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第七話


第七話

『All you need is "Oage"』


今日はバイトも休みで一日自由な日だったが、あいにくの雨だった。

「あーあ。昨日、布団干しとけばよかったなぁ」

「一週間の天気予報も確認出来ないとは、無計画なお前らしい」

「天気予報なんてだいたい当たらないんだから。良純さんが言ってた」

「ではなぜ予報するんだ」

「なぜって」

「当たる当たらないは別として、備えるというのが大事な事だとは思わんか?」

ふん。知ったようなことを。

「幸も不幸もいずれ訪れる。

備えがなければ掴めないし避けられない。占いというものはそもそもそういうものだ」

天気予報は占いとは違うのだが。

「俺も今日は備えをしに行こうと思う。お前も付き合え」


昼過ぎ。

近所のスーパーに寄ってから、私はユウに連れられて、とある神社に来ていた。

赤い鳥居に、狛犬。

その先に参道が伸びる。

雨は相変わらず降り続いている。

「よく見ろ。犬じゃない。

狐だ」

見れば、確かに狐だった。

「あ、ほんとだ。なんか可愛い」

首には、赤いよだれ掛けのようなものを巻いている。

よだれ掛けなんて言っては失礼かも。

マフラー?

スカーフか。

「お稲荷さん、というやつだな」

お稲荷さんか。豊作を祈ったりする。

「おい、先に手水場だぞ」

ちょうずば?

「神に向かう時の作法だ。手を洗い清める」

左手を見ると、その手水場というのがあった。

手を洗う所って言えばいいじゃん。

言われた通りに手を洗い、ユウの後についていく。

こんな所に来て、どういうつもりだろう。

「昨日もここへ来た」

「私がバイトしてる間にそんなことしてたわけ」

呆れた。

毎日何をやってるんだか。

「そういえばさ、あんた最初は私から離れられないなんて言ってた割りには、最近は勝手にあちこち出歩いてるよね」

「それなんだが、どうやらますます人間に近付いているらしい。この世界に居すぎたんだ。

お前との契約は相変わらず続いたままだが、なぜか行動範囲がどんどん広くなっている。いい傾向じゃない」

そういうわけか。

どうりで、バイト中も気配を感じなかったはずだ。

「いい傾向じゃないと、どうなっちゃうわけ?」

「わからん」

わからんって。

「魔力も日に日に衰えていく。

今では霊体化も難しい」

「え」

大変な事なんじゃないのか。

「心配するな。魔力が無くなっても俺自身が消えて無くなるわけじゃない。むしろよりこの世界での俺の存在が濃くなるというか」

「だ、誰が心配なんかっ。

消えてくれた方がいいっての」

「そうだろうな」

本殿、というのだろうか。

参道を歩いた先の建物の前に立つ。

「しかし力が無くては何かと不便だ。

他の者の力が要る」

ユウは一歩前に踏み出す。

「え、まさかそれで神頼みに来たなんて言わないわよね」

雨粒がポツポツと傘を叩く音がする。

「その神頼みだ」

そう言った途端、ユウは木で出来た障子のような戸を勢いよく開け放った。

そしてずかずかと中に踏み込んでいく。

「ちょ、ちょっと、何してんのよ!」

ユウの背中に向かって叫んだ。

そんな所に入っていいわけがない。

なにが作法だ。この男は。

「聞いての通りだ。この俺が頼むと言っている。

出てこい。良い条件も用意してあるぞ」

はじめて、なかを見た。

そんな事を思っていると、ユウの背後に、突然もう一人の背中が現れた。

「きゃっ」

神主さんのような格好をしている。

私の声に反応して、もう一人の背中がこちらに振り向いた。

「おやおや、今日はまたなんと可愛らしい娘さんをお連れで」

綺麗な顔をしているが、細い切れ長の眼には尖った刃物のような印象を受けた。

その刃物に似合わない、優しい声。

しかしその声には、やはりユウと同じく人を見下したような響きが含まれている気がした。

「その娘の為でもあるのだ」

「なるほど。して、条件とは」

「おい、買ってきたものを出せ」

そう言われて、私は先程スーパーで訳もわからずに買わされたものを袋から取り出した。

切れ長の眼が少し見開かれたような気がしたが、それでもやはり細かった。

「それを、毎日だ」

「なんと!たがえることは許しませんよ」

袋から取り出したのは、油揚げだった。

「俺は嘘をついたことがない」

「それ自体が嘘でしょうに。

わかりました。あなたの頼み、そしてその娘の頼み、聞き入れましょう」

「たがえるなよ」

「あなたの事は気に入りませんが、その娘の願いを叶える事は、私自身の為にもなる。

協力しましょう」

「よし」

私は一体何が起こっているのかわからず、ただ黙って二人のやり取りを伺っていた。

「そういうことだ。しばらく、この犬も世話になるぞ」

「私を狗と呼ぶなあっ!」

「ひぃっ…」

びっくりした。

先程までの態度からは想像もつかなかい物凄い剣幕だった。

「失礼。取り乱しました。

二度と、その言葉は口にせぬように」

「わかったから、これでも食ってろ」

ユウが投げた油揚げをキャッチすると、袋をあけてかじりついた。

「と、とにかく、説明してくれる?」

いい加減、何がどうなっているのか把握したい。

「オレの魔力が尽きかけているというのは、さっき話した通りだ。

まあ、日常生活には支障はないがな。旨い物は食えるし。

とにかく、俺の魔力が使えなくなる以上、これから俺達の問題を解決する為には、この土地の霊力を利用するのが一番手っ取り早い。

そこでこの寂れた神社に目をつけたのだ。

まぁ若干不本意ではあるが、仕方あるまい」

「で、その彼が力を貸してくれるの?」

目線を向けると、彼はまだ油揚げをちびちびとかじっていた。

こちらの会話にまったく興味がないようだ。それよりも油揚げらしい。

「土地に根付く神々は、信仰によって力を保っているものだ。必要とされることで、その存在意義が高まるということだな。

しかし科学の発達した現代においては稲荷のような神に対しては人々の信仰も薄れる。学業や安産祈願ならともかく、今時豊作を神に祈る人間はいないだろう?

例年行事として祭る事はするが、それでも多くの市民が心から信仰することはない。

だから、この土地に住むお前の為に力になるということは、奴にとっても自分の力になるんだ。

実際、昨日会った時よりも奴の存在は濃くなっている」

そういうものなのかもしれない。

「ねぇ、お稲荷さん」

とりあえず、そう呼ぶことにした。

「油揚げ、そんなに好き?」

「私にとっての全て、ですかね」

細い目を、さらに細めてにこりと微笑む。にやりと言うべきか。

「はあ」

そういうものなのかもしれない。

「ところで、これは一度の食事につき、二枚欲しい」

次からは二枚入りの安いやつを買おう。

そう思った。

「またペットが増えたな。やれやれだ」

お前が言うか。

そう思った。

「布団は干せなくとも、今日はいい収穫があったな。さすが豊作の神、といったところか」

雨はいつの間にか止んでいた。


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