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学園【鬼】戦記物語〜midnight crazy〜  作者: 望月 ワン子
【吉備 美琴】戦記 エピソード1
15/17

桃花源神社ー4月6日/Part3

拝殿まで続く石畳の参道の上を歩き、拝殿へと近づいていく。

参道に並列し一定間隔に置かれた灯籠の火が春の夜風に吹かれ小さく揺らめく。

うっすらと灯籠に照らされ見えるのは、拝殿の正面軒下に置かれた賽銭箱とその上に吊るされた大きな鈴。拝殿の奥は暗闇で見えなかったが外観というより全体的に老朽化が進み廃れているように思えた。

拝殿全体を視界に入れることのできる辺りまで進み立ち止まる。私は引き込まれるように眺めていた。どこか懐かしむように。


「美琴さん。こちらですよ。」


「ッあ!はい!」


名前を呼ばれて我に帰る。

声がした方へ振り向くと猿鴇さんの姿はなかったが、拝殿を正面として右手に見える桃の木が咲き並んでいる奥で家の灯りが点いているのが見えた。

私は灯りが点いている方へと駆け足で向かった。


「桃の木って山にも咲くんだ。しかもこんなにたくさん。それになんだろう。この不思議と心穏やかになる感じは…。」


感心しながら桃の木の間を抜けていくと灯りを灯した小さな家屋が姿を現した。玄関の前には猿鴇さんが私を待っていてくれた。


「さぁ、こちらです。ここが私たちが住んでいる家です。」


それは私が想像していたお屋敷のような家とは随分とかけ離れた普通のこじんまりとした二階建ての木造住宅だった。


「どうかしましたか?」


「い、いえ〜、ははは…」


「散らかっていますが、どうぞお入りください。」


予想外の不意打ちを食らい唖然としていた私はそのまま猿鴇さんに連れられ家の中へとお邪魔した。


家の中へ入ると外見通りの内装であっけからんとした玄関が広がっていた。散らかっているどころか、左手に下駄箱と土間に綺麗に並べられた鬼桜高校指定の革靴が三足並んでいるだけ。物寂しい気持ちになりながらも靴を脱ぎ、玄関の段差(上がり框)を上がり玄関マットの上で猿鴇さんが用意してくれたスリッパへ履き替える。


「こちらです。」


猿鴇さんに案内されついていく。

薄暗い廊下を歩いていくと襖と襖の合間にできたわずかな隙間から廊下に部屋の明かりが漏れている。猿鴇さんは襖の前で立ち止まると、「どうぞお入りください。」と襖を開けた。

私は恐る恐る部屋の中を覗き込む。すると、「いらっしゃい。待ってたわ。」と笑顔で迎えてくれる麗子さんがいた。


「こ、こんばんは。」


軽く会釈をしてお座敷の部屋へと上がる。どうやらここは客間のよう。麗子さんはクスりと笑うと、「こんばんは。」と挨拶を返してくれた。


「さぁ座って。」


なんで笑われたのかはわからなかったが大した意味はないと思い、木製の大きめのテーブルを挟んで麗子さんの向かい側に座った。


「お茶、用意してくるわね。」


「お、お構いなく!!」


麗子さんはニヤニヤしながら立ち上がり客間を出てキッチンへと向かった。


「それでは、私もここで一旦失礼させていただきます。どうぞごゆっくり。」


猿鴇さんは私に軽く会釈をして襖の引き手に手をかけ閉めようとした。


「いろいろと、ありがとうございました。」


と、猿鴇さんにお礼を言うと、猿鴇さんはニコっと微笑み、そのまま襖を閉めた。


客間に1人残された私。しーんと静まり返った部屋で秒針の時を刻む音だけが聞こえてくる。そんな中で、慣れない正座をしているもんだからソワソワしてとてもじゃないけど落ち着かない。辺りを見渡すもこれといって興味を惹かれるようなものはないが、強いて言えば床の間に飾られている「武陵桃源」と書かれた掛け軸。この何もない部屋の中で一際存在感を放っている。私は麗子さんが帰ってくるのをただじっと待つ。


他人ひとの家に上がるなんて一体いつぶりだろう…。親戚の家ならともかく、今日知り合ったばかりの家に招かれて上がりこむなんて…。あぁぁ!そう思うと、なんだか急に緊張してきたぁぁ…。』


次第に肩に力が入り、体がこわばる。


ー5分後ー


麗子さんがダイニングへと繋がる襖を開けて客間へと入ってきた。


「お待たせ。紅茶でよかったかしら?って…美琴ちゃん?」


「す、すいません。…ここです。」


「あら、どうかしたの?」


「足を崩そうと思ったら足が痺れちゃって…。お決まりのパターンってやつですかね。ハハッ。」


「フフ。大丈夫?体起こせるかしら?」


差し伸べられた麗子さんの手に掴まり上体をゆっくりと起こす。


「あ、ありがとう…ござい…ます。」


なんとか元の姿勢に戻ることができた私。

麗子さんは持ってきたティーポットを手に取りマグカップに紅茶を丁寧に注ぎ入れる。足の痺れがまだ少し残っている状態で再び正座をしていた私を見かねて「そんな畏まらず、楽にしていいのよ。」と足を崩すように麗子さんが声をかけてくれた。私はお言葉に甘え、足を崩し楽に座った。

鮮やかな色をした紅茶が湯気を纏いティーカップへとゆっくり注がれていく。注ぎ終わると私の前に「どうぞ。」と紅茶が置かれた。


「ありがとうございます。」


麗子さんは私の向かい側へと座りもう一つのカップへ紅茶を注ぐと、ミルクか砂糖は使うかどうか尋ねてくれた。本当はミルクも砂糖も入れる甘党の人間なのだが、緊張のせいか訳のわからない虚勢をはってしまい、使わないと断ってしまった。私は仕方がなくと言ってはなんだがストレートのまま紅茶をちびちびと口にする。そして麗子さんもミルクと砂糖は使わずにストレートのまま紅茶を飲む。麗子さんは私とは違ってストレートが好きなようだ。


「お口に合うかしら?」


「あ、はい!美味しいです。」


「それは良かった。おかわりもあるから遠慮せず言ってね。」


「ありがとうございます。」


私は緊張をほぐすように紅茶を何度む口にする。

そんな私をニコニコと微笑みながら見守る麗子さん。

私の気持ちが少し落ち着いたところで麗子さんは話を切り出した。私がこうして落ち着くのを待っていたのだろう。鋭い洞察力の持ち主だと私は思った。


「それじゃ、改めてだけど簡単に自己紹介からしましょうか。」


私はコクリと首を縦に二回振り、頷く。


「私の名前は犬傘麗子。ここ、桃花源神社に務めている巫女見習いの1人で、美琴ちゃんと同じ鬼桜高校に通う高校2生。」


「え?麗子さん高校二年生なんですか?!」


意外だった。大人びた容姿はとてもじゃないけど高校二年生になったばかりとは思えない。


「そうよ。美琴ちゃんの一学年上の先輩よ。」


「全然見えない…。麗子さんが私と一つしか変わらないなんて…ありえない。」


歳は一つしか変わらないのに女としての差がありすぎてショックを隠せない。


「あら、失礼ね。けど、あながち間違ってはないかしら。」


「…?」


独り言のように発した麗子さんの意味深な発言に対して私は無言という回答であえて触れなかった。


「ちなみに他の三人も私と同じ学年よ。」


「そうなんですか?!」


「そうよ。これまた意外だったかしら?」


「意外です。私はてっきり麗子さんは二人よりも年上で二人のお姉ちゃん的存在だとばかり思ってました。」


「フフ。私は長女って柄じゃないわよ。ちなみに私は次女。」


「次女!?」


「そう。長女がハグ、次女に私、三女が空鈴よ。」


「えぇ!!!」


見た目や口調といった考察から得られる情報と会話の中で得た僅かな情報で勝手に頭の中で作り上げていた彼女たち姉妹の関係図が壊れた。


「フフ。ちょっと大袈裟じゃないかしら。」


私のリアクションを見て笑う麗子さん。


「だって、だって、だって!あのハグさんが…あのハグさんが麗子さんのお姉ちゃんって…。」


『…三人とも同じ学年ってことは、歳は同じだから…誕生日が早い順番でお姉ちゃんになるか妹になるか決まるってことでいいのかな?というか、そもそも麗子さんのいう義理ってなんだ?血は繋がってないのはわかるけど…、三人ともここに引き取られた養子…とか…。』


「こらこら、ハグに失礼でしょ。」


「あ、すいません。でも、三人は義理の姉妹なんですよね?」


「そうよ。どうやら私の言い方が悪かったみたいね。私がいう義理の姉妹っていうのは、巫女見習いという鬼愛の弟子同士の繋がりのことであって、ハグは私の姉弟子、空鈴は私の妹弟子ってこと。」


「あ、なるほど!そういうことだったんですね。けど、それならどうしてそんな義理の姉妹みたいなややこしい言い方をするんですか?普通に姉弟子と妹弟子って言えばいいと思うんですけど。」


「フフ。素直な意見ね。」


「あ、いや、…すいません。別に大した意味はないんですけど…。」


「私じゃなくて鬼愛が私達にそう言わせてるようなものでね。私は別に、あの二人を姉妹だと思ったこともなければ、姉妹のような関係になりたいと思ったこともないんだけど。そもそも姉妹というものが一体どういうものなのかもわからないしね。だけどあの鬼愛がね「お前たち三人は姉妹。仲良くするんだぞ。」なぁーんてなんだか嬉しそうに言うもんだから私達も姉妹だと言わざるを得なくてね。誰かに関係を訊かれたら義理の姉妹だと答えるようにしているの。」


「あの鬼愛さんが…うれしそうに…。」


想像できなかった。あの鬼愛さんが嬉しそうにしている姿を。私はどうしようもなくただやるせなくなった。そんな私を見かねて麗子さんはパンッと手を叩いた。


「はい。私の自己紹介はこれぐらいにして、次は美琴ちゃんの番。」


「あ、はい!え、えーっと…。」


はじけるような音で我に帰ると、自己紹介を頭の中でまとめる間もなく思いついたことをそのまま口に出していった。


「吉備 美琴、鬼桜高校一年生。二週間前に父と母と私の三人でこの町へ越してきました。えーと…しゅっ、趣味は映画鑑賞と読書。好きな映画は「ジュエリー・ジェリー」、好きな小説は「果てなき忘却のレクリエーション」、あと漫画も…。」


咄嗟に思いついた自己紹介とはいえ低レベルすぎる内容。自分に嫌気がさす。


「ジュエリー・ジェリーなら私も観たわよ。確か家族を惨殺された少女がたった1人で復讐するお話じゃなかったかしら。」


と、意外なところに食い付いた麗子さん。


「そうです!私、「ジュエリー・ジェリー」大好きなんですよ!よかったら麗子さんの観た感想教えてください!是非!聞かせてください!」


「ん〜…そうね。私ならもう少し上手く人を殺せるかしら。」


「え?」


麗子さんの表情は何一つ変わっていない。優しい笑顔のまま。私をからかうために吐いた冗談だと思ったが、驚かざるを得なかった。


「フフ。冗談よ。そんな怖がらないで。」


「ですよね〜!ハハハ…。」


タチの悪い冗談だと思いながらホッとする。


「私はですね!最後のシーンでクリオネが見せたなんとも言えないやるせない表情と「死んで飾りなさい。」っていう名台詞がたまらなく好きで、死ぬまでにあのシーンを実際に再現してみたいんですよね〜、なぁーんちゃってぇ〜ハハハ…ハハァ…。」


その場のノリと勢いで私も軽い冗談を言ってみたが、タイミング悪く紅茶を飲んでいた麗子さんの耳には届いておらず、私はどうしようもない冷めた空気に包まれた。慣れないことはするもんじゃないなと痛感しながらも自分について他に話すことはないかと考えていると、ふとよぎるのはあの人のこと。そして、


「あと、それから…、私は鬼愛さんと友達になりたいです…。」


独り言のように胸の奥から溢れた言葉は自己紹介なんかではなく、ただの自己願望であった。


「麗子さん。教えてください、鬼ってあの化物は一体なんなんですか?麗子さんたちは一体何者なんですか?」


「ええ。もちろん教えてあげるわ。ここへ来る前に言でしょ?あなたのこと放っておけないって。」


「麗子さん…。」


「だけど教える前に一つ聞いてもいいかしら。」


「…なんでしょうか。」


「美琴ちゃん、私たちの義理の妹になる気はないかしら?」


「おっしゃってる意味がよくわかりません。」


「そんな難しいことは言ってないわよ。巫女見習いにならない?ってこと。」


「ええええええー!!!」


と、その時、バン!と勢いよく音を立て私の後ろの襖が開いた。


「レイちゃん!!!」


「あら、ハグ。おかえり。」


襖を勢いよく開けたのはどうやらハグさんのようだ。

ゆっくり後ろを振り返ってみるとものすごい形相をしたハグさんが立っていた。


「また勝手なことして!!!この子が巫女見習いになるなんて絶対許さないんだからね!!!」


私を指差しながら麗子さんに強く言葉をぶつけるハグさん。


『私、この人にすんごい嫌われてるよ。』


「あなたが許さなくても決めるのは鬼愛と美琴ちゃんの意思よ。あなたがどうこう言う資格はないわ。そうでしょう?ハグ。」


「レイちゃん…。」


麗子さんの反論に言葉を失うハグさん。こんな状況でもニコニコしている麗子さんが少し怖かった。


「あ、あの…。」


場の空気に耐え切れず空気を変えようと声を出した瞬間だった、喋るなと言わんばかりのハグさんの鋭い視線が全身に突き刺さる。


『ヒィィィー!!!』


「とりあえずその話はこの子が帰ってからするとして、レイちゃん、この子借りてくよ。」


「あら、どうして?これからいいところなのに。」


「鬼愛ちゃんが(美琴を)呼んでる。」


「鬼愛さんが…?!」


「軽々しく鬼愛ちゃんの名前を呼ばないで。次、名前を口にしたらあなたの声帯引きちぎってあげる。」


にこやかな表情に込められた殺意。脅しなんかじゃない。これは警告マジだ。


「ハグ、やめなさい。」


ハグさんの悪態に見兼ねた麗子さんが割って入る。


「まったく…それで、鬼愛はどこにいるの?」


呆れた様子の麗子さんがハグさんに尋ねる。


「入り口のとこ。」


「わかったわ。」


そう言うと、ゆっくりと立ち上がる麗子さん。


「美琴ちゃん。悪いけどこの話の続きはまた今度しましょう。玄関まで見送るわ。」


私は黙って頷きその場に立ち上がる。

麗子さんが「それじゃ、いきましょうか。」と私を先導しようとしたその時、「いい、私が連れてく。」とハグさんが麗子さんを止めた。

麗子さんは何も言い返すことなく、私も黙ったままハグさんについていくことにした。


「…。」


「美琴ちゃん。」


私が客間から廊下へと出ようとした時、麗子さんに呼び止められた。そして、


「鬼は、いつでもあなたの近くに潜んでいる。もし、再びあなたの前に鬼が現れたその時は、ーーー。そうすればきっと大切なものを失わずにすむから。」


と、私に告げた。

私は麗子さんが告げた言葉の意味をほとんど理解できなかった。私の近くに鬼が潜んでいること以外。そんなこと言われても動揺と疑問を浮かべた顔の私に麗子さんは「大丈夫。」と微笑んだ。それと同時に「ちょっと何してんの!早くしてよ!」と、玄関からハグさんの大きな声が廊下を渡って聞こえてきた。


「それじゃ、気をつけてね。」


笑顔で手を振る麗子さん。

私が「ありがとうございました。」と麗子さんに一礼し、玄関へと向かった。


玄関にハグさんの姿はなかった。

待ちきれず先に鬼愛さんの元へと向かったのだろう。

私は玄関でスリッパから靴に履き替え、急いで家を出る。

またハグさんに何か言われるんじゃないかということもあったが、それよりも鬼愛さんが私のことを待っていてくれていると思ったら、こみ上げてくる嬉しさが私の足を走らせる。


桃の木々の間を抜けていき、参道へ出ると鳥居の上に座るハグさんが視界に入った。


鳥居の上に座って私を見下ろすハグさん。表情はニコニコと笑っているが私を見下ろす目は恐ろしく冷たい。


「あ、あの…ハグさん。」


「気安く名前を呼ばないでって言ったよね?」


「す、…すいません。」


表情と言っていることの差がありすぎる。


『まったく、なんなんだこの人。そんなに私が嫌いなら直接関わらなきゃいいのに…。』


「それで…鬼愛さんは…?」


「気安く鬼愛ちゃんの名前を口にするなっていったよね?」


「…。」


『めんどくさい』


「いないよ。」


「え?でも、鬼愛さんが呼んでるって…。」


「嘘だよ。」


「嘘?」


「そう。ウ・ソ・」


『すんごい…ムカつく…。』


「あなたに早くここから出て行ってほしくて吐いた嘘。鬼愛ちゃんの名前を出したら簡単に釣れちゃうんだもん。ホント…ムカつく。」


おぞましい殺気。ハグさんを取り巻く空気が一瞬で変わった。体がこわばる。


「まぁいいや。あながち嘘でもないし。」


「…どういうことですか?」


「鬼愛ちゃんはいないけど、鬼愛ちゃんからあなた宛に伝言を預かってるの。」


「伝言…ですか?」


「今からハグが言うことは一言一句間違いなく鬼愛ちゃんの言葉だから、そのポンコツそうな耳でちゃんと聞いてね。」


ひどい言われようだがここは堪えて話を聞く。


「えーっと、たしかねー、『この町から出ろ』だって。」


「ちょ、ちょっと待ってください!なんで町から出ないといけないんですか!」


ハグさんは私の言い返しを笑顔のまま無視し、「あっ!」と声を出した。


「あと、もう一つ!んーっとね…『出て行かないっていうのであれば、その時は…、』」


夜風が強く吹き抜けた。

木は風に煽られ枝はしなり揺れ、葉が風に舞う。


「『お前を殺す』」


辺りから聞こえてくる木々のざわめく音。

ざわつく私の鼓動が木々と共鳴しているかのよう。


「以上だよ。」


私は何も言葉が出なかった。

ハグさんがまた嘘を吐いたのかもしれない。鬼愛さんからの伝言なんてハグさんの出鱈目かもしれない。だけどもし本当に鬼愛さんからのメッセージだとしたら。

ハグさんが嘘を吐いていると自分に言い聞かし、動揺が駆け巡る身体を二本の足で必死に支えていた。


「よっと。」


ハグさんが鳥居の上から飛び降り、私の真横に着地した。

そして、「期待させちゃったかな?」と俯く私の顔を覗き込んだあと、私の耳元で「だとしたら、ざまぁみろだね。」と呟いた。

ハグさんはそのままご機嫌で家に向かって歩いていく。


ここからだ、私の意識が曖昧になるのは。

胸の奥で何かが混じるような感覚。


ー『お前(私)を殺す。』ー


それはまるで彼女のお願い。


ー『お前(私)を殺す。』ー


それはまるで幼き日の約束。


ー『お前(私)を殺す。』ー


それはまるで果たすべき誓い。


「また、逃げるんだね。」


そう言って空を見上げる私。


「なに言ってんの…あの子。もしかしてショックで頭おかしくなっちゃった?」


「…あなたに私は殺せない。そうでしょう?鬼愛。」


振り返った私が見つめるその先はハグさんの後方。そこにいたのは鬼愛さん。


「鬼愛ちゃん!」


いたことに気がつかなかったハグさんが驚く。

私はそれ以上何も言わずに軽く微笑み別れの挨拶を告げ、神社を後にした。


「また、会おうね。」


私じゃない、私の知らない私の言葉。

強がりじゃない。嫌味でもない。


微笑んだのは私じゃない。

微笑んだのはもう一人の私。


だけどそれに気がつくのはまだ先の話。


「なんで私あんなこと言ったんだろう…。」


冷たい夜の風が私の髪を靡かせ吹き抜けていき、

ふと見上げた空には満たされた月が大きく輝いていた。

まだもう少し肌寒い日が続きそうだと思わせるそんな夜だった。

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