桃花源神社ー4月6日/Part1
四姉妹の家に招待された私は黙って綺麗なお姉さんの後に続き彼女達の家へと向かって歩いた。
私の後ろにはお団子頭の女の子がフードの子を抱えてついてきている。
どうやらフードの子は意識を失いそのまま眠ってしまったようだ。女の子の腕の中で気持ちよさそうに眠っている。
15年という私の短い人生の中で誰かの家に招待されたのは初めてのことだった。そのせいか、少しの緊張と僅かな不安が体の中心から染み出し全身をじんわりと蝕み巡る。次第に肩に力が入り体の動きも硬くなってくる。私たちとは違う別の方へと行ってしまった彼女のことも気になるが、だけどようやく私の周りで一体何が起きていたのかようやく知ることができる。
私の周りで起きた数々の不可解な出来事。この綺麗なお姉さんが何をどれだけ話してくれるのかはわからない。もしかしたら話をごまかして私に嘘の話をするかもしれない。私は前を歩くお姉さんを目を細めにじぃーっと見つめた。
「…そういえば…、」
私がじぃーっと見つめている時にお姉さんが急に口を開いたものだから少し驚いた。私の曲がっていた姿勢がシャキッと真っ直ぐになる。
「私の名前を教えてなかったわね。」
確かに、「レイちゃん」とハグが呼んだあだ名らしき呼び名しか私は知らない。というより、今日出会った人全員あの子の呼び方でしか私は名前を知らない。「キメ」も「ハグ」も「レイ」も「クゥー」も「アマノジャキ」もただあの子が呼んでいた呼び名にすぎない。名前すら知らなかったことにショックを受けた。
「私の名前は【犬傘麗子】。動物のイヌに雨を凌ぐカサと書いて犬傘。麗しい子と書いて麗子。よろしくね。美琴ちゃん。」
「よ、よろしくお願いします!犬傘さん。」
「麗子でいいわよ。麗子で。」
「い、いやそんな!呼び捨てなんてできません!せ、せめて…麗子さんと…。」
照れる私を見てクスッと笑う麗子さん。
綺麗なお姉さんの名前は犬傘麗子。「麗」しいという言葉はこの人のためにあるのだと思わされてしまうほど美しい人。まさに妖麗。
「あの、麗子さん…。」
「どうしたの?」
「麗子さん達のお家ってどこにあるんでしょうか?」
「どうして?」
「…私、ちょうど二週間前にここへ引っ越ししてきたんです。あ!ちなみに、そのときに例の巨大な化物を見ました。それから今日まで結構時間あったんで、散歩がてらに何回かこの町を歩いて探索したんですけど、「犬傘」っていう名字が書かれた表札を見た覚えがないなぁと思いまして…。珍しい名字だから見たら絶対覚えているはずなんですけどね。」
「面白いことを言うのね。もしかしてこの町にある家の表札を全て見て覚えているのかしら?」
「い、いえ、そういうわけじゃないです。」と手を振る。
「マンションやアパートのように敷地内にわざわざ入らないと見えない表札を一つ一つ確認するようなマネはしていません。もちろんマンションやアパートに限らず、わざわざ家の近くまでいって表札を確認するようなことはしていません。探索といっても、ぶらぶらと町を歩いて頭に大まかな町の地図を入れる程度のものです。なのでもし、麗子さん達がマンションやアパートの一室に住んでいるのなら「犬傘」という名前の表札を見ていないのは当然です。ですが、私達が今歩いて向かっている方面にマンションやアパートはありません。どこも一軒家ばかりの住宅街です。道を歩いているだけで表札が見える家ばかり。もしこの辺りに麗子さん達のお家があるなら、この辺り何回も歩いたんで見てたら覚えているはずなんですけどね。」
『私ってこんなに喋れるんだ…。』という新しい自分の発見に関心する反面、『バカじゃないの?!何ちょっとした住宅街をうろつく変質者アピールしてんのよ!私!』という後悔をしていた。
「美琴ちゃんはどうして私達の家の表札が「犬傘」だと思うのかしら?」
麗子さんからの不意のわかりきった質問に私は少し動揺した。
「それは…麗子さんやキメさんが姉妹だから…。」
麗子さんはクスりと笑い、「私達、本当の姉妹じゃないの。血の繋がらない義理の姉妹なのよ。」と言った。私の勝手な思い込みとはいえ麗子さんの言葉に驚いた。それにだとしたら全員の名字が「犬傘」ではなく、それぞれ違った名字だということになる。
「それに、キメは姉妹じゃない。姉妹は私とハグ、それとあなたの後ろにいるお団子頭の3人。」
「それじゃキメさんは一体…?」
「それはまた後で教えてあげる。」と麗子さんはニコっと笑って答えた。
「さぁ、ついたわよ。」
「え?ど、どこですか?」
辺りを見渡してもそれらしき建物は見当たらない。なぜならここは今朝、彼女を追いかけて走った道、鬼桜町のちょうど中央の道を町北部にそびえ立つ山へと向かい下に小川が流れるかけ橋を渡った突き当たりにある鬼門並木入り口前。入り口には「鬼門並木」とかかれた立て看板が立っており、目の前には鬼門並木へと続く数段しかない階段。私達が向いている先に建物はない。目の前には鬼桜で紅く染まる山とその山を囲む鬼門並木しか見えない。
「麗子さん、【鬼門並木】しか見えませんよ。」
私の反応に麗子さんはおかしいわねといった表面をしていた。
「…どうやらまだ不安定なようね。…まぁいいわ。とりあえず先に言っておくと、あなたから見えている景色全て私達の家の敷地内よ。」
「敷地内?私が見えている景色って…、鬼門並木とこの大きな山ですけど…、そんなまさかな話が…。」
「フフッ、そのまさかよ。」
「…え?…っえええええええええええ〜!!!!!」
驚愕の事実。
「あら、そんなに驚くことかしら?」と逆に不思議そうにする麗子さんに私は「驚きますよ!!!」とすかさずつっこんだ。
『この人達は一体何者なんだ。』と次々謎が増えていく。『化物を殺したり…、銃から人へ変身したり…、挙げ句の果てには山一つ所有している地主さん?!わけがわからない…。』と心の中で嘆く私。
「それじゃ始めましょうか。」
「始めるって何を…?」
「あなたの目にはこの闇夜を紅く染める鬼桜が映っているんでしょう?」
「そうですけど…それがどうかしましたか?」
麗子さんはニコッと笑った。
そのまま麗子さんは私の方へと体を向けて私の胸にゆっくりと手を当てた。
「大丈夫。怖がらないで…目を閉じて、呼吸を整えながゆっくり肩の力を抜いて。」
何が起きるのか少し不安だったが言われたまま素直に目を閉じて、肩の力を抜いた。
すると、私の胸に当てている麗子さんの手が次第に暖かくなりはじめた。私の意識がゆっくりと頭の中からどこか違う場所へと移動し始める。真っ暗な闇から真っ白な空間へ。あの夢で見るあの場所、あの空間。けれど意識はしっかりしている。意識があるまま夢の中へやってきたのだろうか?
ーもしもここが夢でみるあの場所だとしたら…あの人がここにはいるはず…。「白い女の人」がどこかに…。
だが、辺りを見渡してもどこにも見当たらない。辺りには何もなくただ白い景色が広がっているだけ。とその時。
私はここだよ。
ー振り返ると白い女の人がいた。
言ったでしょ?またすぐに会えるって。
ー確かに言っていた。…ような気もする。
大変だったみたいだね。でも、私は言ったよ。「疑うは鬼の種。芽生えるは心の闇。」って。
そんなこと言ってたかな…?
言ったよ。聞いてなかったの?
そこのところ曖昧というか…聞こえなかったというか…、なんせ夢だからあんまり覚えてないの。
…夢ね。まぁいいわ。でも、そのおかげでまた彼女に会うことができたからよかったけどね。
彼女って?
あなたが今一番欲しい人。
私が一番欲しい人…。
ー白い女の人は笑った。
…さて、もう時間もなさそうね。
時間がないってどういうこと?
ここへ来れたのはあなたの意思ではなく、麗子って娘に送り込まれてここへ来れたってこと。あの娘の「巫」の集中力じゃそんなに長く持たないのよ。
カンナギ…?カンナギって何?
あくまでこれはあなたが私を自覚するために強制的に行われた荒治療のようなもの。私にとっては不本意だったけど、あなたはこれで私という存在を自覚するはず。
ー私の体がゆっくりと浮き始める。そして私から徐々に引き離されていく。
あなたは私。私はあなた。私のあなた。いつでもあなたの心の中にいる。
ー声が出ない。出せない。白い女の人が遠のき、私は来た時と逆で白い景色が遠のき、再び真っ暗な闇へ引き戻されていった。
「…待って!!!」
目を覚ますとそこには麗子さんがいた。
「…あら?おかえり。気がついたようね。」
私が意識を取り戻したと同時に私の胸に当てていた手をそっとおろした。どうやら私は立ったまま意識が飛んでいたようだ。あれは一体何だったのだろう。そう頭の中でぼんやりと先ほど見た夢のようなものを思い返していた。
「どうやら入り込めたようね。」
そんな様子の私を見て麗子さんは何やら確信した。
「入り込めた…ってどういうことですか?私…、なんだか夢を見ていたような。」
「…あなたが見たのは夢なんかじゃないわよ。」
「麗子さん…?」
麗子さんが私の視界から退くように外れた。
そして私の目に映った景色は鬼門並木の鬼桜が咲き乱れていた光景とは全く違う景色が広がっていた。
「…あれ?ここって…。」
私の目に映ったのは紅々しく色鮮やかな鬼門並木ではなく、大きな白色の鳥居と白い花弁を咲かせた桃の木が立ち並んでいた。そしてさっきまで鬼門並木と書かれていたはずの立て看板が「桃花源神社」と書かれた看板に変わっていた。
「真の鬼桜町。」
「…え?」
「ようこそ。私たちの『桃花源神社』に。」
「…神社?」