているあの変な猫。『あれは、刑事の相棒…?かな?』と、その猫らしきものに意識を向けた瞬間、
『あれッ?消えた…。』
彼女の肩の上にいたはずの猫らしきものがいなくなっていた。
視界にずっと入っていたのにもかかわらず、意識して目視した瞬間、私の視界から消えていなくなっていた。
『気のせい…、見間違いだったのかな?』
と、自分で自分を納得させ、彼女に視線を戻す。
『入学式当日の朝に制服を着ているということは、私と同じ新入生…だよね』
私が彼女を考察していると、彼女は何もなかったかのように歩き出した。
「あっ、…あの!!」
私は彼女に声をかけた。心の奥底から湧き出た好奇心によるものだった。
ゆっくりと彼女が近づいてくる。呼びかけに反応がないまま一歩ずつゆっくりと黙ったまま。焦らされているのか。溜めているのか。速まる鼓動の音と草木のざわめく音が聞こえてくる。そして、彼女は歩くペースを変えることなく私の横をゆっくりと通り過ぎていった。
『む、無視…ですか?!』
まるで、私の存在を無視するように通り過ぎていった彼女。それにはさすがの私もショックを受けた。が、切り替えの速さだけは誰にも負けない吉備 美琴。
『私の声が届いてなかったのかもしれない。聞こえなかったのかもしれない。聞こえなかったフリをしたのかもしれない。ってそれは無視でしょ!…。…と、とにかく!』
何もなかったように彼女が横を通り過ぎた後、すぐさま振り返ってもう一度声をかける。
「ちょっ…!ちょっとまってください!」
今度ははっきりと絶対聞こえるように声を出した。
『この声の大きさで、聞こえなかったなんてことはない…!…はず…なんですけど…。』
無情にも私の声は彼女には届かなかった。私の呼び止める声に一切の反応を見せず彼女は並木道を歩いていく。
彼女の歩く背中を見送りながら呆然と立ち尽くす私。
『な、なして?どうして?私、何か悪いことした?彼女の気に触るようなことした?なぜなの?教えてよ!一体なぜ私は無視されるの…。』
振り返って理由を考えてみるが、出会ってからほんの数分の間に無視されるようなことはしていないはず。思い当たる節がない。結論。
『あれは、無視だ。避けられてるのではなく、無視されている!私は、無視されている!その心当たりは、なし!』
ここでも光る私の切り替えの速さという思考放棄からのポジティブシンキング。
『これぐらいでへこたれちゃダメ。あきらめちゃダメ。無視がどうしたっていうの。彼女は「固茹卵」。あれはきっと彼女なりの挨拶。それにもしかしたら、彼女は照れているのかもしれない。だとしたら彼女もまだまだトロトロの半熟卵。付け入る隙はある!』
ガッツポーズをとりながらニヤつく。側から見れば変質者だ。
『彼女と私の行く先は同じ。なら、まだ時間はある。こうしてこんな素敵な場所で巡り会えたのも何かの縁。学校へ辿り着くまでになんとかして彼女と仲良くなってみせる。』
仲良くなりたいという想いが芽生える要因は人によって違うと私は思う。私の場合、「特定の人物と仲良くなりたい」という想いは、「相手に興味を抱くこと」で芽生える。
普段、人に興味を抱くことのない私が彼女という見ず知らずの他人に興味を抱き、仲良くなりたいと思った。
私はもう一度彼女に声をかけるため、小さくなっていく彼女の後ろ姿を追いかけようとしたその時、背後からどこか聞き覚えのある声が聞こたような気がした。
『やっと…会えたね。』
私はこの声を聞いたことがある。[誰]の声なのか知っている。私は今日、その[誰]かに呼ばれてここへ来ることができた。その声に導かれてここへきた。[誰]か…、それは今日見た夢の中に現れた[白い女の人]。私の知らない知っている人。
声が聞こえた方へ振り返ってみるが、視線の先、その辺りには人影一つ見当たらず、妖美鮮麗な紅色に春光射し込む奇景だけが目に映った。
私は変に深入りしてしまう前に考えるのを止めた。今は彼女の後を追うのが先決。そう判断した私はその場から立ち去るように彼女の後を走って追いかけた。
高校へと向かってペースを変えることなくゆっくりと歩いていた彼女。私は彼女の姿を確認すると、慣れない運動で息切らしながらも彼女を呼び止めるため声を振り絞った。
「まっ!…まってください!」
彼女は相変わらず無視を決め込んだままだ。とりあえず彼女に追いついた私は一旦切らした呼吸を整える。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…。」
私が息を整える間、彼女は私に顔を向けることすらなく、ただ何事もないように歩き続ける。
『な…、なぜだ?なぜ私はこんなにとんとことん無視されているのだ?とっ…、とりあえず、まずは自己紹介から…。』
「あっ、あの!さっきは急に呼び止めてごめんなさい。えっと、私、吉備 美琴って言います!今日から鬼桜高校に通う新一年生なんです。」
「…。」
「…。同じ…制服ですね…。」
「…。」
「…。入学式に出るんですよね?ってことは新一年生で、私と同級生…ですよね?」
「…。」
『なんなのよ!なんでここまで無視されないといけないの?カチカチすぎるよこの固ゆで卵!というか殻剥けてないよね?ただの殻付き卵だよね!照れてるなんて問題外じゃん!!』
私は彼女の方をチラッと見る。相変わらずサングラスをしている上からでも無表情だということが伺える。
『くっそぉー。この殻付き卵め。このまま殻から出てこないってんなら…私が無理やり剥いてやる。』
そう決心した次の瞬間に、私は思い切って彼女の進路を遮るように両手を広げ彼女の目の前に飛び出た。さすがの彼女も咄嗟に目の前を立ち塞がれ立ち止まるしかなかった。だけど、気のせいか、彼女が仕方なく立ち止まってくれたように見えた。が、それは後から思い返して気づいたこと、その時の私はただ彼女に意識してもらうことに必死だった。そうしてようやく私を意識した彼女。私は息を大きく吸い込み、彼女の顔をじっと見つめ、全身に力を込めた。そして、息を吐き出すと同時に私は腹の底から出る声を絞り出すぐらいの勢いある大声で言ってやった。
「わ、私を無視しないでください!!!」
「…。」
しーん。と静まり返る。静まり返る中、私は心の中で咄嗟に慌てていた。
『何を言ってるんだ私ー!!!ここは仲良くしてくださいだろー!!!何が私を無視しないでくださいよ!恋する乙女かぁぁぁ!どうするのよこれ!意識、認識してもったのはいいけどなにいきなり気まずくしちゃってるのよー!』
私が一人悶えていると、さっきまでなんの反応も見せなかった彼女がスカートのポケットに手を入れ、中からくしゃくしゃになったメモ用紙とペンを取り出し、その紙に何かを書き始めた。
『か、紙?な、なに書いてるんだろ…。』
何かを書き終えるとゆっくりと私に近づきさくしゃくしゃに丸め込まれた紙を私に握らせると、そのまま再び学校へと向かって歩き始めた。
私は彼女に渡されたくしゃくしゃのメモ用紙を開き、中を見た。そこには、
「 死 に た く な か っ た ら 私 に 関 わ る な 」
と書かれていた。
『な…なにこれ。関わったら死んじゃうってこと?…なによそれ…、どういうこと…?ってか、そんなことより…!めっちゃかっこいいぃぃぃぃぃ!!!渋い!渋すぎる!なぜ筆談?!筆談とか渋すぎる!しかも筆ペン達筆渋すぎる!非情な態度に冷酷なこのメッセージ。やっぱり彼女は正真正銘の[固茹卵』!何も語らず、口を閉ざしたままの彼女はまさに、私の大好きな「クリオネ」にそっくり!』
この時の私は彼女のメッセージがどういう意味かはわからなかった。それに「関わったら死ぬ」なんて間に受けるわけがない。冗談だとしか思えない。だって私はただの凡人だから。ただの凡人だからこそ、彼女に惹かれたんだろう。そう思った。
私は好奇心の赴くまま振り返り、「偽り」の「死ぬ覚悟」を胸に、前を行く彼女にもう一度声をかけようとした。
「わ、わたしは!」
「キメちゃん!!!!!」
私の声は掻き消された。
私の後ろから聞こえてきた誰かを呼び止める怒号混じりの可愛らしい声。
私が振り返るとそこにいたのは巫女装束に身を包んだ女の子。そして、その声に反応したのは私だけじゃなかった。さっきまで私の声には一切の反応を見せなかった彼女が足を止め振り返っり巫女装束の彼女の方を見ていた。
『キメ…。それが彼女の名前。』
巫女装束の女の子は頬を膨らまし、肩に力を入れ、足を踏み鳴らすように私の横を通り過ぎてキメさんに詰め寄った。
「キメちゃん!ハグ、あれだけいったよね?『今日は入学式だから2年生の私達はお休みだよ。』って!!!」
『せ、せっ、センパイだったのぉぉぉぉぉー!!!?』