第四話
第四話
『I'm fine thank you!』
あいつとの生活、五日目。
未だ、契約解除の方法は判明していない。
というか、あっちの世界との連絡もとれなくて、こっちの世界で仲間の協力も得られないんじゃ、どうにもやりようがない気がする。
努力する、なんて言ってたけど、あいつは本当に何かしてくれているんだろうか。
「すごいぞ!コーラにメントスを入れると、物凄いエネルギーを発生して吹き出すぞ!おい来て見てみろ」
違う研究に精を出してやがった。
「なに訳のわかんないこと言ってんのよ」
「そら、いくぞ」
ユウはそう言って、コーラのボトルとメントスを持って嬉しそうにしている。
「さっきは一個で試したんだ。それでも膨大なエネルギーだった。
こんどは五個入れてみるぞ」
なにをやってんだか。
ばかばかしい。
妙に大人な事を言ったかと思えば、こういう子供みたいな一面もある。
ぽとん。
とメントスがコーラのボトルの中に落ちたかと思うと、凄い勢いでコーラが吹き出した。
「おおっ!」
「きゃーっ、なにこれ!?
すごいすごい!」
「予測以上の効果だ!」
五分後。
「お前だって、はしゃいでいただろうに」
「ま、まあそれはそうだけど。だってすごかったし。
そんなことはどうでもいいのよ!
あんた、契約解除の方法を探すって言ったよね。
ちゃんと探してくれてるの?
この数日、飲んで食べて遊んでるだけにしか見えないんだけど?」
言うまでもなく、正座させている。
今日は頭に熱いお茶の入った湯飲みをのせている。
「努力するとは言ったが。
しかし努力しようにも、何のあてもないので努力のしようがない。
例えばだ、お前はコーラが存在しない世界で、コーラを飲むことが出来ると思うか?」
何かと言えば屁理屈ばかり。
今回は負けないぞ。
「それは無理だけど…だから、コーラ以外の物を探してよ」
どうだ。
「いいや。この場合、コーラでなくてはならんのだ。お前は、コーラ以外の答えを望むのか?
だったら話は早い。さっさと殺したい人間を見繕ってこい。この際、全く知らない赤の多人でも構わないだろう。
それがお前の望むコーラ以外の答えだ。受け入れるか?」
くう。負けたぁ。
「だったらどうすんのよ」
「初めに言ったろう。
しばらくは様子を見るしかない。
その内コーラがどこからともなく出現しないとも限らんし、奇跡的に、ひょんな事からコーラの開発に成功してしまうかもしれん。
もしくは、このメントスのように外部からの刺激で何かが吹き出すような、そんな事が起こるかもしれん。
今出来ることは、待つこと。
それしかないのではないか」
そうは言ったって、こんな生活いつまでも続けてられない。
早急に、コーラの雨を降らせてください。神様!
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
誰だろう。まったくこんな時に。
「って、ちょっとヤバイって!
あんた、隠れてよ!死神と同居してるなんて、他の人に知られる訳には…」
これは絶対にまずい。
「問題なかろう。俺の姿は、人間となんら変わりない」
「まあ、そうだね」
いやいやいや。
違うだろ。
人間の男でも、ここにいられては困る。
郵便とか近所の人とか、全くの他人なら問題はない。
実際、こいつとは何度も外へ出掛けている。というか、どこに行くにももれなくついてくるのだが。
バイトの時はさすがに霊体化してもらっている。
「そうだ、霊体化!今すぐ」
「馬鹿者。あれはなかなか魔力を消耗するんだ。むやみやたらに使えるか。
人間の食事では効率よく魔力が精製できないようでな、最近少しずつ衰えを感じているのだ。
いざという時の為に、温存しなくては」
そうだったのか。
魔力の消耗なんて、見た目ではわからなかった。
ピンポーン。
二度目のチャイムが鳴らされる。
「どうせ、お前の級友の春とやらだろう」
春?それこそ駄目だ。
独り暮らしを始めて早々に、部屋に男を連れ込んでいるなんて、バレるわけにはいかない。
「なんで春ってわかるの。魔力で?」
「メールが来ていた」
なんだと?
「メールなんか来てないわよ、何言って…」
慌てて携帯を確認すると、確かに昨日の夜に春からのメールが来ていた。
というか、それ以前にも二通、メールが来ている。
一昨日。春と、永田からだ。
「なんで…。
あんた読んだの!?」
新着になっていなかったから気付かなかったのだ。
こいつ!
プライバシーも何もあったもんじゃない。
「お前が風呂に入っている間にピコピコ鳴っていたからな。
何かと思って開いてみた。まずかったか?」
「駄目に決まってるでしょうが!
人の携帯を勝手に見たら駄目なの!」
「なぜお前は読んでいないんだ。メールは読まなきゃメールじゃないだろ」
勘弁してよ。もう。
って、今はそんなことより、春!
ピロリロリロ、と携帯の着信音が鳴った。
春からだ。
だめだ。もう無視はできない。
春のことだ、心配して家族に電話でもされかねない。
「わかった、霊体化はもういいから、風呂場にでも隠れてて!」
有無を言わさず、ぐいぐいと夕を風呂場に押し込む。
「おい、なぜ俺を隠すのか言えよ」
「ねえ、もうホントお願い!後で何でも話すから。今はとにかくここにいて!」
「わ、わかった」
よかった。
ていうか、理由なんて普通に察しなさいよ。
わざとなの?
とにかく、慌てて玄関に向かった。
鍵を開け、扉を開く。
「いたぁ!ちょっとぉ、心配したよ。
メールも返ってこないから、のたれ死んでるのかと思ったよ。
永田っちも、どうしたんだろって言ってたよ」
「ごめんごめん、なんか色々バタバタしてて」
と、春が足元に視線を落とした。
「あ、お父さん?」
「え?あ、な、なにがっ!?」
「うそ、まさか…」
私も春が見ている足元を確認する。
「そのうろたえよう、まさか、男できたの?」
くっつぅーーー!!
靴、靴、靴ーー!!!
ふざけんなよ、あのヤロー!
一丁前に靴なんて履いてんじゃないわよ!
いや普通に履くけどさ!
服とかいつも着っぱなしのくせに、なんで靴だけ律儀に玄関で脱いでんのよー!
いや土足で上がられても迷惑だけどさ!
あーもうっ!ばか!
うきーーっ!ひでぶーー!!
……という心の叫びは、表情に一切出さない私である。
「ちょっと真央。そうなの?ねえ。
ちゃんと紹介してよね」
ああ、どうすればいいんだろう。
もう諦めるしかないのか。
いや、まだいけるはず。
「こないだ、お父さんが忘れていったのよ」
でかした!
「ふーん。お父さん、裸足で帰ったの?」
ごふっ、まだまだ!
「あ、弟だった。弟が忘れて…」
「裸足で帰ったの?」
痛恨のミス!
「いや、なぜか二足もって来てて…」
「なんで」
「なんでだろ。頭おかしいんじやない?」
「こっちのスニーカーは?」
会心のいちげきっ!!
なんでスニーカーあんだよ!
いつの間に買ったんだよ!
あ、昨日一緒に買い物行ったとき、そういえばなんかABCマート見てたよ!
私の見逃し三振かよー!
スリーアウトチェンジ。
終わった。
連続召喚魔法で、死んだ。
「これも弟さんのかな?」
え?うそ。
私、生き返った?
最後のフェニックスの尾が、残ってた?
「とりあえず上がらせてよ」
まさかの展開。
ありがとう、名も知らぬ神様!
「うん、上がって上がって」
背を向けた瞬間ガチャリ、と音がした。
振り返ると、風呂場の扉を開け放つ春と、バスタブで体育座りをする夕の姿があった。
「こんにちは」
「こんにちは」
挨拶してんじゃねぇよ!
しかし一発で隠し場所を当てられるなんて。
「私さ、やっぱりあんたのこと、よぉくわかってるわぁ」
はぁ。
私は、やっぱりフェニックスの尾は残ってなかったことがわかったわぁ。
「で?彼氏じゃないなら誰なのよ。なんでそれが言えないの」
それは、今考えてるからです。
さすがにあれだけ隠蔽して、やっぱり弟でしたという手は使えない。
そもそも春は弟の顔を知っている。
すぐにバレるのは火を見るより明らか。
くそう。こいつがメールを勝手に見さえしなければ、こんなことには…。
「ちょっと、真央。
ねえ、あなたも黙ってないで何とか言ってよ。付き合ってるんじゃないの?」
夕は沈黙を守っている。
もういいや。彼氏って事にしてしまおう。もうどうでもよくなってきた。
「こいつは、私の犬よ!」
「え?」
え?
なに。私、なに言ってんの。
「いぬ?」
「いぬ?」
「いぬ!」
「いぬなんて、い、言ってないって」
「いぬって言ったよ」
「いぬって言ってない!言ったのは、い、い…」
いぬに似た言葉……い……い……いぬしか、思いつかない。
はあ、はあ、はあ。
「いぬって、言ったかも」
「うん、言ったね。なに?どういうこと」
「俺は、この女に飼われている、ということだ」
ちょっと!
こいつなにを。
「なに勝手に発言してんのよ、いぬは私じゃなかったの?
あんた、こないだそう言ってた!」
「ほう、認めるのか。自分がいぬだと」
「バカいってんじゃないわよ!誰があんたのいぬですって!?」
「今自分で言ったんじゃないか。
いぬ以下の脳みそか」
なにをーーっ!!
「もうキレた!キレたよ。
全裸で山手線八周させてやる。犬だけに八周!」
「お前!やっていいことと悪いことがあるぞ!本当に悪魔より恐ろしい女だ!」
「ちょっと、あんた今のちゃんとわかったの?犬だけに!はち!はちだよはち!」
「はーーい!ストップストーップ!!」
春の叫びにより、瞬時に戦争は終結した。
「もうなんか、いいわ。
まあ、あんたに彼氏が出来たのは、友人として素直に嬉しいよ」
「春……」
「なんていうかさ、まあ、そういうプレイも程々にね。やっぱノーマルが一番だって。
いや別にあんたらの関係を否定するわけじゃないからね!誤解しないでよ?」
なんということでしょう。
春のなかではすっかり、犬発言が良からぬ方面に走りつつある。
「あの、春。私たち別にそういうのじゃ…」
「だから!二人の事には口出ししないって。あくまで個人的な意見だよ」
なんだろ。
疲れた。
この誤解は少しずつ解いていこう。
春を駅まで送った帰り道。
またケンカの続きが始まりそうになった。
「ああもう。いいよ。
言い合っても疲れるだけだし」
「賢明だな。お前もだいぶ物分かりがよくなってきた」
「はぁ。でもこれからますます疲れる事になりそう。
春にも変な誤解されたままだし。
来月には大学も始まるし、先が思いやられるわ」
「元気をだせ。小娘。お前らしくもない。
お前は、笑っている方が良いと思うぞ」
この男は、なんでそんな台詞を、そんなうっかり聞き逃してしまいそうなくらいサラッと言うのか。
「別にっ元気ですけど!
ていうか誰のせいよ。早くなんとかしなさいよね!
あと!お前お前って、いい加減ムカつくんですけど」
「ふむ、そうか。お前………?
ん……名前、あったか?」
なに言ってるのあるに決まってるじゃん!
嘘でしょ。なによこいつ。
私の名前、未だに知らなかったの。
もう四話だよ。四話。
ヒロインの名前を知らないって。どうなのよ。
あれ!?
もしかして、私の名前って、まだはっきり登場してなかったっけ!?
「いやいや!春が散々呼んでたでしょうが。真央!」
「ああ、あれはお前の名前を呼んでいたのか。
あの娘の口癖かと思っていた」
「どんな口癖よ!真央よ、まーお。早く覚えて」
「まお、か。
…………………………………………………………。」
「なに。どうしたの」
「お前、本当に魔王の血脈とか、そういうのじゃないよな」
山手線プロジェクトを、本気で考えた。