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第五話


第五話

『trust to you』


よく考えると、私はユウの事をあまりよく知らない。

よく知らない男と暮らしを共にするって、実は結構恐ろしいことなんじゃないか、と思った。

死神って結局なんなのか。

なぜ死神が虫と呼ばれる悪魔を祓うのか。

向こうではどんな暮らしをしていたのか。

家族は。友人は。

恋人は。


「なんであんたが、それを食べているの」

まだ三月だというのに、とても暑い日だった。

「おい。落ち着け」

ユウはソファーの上でハーゲンダッツのカップとスプーンを持って固まっている。

寝癖が爆発していた。

「あんた、昨夜食べてたよね。

風呂上がりに、それは美味しそうに」


(昨夜の回想)

「あーいい風呂だった」

「あんた、だんだん人間かぶれしてるんじゃないの」

「そうか?

まあ確かに、この世は欲に溢れている。人間が堕落するのもわかるというものだ。

だが俺は自分を見失った事は一度もないぞ」

「あっそう。なんかさぁ、最近のあんた見てると、ごはん食べてお風呂入って、アイス食べて……って、なにそれ!」

「さっき買った。ハーゲンダッツだ。

知らんのかハーゲンダッツ」

「ずるい!」

「お前の分も冷凍庫に入ってるぞ。

お前が気付かなければ俺が食べるつもりだったが、食いたければ食え」

「うっそ!なんで?やさしい!キモい!」

「おいコノヤロウ。やらんぞ」

「あーん、うそうそ!

だけど、もうお風呂入ってからだいぶ経っちゃったから、明日のお風呂上がりに食べようかな」

「好きなタイミングで食えばいい。

俺のタイミングは、今だ」

「ねぇ、ひとくち」

「愚かな。旨いな。

大人の女が物乞などするものではない。うん、旨い。

これはやらんぞ。本当に旨い」

(回想終わり)


「あんたは本当に一口もくれないまま完食したよね」

「夢を見たんだ。いちごのハーゲンダッツを食べる夢をな」

「なんで私の分を、あんたがたべてるの?」

「俺が昨日食べたのはチョコだったからな、気になったんだ。

夢で食べたいちご味が、現実ではどんなものかと。

いやしかし、夢のハーゲンよりも旨いぞ。お前もどうだ。ほれ。

一旦落ち着いて、ここに座らないか」


ーーお仕置き中です。しばらくお待ち下さいーー


三月九日。

ユウと出会ってから、一週間目。

会議をしよう。

「ということで、今日は私とあんたの関係について、はっきりさせとこうと思います!」

「おいなんだ。藪から棒に」

「私はね仕方なく、いい?仕方なく、あんたと一緒にいるだけなんだからね!」

一言宣言してから、早速買い直してもらったハーゲンダッツを食べる。

大丈夫。まだあと十個冷凍庫に入っている。

「これでジオンはあと十年は戦える」

「何の話だ」

「あらいやだ。声に出てた?」

「わけがわからん。

今更なにを言っているんだ。この生活は、俺とお前の契約が解除されるまでの一時的なものだ。言われるまでもない」

「それはそうなんだけど。私が言いたいのはね、設定の事よ。設定」

「設定?」

「そう。一昨日、春が来た時に勢いで作っちゃった彼氏って設定。

やむを得ず同居してるけど、世間体ってものがあるのよ。あんたにはわからないかもしれないけど」

二つ目のハーゲンダッツの蓋を開ける。

「おい。腹壊すぞ」

さっき食べられた分、取り返してるのよ。大人は二個食いよ。

「次の金曜に、この部屋で私の引っ越し祝いパーティーがあるから、それまでに設定を作り直すのよ。

来月からは大学も始まるし…まぁ出来ればそれまでになんとかしたいけど、長引く可能性もあるでしょ。

だからこそ設定をしっかりしとかないといけないわけ」

「すでにしっかりした設定ではないか。恋人との同棲。

俺がこの家にいても何の不思議もない完璧な設定だろう」

「だからそれが嫌だって言ってんの!」

あ、嫌な言い方しちゃった。

「春とやらはどうする。あの娘は、すでに俺達がそういう関係だと思っているぞ」

こいつが気にするわけないか。

「だからー、その辺も一緒に考えてよ」

「面倒臭い女だ」

ムカつくけど、流そう。

「まぁ、お前の言わんとするところは大体わかった。

だがそうやっていつまでもスプーンをしゃぶっていたっていいアイデアは生まれないぞ。

どうだ、気分転換に外へ出ないか。景色が変われば発想も変わるというものだ」

「…それはいいアイデアかも」

「それに…」

「え?」

「真央、手帳を忘れるな」

以前ユウに言われてから、なんとなく持ち歩くようにしていた。

手帳が近くにあると、私の霊感が少しだけ高められるらしく、例の怪異に近づいた場合に早期に気付く事ができ、危険を回避できるという。

「うん。わかってるけど…」

っておい。

「なんでスーツにスニーカー?おかしいって」

「なに?おかしいのか。せっかく人間の真似をして買ってみたのに」

「だったら服も買わないとね」

というわけで、私たちはとりあえず駅前のショッピングセンターに向かった。

「あの靴を買った時にも思ったが、なぜ人間はこんなに沢山ある物の中から一つを選ぶ事が出来るのか。優れた才能だ」

「才能って」

「例えばあの店員の着ている服だ。あれは彼女にとても合っているが、俺があれを着たら少しおかしいようにも思う。

あのように己の魂に真に合致する服を選ぶのは難儀だろう」

こいつ、こんなところからわからないのか。

「だって女物だもん。あんたはこっちだから」

私はユウをメンズのコーナーに引っ張っていった。

「そういうことか。男と女で、着る物に制約があるわけだな」

「制約っていうか。男がスカート履いてたらおかしいでしょうが」

「この薄い上着は女でも似た物を着ているが」

Tシャツだった。

「まあ、Tシャツは男も女も着るけど。でも形は似てても、微妙な所が…例えば女物はちょっと袖が短いし。丈とか」

「他には、どういう基準で選ぶ」

「面倒臭い!とりあえずこれ。あとこれとこれ!」

次に本屋に立ち寄り、ファッション誌を何冊か買わせた。

「なるほど。ここへ来れば人間の生活への理解が深まるな。今後利用させてもらうとしよう」

「私お腹すいた」

「ふむ。俺もだ」

フードコートで食事をした後、しばらく店内をブラブラとしてから帰ることにした。

その帰り道だ。

「今夜はピザを食おう」

「今ピザ食べたじゃん。デリバリーのは高いから駄目!」

余計な物を教えてしまった。

「なぜ高い」

「美味しいから」

「今食べた物よりもか?」

しまった。

それにしても、レストランで食べるピザよりも、デリバリーのピザの方が明らかに美味しいのは何故だろう。

レストランでもデリバリーと同じくらい美味しければいいのに。

「それを聞いては黙ってはいられん。ますます食べたくなったぞ」

「だから駄目だって。今日はチャーハン」

「昨日も食べたではないか」

「うるさいっ、ピザなんか今食べたばかりでしょ!」

あれ、黙っちゃった。子供か。

「おい、手帳を出せ」

「え?」

「悪いが、仕事するぞ」


「いいのかな勝手に入って」

私たちは市内にある病院の、ある一室の前で立ち止まった。

鈴木ハナ、と扉の横のプレートに書いてある。

すぅっと、ユウの姿が消えた。

霊体化したのだ。

それでも、霊感が高まっているらしい私の目には、うっすらと姿が見える。

扉は開いたままだ。

ユウは躊躇せずに足を踏み入れる。

私は、入り口の前で立ち止まったまま、様子を見ていた。

私たちの他には、誰もいない。

「ちょっと、ユウ」

小声で引き止めようとした。

「仕事って…」

そう自分で言い掛けた瞬間に、気がついた。

仕事。ユウの仕事。

それって…。

「なに、する気?」

死神の、仕事。

「だめぇ!」

「誰?」

ベッドの上の顔が、こちらを見た。

お婆ちゃんだった。

「あら。どちらさま?」

「あ、いえ、あの」

「そちらは?」

「えっ」

私には、うっすらとユウの姿が見える。

老婆は、そのユウの立っている方向を見ていた。

この人には、見えている。

私と同じように。

「もう、時間なのね」

老婆がユウの立っている場所に向かって言った。

「はい」

ユウが答える。いつもと違う声で。

「あなた、以前も何度かここへ来たわね。声を聞いたのは初めてだわ」

前にも来た?ユウが。

「男の人だったのね」

いや、この老婆にはユウが見えていない。ただ、いる、ということだけわかっているのだ。

「待っていてくれたのね。ありがとう」

そう言うと、老婆は起き上がった。

ベッドの上に、その身体を置いたままで。

ユウがその手をとる。

そうして、私の横を通りすぎ、二人は何処かへ行ってしまった。

廊下を歩いて行く足音を背中で聞きながら、私は立ち止まったまま、動けないでいた。

「帰るぞ」

「きゃっ」

ユウの顔が、すぐ横にあった。

「彼女を送ってきた。じきに彼女の家族たちがここへ来る。いま、囁きかけてきた」

私たちは、病院をあとにした。


「嫌なものを見せたな。

まあ落ち込むな。人間はいつか死ぬ」

まだ、日が沈むには早い時間だった。

後ろからさす日の光が、私たちの前に細長い影を落とした。

「お前に見せるべきではなかったんだが、俺がこうなる前から手を着けていた仕事だったんでな。最期までやっておきたかったんだ。

だが…すまなかった」

私は、誤解していたのかもしれない。

さっき病室で、ユウがあの老婆に近付いていった時。私はとても怖かった。

ユウが、あの老婆に一体何をしてしまうのか。

ユウを疑った。

なぜか一緒に暮らす内に、こいつが死神だということを忘れていた気がする。

死神の仕事。

それを想像して、とても恐ろしかった。

こいつの背中が、とても恐ろしかった。

だけど。

「今後は、しばらく引退だ。この状況が解消されるまでな。

まあ、俺がやらなくても誰かがやる仕事だからな」

私の想像は間違っていた。

こいつは、自分の事を死神だと言っていたけれど。

「そういうの、人は天使って呼ぶんだと思うよ」

今まで、いったい何人の死を、見てきたのだろう。

「人間がどう呼ぼうと、俺には興味ないな」

私はユウを、信じていこう。

そう思った。

「ところで、例の設定とやらは結局どうするんだ。何かいい案が浮かんだか」

「あ、忘れてた」

「まったく。

ではこうしろ。俺は、お前の父親の遠い親類の息子だ。幼くして両親を亡くし祖父母と暮らしていた俺のことを、彼は以前から何かと世話してきた。そして今回、お前の独り暮らしにあたり、俺が居候する事となった」

「なにそれ親戚ってこと?

いやいや、家族にはすぐバレるし」

「記憶操作など難しい事ではない。

今の関係が終われば、記憶はまた元通りにしてやる」

「は?そんなこと出来たの!?」

「俺を誰だと思っている」

先に言えよ!

記憶操作なんて、そんな都合のいい能力が。

「解決か?」

「まあ、あんたに任せてみるよ」

「賢明だな」

いつだって上から目線で、横柄で、自信家で、すぐ私を馬鹿にして、こいつは全然かわらないけど。

頼ってみるのも、悪くない。

「ピザでも頼もうか」


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