奇想天外
空鈴は【巫雲】と呼ばれる命を宿した雲を遥か上空、天高い場所から呼び出した。どうやらこの雲、[カンナギ]をある程度使いこなせる人間であれば乗ることができるようだ。
空鈴は巫雲の上に乗り神社へ帰ろうとした。そんな空鈴に向かってハグが手を振り声をかける。
「くぅーちゃーん!私も乗せてぇー!」
「あい。いいですよ!」ハグの方へ振り返り笑顔で了承する空鈴。
「やったぁー!!!」と、空鈴が乗る巫雲に勢いよく飛び乗るハグだったが…、
「グフェッ!!!」
雲から落ちた。
「ハグさん?!大丈夫ですか?」
「へ、平気だよ…、これくらい…。。」
ー「とても大丈夫とは思えないぐらい流れるものが流れてます…。」ー
「毎回言ってますけど、カンナギを解放しておかないとこの仔には乗れませんからね。」
「テヘヘ…忘れてた。どんまいドンスケッ。」
「なんですかそれ。全然可愛くないんですけど…。ほらっ!乗ってください。帰りますよ!」ハグに手を差し伸べる空鈴。
「はいなぁー!」と空鈴の手を掴み、元気よく飛び乗ったハグ。今度は無事乗れたようだ。
「麗子さんも乗って帰りますか?」と渋々仕方がないといった口調で私を誘う空鈴に対して私は歩いて帰ると笑顔で返答した。
「そうですか。なら、先に帰ってます。」
「じゃーまた後でねー!」
そう言うと二人を乗せた雲は神社の方へと向かって飛んで行った。ここから神社まで対して距離はないのだが、あのお猿さんは一分、一秒でも早く帰りたいのだろう。
私は二人を見送ると一人家路についた。気分が良いときは、こうして月を眺めながら徒歩でゆっくり1日を振り返りながら帰る。あの鬼に振り下ろした瞬間に拳から身体の芯まで伝わった爽快感。お猿さんの一撃を受け止めた時に身体の芯まで響き渡ったあの衝撃。そして私を照らすこの月明かり。…。退屈じゃなく、楽しい夜を過ごせてよかった。
町中心部から北へ真っ直ぐ抜けると山の麓が見えてくる。参道へと続く入り口には一の鳥居があり、その周りには神社で神木とされる立派な桃の木が咲いている。そこをくぐり抜けると長く続く急勾配な階段が待ち受けているのだが、実はこの階段ショートカットすることができる。とはいってもそれができるのは今の所私達巫女見習いの3人と鬼愛だけ。それ以外の人間は人によって違う。その話はまた別の機会にするとして…、麓にあるこの一の鳥居には、人間の第六感に反応して開く異空間への入り口が備え付けられている。カンナギを宿す人間がここを通れば、一の鳥居がそれに反応し、階段の最上、参道前にある境内と俗界の境界を作る二の鳥居までの空間を繋げ、あっという間に二の鳥居の下に出ることができる。
「おかえりー麗ちゃん!」
帰ってきたことに気が付いたハグが私に飛びついてきた。私はハグにただいまといった。
「遅かったですね。待ちくたびれましたよ。」くたびれた様子には見えない空鈴が嫌味なおかえりを言った。
あら?誰も帰りを待っていてくれなんて頼んでないんだけど。
「あなたを好き好んで待っていたわけではありませんのでご安心を。」
なら、待ちくたびれたのは私を勝手に待っていたあなたの自己責任ってことでいいかしら?
「クスッ。誰もあなたを責めてなんかいません。そこのところ誤解がないようにお願いします。」
「はいはいはいはーい!!!キリのない言い争いはそこまでにしてぇー…、おーーーい!みんな揃ったよー!」ハグが、二の鳥居の上に向かって声をかけた。そこには、寝そべり月を眺めている一人の少女がいた。少女はハグの声に反応してゆっくりと起き上がる。
月に照らされた金色に輝く長い髪が闇を裂くように靡く。前髪を留めるためのピンクのリボンカチューシャ、レイバンのサングラス、私達と同じ巫女装束、腰に巻かれたホルダーには剣玉が収められている。袴のポケットに手を突っ込んで私達を見下ろす少女。そう、彼女が私達3人の主人【桃花 鬼愛】、この桃花源神社の神主だ。そして、ああ見えてもまだハグや空鈴と同じ16歳。
「…。」
黙って見下ろしたままの鬼愛。隣のハグが代わりに口を開く。
「鬼愛ちゃんがようやく3人揃ったか…、だって。」
ハグが私と空鈴にそう伝えると鬼愛が鳥居から飛び降りた。鬼愛はハグに顔を向け黙り込む。
「…。」
「ちゃんと伝えたよ。早く帰ってこいって。ねっ?くぅーちゃん。」と空鈴に話を振る。
「た、確かにハグさんから…その…、伝言…聞きました。」さっきまでの威勢はなく、もじもじ顔を真っ赤にする空鈴。
ねっ?とハグが疑いを晴らすと、頭をぽりぽりと掻く鬼愛。
「そ…その、鬼愛様?こ、今夜の麗子さんとの件…、わ、私は…自分の信念に従って行動しただけで…ま、間違ったことは…してない!…です。」
見てられないわね。
「見なくて結構です。元はと言えばあなたが…。」
言い争いしそうになった私と空鈴に鬼愛が黙ったまた何かが入ったコンビニの袋を差し出した。
「鬼愛…様?」空鈴は突然のことに驚いた様子。
その様子を見ていたハグはクスクスと笑いだす。
私はありがとうといいその袋を受け取った。見ると中にはアイスクリームが3つ入っていた。
「今夜もお務めご苦労様。だって。」
ハグがそう言うと空鈴はどういうこと?と問い出した。ハグが言うには…、
「鬼愛ちゃんは、アイスクリームが溶けちゃうから二人に早く帰って来いっていったんだよ。どうやらくぅーちゃんは勘違いしていたみたいだね。ププッ。」
おちょくるように笑うハグ。そんなハグに空鈴が怒鳴った。
「もー!ハグさんッ!!!」
冷蔵庫に入れとけばよかったのに。と騒ぐ二人を他所に鬼愛に話しかけた。私はなんとなくわかっていた。私と空鈴がよく衝突することを鬼愛が知らないはずがなく、今に始まった事でもない。
私はどれを頂いていいのかしら?と、訊くと、私が持っている袋に手を突っ込み[雪見大福]を取り出した。私が当たりというと、残りの二つのアイスを袋から取り出し、ハグと空鈴に投げ渡した。ハグにはシンプルな[ソフトクリーム]。空鈴には[白玉小豆バー]。どうやら二人ともそれぞれの好物を買ってもらったようだ。
「ワァーイ!鬼愛ちゃんありがとー!!!」
「あ、そ、その…ありがとうなんて…ありがとです…。」
鬼愛は表情にこそ出さないがなんだか満足した様子だった。
「鬼愛ちゃんが溶けちまうから早く食え!だってさ。…っていうことで遠慮なく!」
「わ、私も!」
いただくわね。三人はアイスを開封した。…が、時すでに遅く、アイスは溶け始めておりあまり良い状態とはいえなかった。私達は御賽銭箱の前にある階段に座りアイスを頂いた。頂き始めて間もない時、私は思い出したように鬼愛に話しかけた。
そうだ、鬼愛。
鬼愛は私に顔を向けた。
今夜、私が町の監守してる時、ハグが邪魔しに来たの。
突然の告げ口に慌てるハグ。
「れ、麗ちゃん!!!?」
私はニッコリと笑った。
「言わないって言ったのになんで…!?き、鬼愛ちゃん…?そ、その…これには…なんとか海溝よりもおむすびころりんのおむすびが落ちるネズミの穴よりもふかくふかぁーい訳がね…。テヘペロッ。」
ハグの頭に落ちた拳骨の鈍い音が町中に響き渡った。
「い、いたいよぅ…ぅぅぅ。」
桜が散り散りに咲き始める中、春の夜風が賑やかな私達を優しく包む。真夜中午前三時のこと…。
「…だいたいだけど、これがあなたが引っ越してきた日に目撃したことの真実と事実。まぁ私達にとってはごく普通の日常なのだけど、あなたからすれば少しクレイジーかもね。新一年生さん。」
「と、とてつもなく、くっ、クレイジー…です…。」
私の名前は【吉備 美琴】。
どうやら私は見てはいけない世界を…、見てしまったようです…。
あっ、あの…、もう一度最初から説明してもらってもいいですか?